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【高校編】分岐・鍋島真

【最終話】その先【side千晶】

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 正直なところ、お兄様と華ちゃんは危うい関係性を保っていた、と思う。
 それは共依存といっても過言ではなくて、あまりにお互いを欲しすぎていてーー。

(だから、心配だった)

 お兄様の英国留学、それについていく華ちゃん。
 まわりに誰もいない、そんな状況で2人きりで過ごすなんて、依存が深まるだけなんじゃないかってーー。
 だけど、あっさり、本当にあっさり。
 華ちゃんは英国行きを直前になって取りやめた。

「良かったのー?」

 常盤家のリビング。
 空調のきいたその部屋で、わたしはダイニングテーブルに腰掛けて、華ちゃんに話しかけた。
 わたしはお手伝いさんの八重子さんが作ったメロンソーダをいただいていて、華ちゃんはローテーブル前のソファで、何か分厚い雑誌を読んでいる。
 ごろりと横になって、お腹には薄手のブランケット。

「んー?」
「イギリス。行かなくて」
「……ん」

 華ちゃんは、ほんの少し寂しそうに言う。

「いいの」
「そ?」

 まぁ、たった1年のことだし、あのお兄様のこと、こまめに帰国するに違いないし。

「てか、それなら学校辞めなくても良かったんじゃない?」
「んー?」
「通信に転校したじゃん」

 華ちゃんは、一学期いっぱいで学園を退学していた。退学、というよりは転校かな? 通信制への。

「ついてかないなら、学校通ってたってーー」
「んー」

 またもや生返事。
 ぼう、っと大きな掃き出し窓の外を見ているようだった。
 窓の外には、大きな入道雲。
 一歩外へ踏み出せば、灼熱の日光でじりじりと肌が焼かれること間違いなし。
 あまりの暑さに、蝉さえも鳴いていない、そんな8月の夏空。

「あ」

 華ちゃんが小さく声を上げた。
 窓ガラスの向こうを、大きな雀蜂が真っ直ぐと飛んでいく。

「雀蜂」
「本当だね」

 刺されないようにしなきゃ、とぼんやり思う。

「気をつけよ」

 華ちゃんが言う。

「真さんに怒られちゃう」
「なんで?」
「身体を大切に、絶対に怪我も病気もしないようにって厳命だから」
「なにそれ」

 風邪くらいひくよね、と華ちゃんは控えめに笑う。

「華ちゃん、そういえば、いいの? メロンソーダ」
「……んー」

 華ちゃんは視線だけを、そっとこちらに向けた。

「アイスが、……いいかな」
「え?」
「少し甘過ぎそうで。ちょっと」
「?」

 いつもの華ちゃんなら、5人前くらい食べてお腹壊すのに……?

「ねぇ華ちゃん」
「うん」
「お兄様、なんて言ってた? 華ちゃんがイギリス行かないって言ったとき」
「んー」

 生返事だけど、少し面白そうな響き。何かを隠しているような。

「身体の方が大切だからね、って」
「……身体の」
「うん」

 ひそやかに、華ちゃんが笑った。

「からだ、の」

 わたしは立ち上がり、ソファのそばまで行って、華ちゃんが熟読してるその雑誌の表紙をまじまじと見つめた。
 妊娠が分かったら読む本、の煽り文句のついたその本は。

「……華ちゃん?」
「ふふふ」

 いたずらっぽい、笑み。

「びっくりした?」

 わたしは息を吸い込んで、吐いて、もう一度吸い込んで。
 なんだかよく分からないテンションで、叫んだ。

「うっわ、うわううわマジ!? ほんとに!? あの男の子胤宿してんの華ちゃん!?」
「言い方」

 ケタケタと華ちゃんは笑うけれど、……えー。えー!?

「そうなの」

 渡航直前に分かってね、と華ちゃんは言う。

「色々考えたんだけれどーー赤ちゃんのために無理しないでおこうって」
「はー」

 わたしはぽかんと華ちゃんのお腹を見つめながら、考えた。
 お兄様にとって、最優先事項は華ちゃん。(と、変な話、別枠でわたし)。
 華ちゃんにとって、最優先事項はお兄様。(と、変な話、別枠で圭くん)。

(だけどーー変わっていく)

 この2人の関係性も、少しずつ、少しずつ。
 華ちゃんのお腹にいる、この小さな命を媒介して、たぶん、丸く、まろく、ふんわりとした、何かに。
 多分それがーー家族、っていうものなんだろうけれど。

(わたしは、家族にはなれなかった)

 ほんの少しの反省と(だってあのお兄様だもの)ちょっぴりの後悔。
 だってーー好きになったら嫌だった。
 知ってるから。
 わたしとお兄様、ほんとうの兄妹じゃないことくらい。

(それこそ前世知識なんだけれど)

 華ちゃんはよく知らなかったみたいだけれどーーわたしは「このゲーム」に関しては相当なマニアだ。
 裏設定だって知り尽くしてる。
 ゲームの千晶が、なんで兄に恋したのか。答えは単純、身近な異性と血のつながりがないことを知ってしまったから。

(ま、思い出したのはわりと最近なんだけれどーー)

 だからこそ無意識的に、わたしはお兄様を拒んでいたのかな。
 受け入れたら、恋、してたかもしれないから。

(……関係ないか)

 ふ、と笑う。
 あの性格ド破綻クソ野郎を本気で愛して、本気で愛されるなんてーー華ちゃんくらいボーっとしてる子じゃなきゃ無理だったかもね。わたしには無理無理。ていうか、普通に、嫌。
 お兄様いわく「素っ頓狂」な華ちゃんくらい、じゃなきゃ。

「ねえ、なんか失礼なこと考えてない?」

 なにやら察したようにムッとしてる華ちゃんに、わたしは「なんにも?」なんて笑って見せた。

「ねえ、華ちゃん」

 なに? って華ちゃんはわたしを見る。

「幸せ?」

 わたしのフワフワした、要領を得ない質問に、華ちゃんは柔らかく笑った。

「うん、とっても」

 わたしは肩をすくめる。
 華ちゃん幸せなら、いっか。
 あの性格ド破綻クソ野郎お兄様でも、大好きな女の子ひとりくらいは、幸せにできるみたいだった。

 さて、物語は続いていく。
 めでたしめでたしの、そのあとも。

 わたしがどうにもあんまり尊敬できない愛する兄と、わたしの親友と、彼女のお腹で育っていく、小さな命と。
 わたしはもう少し、見守っていこうと思う。
 ここはゲームじゃなくて、現実だから。
 続いていく物語の、連続だから。
 ゲームみたいに、ハッピーエンドで終われない。
 でも、祈るくらいはいいでしょう?
 とこしえの幸せを、と祈るくらいはーー許される。

「ずうっと、幸せにね。華ちゃん」

 華ちゃんは、少しきょとんとしてーーそれから、小さく頷いた。
 そうして、とても嬉しそうに笑ったのだった。
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