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【高校編】分岐・鹿王院樹

【番外編】春の日(上)

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「ねえ、重くない?」
「まったく?」

 私を、……ウエディングドレス姿の私を抱えて階段を上がる樹くんは涼しい顔。

「でもさあ、これで腰痛めてプレーに影響とか」
「でない」

 思わず、って感じで樹くんは吹き出した。

「こんなに軽いのに」
「あのさ、軽くないと思うのね」

 ドレスだけでも重いし。
 ……産後、痩せられたかというと、微妙だし。
 私は空を仰ぐ。
 水色の春の空。眼下には「アルプスの瞳」と呼ばれる、スロヴェニアの湖。
 高校の修学旅行で来たこの湖、そしてその島にそびえる教会。
 私たちは数年ぶりにそこに立って(私の場合は抱えられて)いた。
 結婚式、で。
 新郎は新婦を抱えて教会までの階段を登る。……そんな教会。

「……あ、かずは。頑張ってる」
「あっという間だなぁ」

 もうすぐ1歳半になる一葉は、可愛らしいプリプリのドレスを着て、ふんふん言いながら階段をよじ登っている。
 樹くんの運動神経が遺伝したのか(してて欲しい)10ヶ月で歩き始めた一葉は、もう随分歩くのもお達者です。

(まだ目は離せないけれど)

 少し疲れたのか、よじ登るのはやめて少し下の方を、樹くんのお父さんお母さんに手を繋いでもらって、ゆっくりゆっくり登ってきていた。

「んままー!」

 まだ話せる言葉が「まま」と「わんわん」の二種類しかない一葉が、顔を上げて必死で何かを伝えようとしている。

「んままー、ん、ん!」
「待ってあげて」

 ヒョイ、と樹くんのお父さん(孫娘にデレデレしてる)が抱えて私たちのとこまで連れてきた一葉は、必死な顔で「まま、だ、ま、ん!」と訴えている。

「?」
「ママ抱っこだって」

 まだ短いふくふくの両手を伸ばして、私の腕に入ってこようとしてる一葉を見て、樹くんは笑った。

「華、抱っこしてやるといい」
「? でも」
「プラス10キロくらい、問題ない」

 ほんとにー?
 そうっと一葉をお義父さんから受け取る。
 きゅう、と抱きしめて、一葉はいつもと違う抱っこに大興奮でケタケタ笑っている。

「ほらな」

 樹くんは自信たっぷりに歩き出す。

「んー、パパ、力持ちだね」

 一葉は知らん顔で、眼下の湖がキラキラしてるのをじっと見つめていた。
 私は樹くんの顔を見上げる。
 樹くんと目が合う。幸せそうに細められる瞳。

「あのな華」
「なぁに」
「俺と結婚してくれてありがとう」

 真剣な瞳に、思わずぽかん。

「ど、どうしたの?」
「いや」

 私と一葉を見て、本当に幸せそうに笑って。

「幸せだなぁと」
「うん」
「世界一、幸せだなぁと」
「……うん」

 俯く私に、一葉が気がつく。

「……まま?」

 一葉は、私のヴェールで私の涙を拭こうと必死。

「こ、こらかずは、ヴェール汚れちゃう」

 けど、その優しさがうれしくて。
 さらにぽろぽろ涙が溢れて。

「い、樹くん、こんなときに言わないで」
「すまん」
「でもね」

 私は樹くんを見上げる。

「ありがとうはこっちだよ」

 結婚してくれてありがとう。
 好きになってくれて、ありがとう。
 私と恋をしてくれて、ありがとう。
 そばにいてくれて、ありがとう。

「大好きだよ」
「愛してる」

 そっと重なる唇。
 一葉が不思議そうにしてるのが分かる。

「かずはもね」

 その柔らかな頬にキス。樹くんは頭にキスしてた。一葉はきょとんとして、そのあと空を見上げて「あ、あー」と指をさす。
 白い大きな鳥が飛んでいく。

「からす」

 一葉がはっきり言った。

「わ、いま、からすって」
「でもカラスではない……が、カラスと言ったな」

 私たちは顔を見合わせる。
 この子の成長、ひとつひとつが嬉しくて幸せで。……時々あまりの我儘に「イー!」ってなるけどね。
 そんな幸せをくれた樹くんに、本当に感謝しかない。
 けど、樹くんは私に「ありがとう」って言う。
 すごく不思議な気持ちになるけれど、もしかしたら樹くんも同じ気持ちなのかもね。

「着いた」

 1番上まで登って、樹くんは私たちをそっと地面に下ろした。そしてさすがに大きく息をついてーー私たちを抱きしめる。

「落とさなくて良かった」
「ほらやっぱり重かったんじゃん!」
「そんなことはない」

 樹くんはそう言って、やっぱり幸せそうに笑ってくれた。
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