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【高校編】分岐・鹿王院樹

【番外編】冬の日(上)

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 雪が散っていた。
 私は久々の1人での外出に、不安なような、嬉しいような気持ちで車から降りた。
 スタジアムは、人でごった返している。

「かずは、泣いてないかなー……」

 ぽつり、と呟いた声は雪色の曇天に消えた。
 今日は樹くんの、高校生最後の試合。
 全国大会、決勝。
 青百合の応援席に向かうと、ひよりちゃんと秋月くんが手を振ってくれた。

「わー、久しぶり」
「ごめんね中々行けなくて!」
「いいよ大学受験なんだから」

 外部の音楽大学を受けるひよりちゃんと、その横でニコニコとしてる秋月くんはお付き合いしたてで超ラブラブだ。

「秋月くんはドラフトおめでとう」
「育成枠だけどね~」

 プロ野球のドラフトで、秋月くんは育成枠で福岡の球団に指名された。

「え、でも育成強いんでしょ?」

 スポーツニュースでそう言ってた。

「その分キツイんだけどね」
「でもがんばらなきゃだね、彼女にかっこいいとこ見せないと」
「か、かのじ、彼女、うん」

 未だに照れが残るらしい秋月くんは、目線をウロウロさせながら頷いた。幸せそうでなによりです。

「一葉ちゃん、元気?」
「うん。めっちゃ泣いてたけど」

 アメリカから帰国してる敦子さんと、樹くんのおばあちゃん静子さん、それからベビーシッターさんに任せて、私は今日ここに来ている。

「さすがに決勝だもんね」
「……」
「……華ちゃん? あれ、緊張してる?」
「コラ、華ちゃん、また息忘れてる」

 会話に入ってきたのは、千晶ちゃんで。びっくりして息ができた。

「ぷは、はー、うん、ごめん」
「華ちゃんが緊張しても、試合は変わんないから!」
「わ、分かってるんだけどさぁ~」

 それでも緊張するじゃないですか。
 ピッチでは選手たちがウォーミングアップを始めていた。
 視線の先には樹くん。ベンチコートを着たまま、監督とタブレットを見ながら色々確認してるみたいだった。

「勝つかな」

 ぽそり、と言った声に、ばしりと背中が叩かれる。

「華ちゃんがそんな気弱でどうするの?」

 千晶ちゃんが呆れ顔で笑う。

「パートナーでしょ。いちばん信じなきゃダメじゃん」
「……だね」

 私はすうと息を吸い込んで、背筋を伸ばした。
 ちら、と樹くんと目があった気がする。

(頑張って)

 私は心の中で叫ぶ。頑張って、樹くん。
 やがて試合を告げる笛がなる。
 私は手を組んで、祈るように試合を見守る。攻めてる時はいいけど、守備の時の緊張がヤバイ。変な汗出る。

「華ちゃん、息、息!」

 時々、千晶ちゃんに背中をさすられながら試合展開を見守る。
 試合は0ー0のまま後半へ入って、90分を経過しそうになってもまだスコアは動かなかった。
 途中ギリギリのシーンはあったけど、樹くんが外に弾いて失点は回避。
 みんなからは歓声が上がったけれど、私はへちゃりと力が抜けてしまった。緊張しすぎてたんだ!

「わー、延長かな?」
「どうだろ」

 なんて会話をしてる内に、こっちのフリーキックから点を決めてくれた。
 上がる歓声、もみくちゃにされるフォワードの選手にみんな注目してるとき、私の目線は樹くんを探した。
 よっしゃ、って感じで、ひとり、手を叩く。

(キーパーって孤独だよな~)

 ふと樹くんに聞いたことがある。攻撃の時とか、寂しくないのって。

「いや、そう考えたことはないな」

 樹くんは笑って答えてくれた。

「そうなの?」
「うむ。まぁ最後尾で参加してる感じだろうか」

 そう言って笑う樹くんは、なんだかカッコよく見えた。……新妻の欲目? はあるかもだけど、なんていうか、「自分が自分が」にならずに、自分の役割をきっちりこなしてるところが素敵だなと思ったのです。
 そして、後半アディショナルタイム。

「……うそでしょ」
「PK」

 青百合側のスタンドからは、諦めに似たため息が漏れて、相手スタンドからは期待に満ちた歓声が上がる。

「大丈夫だよ前も止めたし」
「……」
「だから息をして華ちゃん」

 がくがくと千晶ちゃんに揺さぶられ、私はまたなんとか息をした。

「緊張すると息を止めるクセやめて~」
「ご、ごめん」

 私は謝りながらもピッチから目が離せない。うう……。

「蹴るよ」

 無言で頷く。
 鋭く蹴られたボールは、樹くんの手のほんとうに先っちょに当たって、でも勢いを殺せなくて、ゴールネットに吸い込まれた。
 悲鳴に似た声が次々に上がる中、私は叫んだ。

「どんまいっ!」

 ほかに思いつかなくて、なんていうか月並みなセリフだったし、そもそも樹くんに届くかも分からなかったけれど、そう叫ぶしかなかったのだ。

「がんばって、樹くん!」
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