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【高校編】分岐・山ノ内瑛
学園祭
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学園にある、なぜかある、やたらと広い庭園。薔薇の生垣、刈りそろえられた芝生、桜並木に噴水。
10月半ばの晴れた日曜日、青百合学園は文化祭を迎えていた。
「毎年思うけど、普通の文化祭じゃないよねこれ」
「だよね、普通は生徒が店出すのよ」
同じクラスの大村さんと、のんびり出店をのぞいてそぞろ歩きしながら、そんな話をする。
出店といっても、普通のお祭りにあるような感じじゃない。ちょっとヨーロッパ然とした……行ったことないけれど! 修学旅行も骨折で行けなかったし! ……まぁ、いいんだけど、いいんだけどっ。とにかくまぁ、ヨーロッパの市場やクリスマスマーケットとか(あくまでイメージ)を彷彿とさせるようなお店が並ぶ。
とはいえ、生徒がまるきり何もしてないわけじゃない。日本庭園(そんなのもある)では茶道部がお茶席を設けてるし、大講堂では演劇部がシェイクスピアをしてる。なんだっけ、マクベス……? それから別の講堂では(みっつある)有志での演劇や、バンドの演奏なんかもあるみたいだった。
「なにからまわる?」
「んー、まずアフタヌーンティ」
私がそう答えると、「午前中なのにね」と大村さんはくすくすと笑った。確かにね!
薔薇園の中では優雅なアフタヌーンティー(午前中なのに)が振る舞われている。ちゃんと給仕さんもいるんだから謎だ。ここ学費いくらするんだろうなぁ……。
席に案内され、すぐにお茶セットがサーブされた。
「美味しそう!」
私たちは思わず顔を見合わせる。
ブルーベリーレアチーズケーキにマカロン、フルーツにカヌレ。スコーンにはクリームとジャムが添えられて。
それからサンドイッチはローストビーフにツナのタルタル。クロワッサンサンドと野菜のカナッペも。
「茶葉はウヴァをご用意しております」
給仕さんはじっと私たちを見つめる。
「……ミルクティーで」
大村さんが答えてくれて、私もうなずく。
「ミルクはお先ですか? あと?」
「あ、えっと、先で」
これは答えられた。シュリちゃんが前に言ってた。まぁどっちでもいいらしいんだけれど、茶渋が付くのがどうので招待されたときはMIFだって。いやほんと人それぞれらしいんだけれど。
給仕さんは恭しく頷いて、ミルクティーを作ってくれた。
「……美味し」
「ねっ」
思わず大村さんと顔を見合わせた……ときだった。
ふ、と影が差す。
見上げると、テーブルの横に、男の人が立っていた。
「……?」
50歳いかないかなぁ、くらいの。
大村さんは不思議そうに見上げている。私ももう一度、その人を見た。
誰かの父兄さんかな、と思って、次の瞬間には血の気が引いた。
「……あ」
私は立ち上がる。男の人は相変わらず私を見つめている。どろりとした、その目。知ってる。私は、この人を。
暗い空から降ってくる雪。
(おかあさん)
叫んだ声は届かなくてーー。
「久しぶりですね」
男の人は、そいつは、ゆったりと笑った。私は後ずさる。後ずさった分だけ、そいつは距離を詰めてきた。
「ちょ、ちょっと、あんた誰!? 設楽さん知ってる人!?」
大村さんが叫んで、あたりの人目が集まる。そいつは目を細めた。
「ひどいなぁ、久しぶりに会えたのに」
私はイヤイヤと首を振った。大村さんが立ち上がり、私の横に立つ。
と、次の瞬間には誰かの腕の中にいた。
「……なんの用事や」
私はほんの少しだけ息を吐く。アキラくんの声に、少し落ち着いてーーそして同時に、震えが来た。
「君は?」
そいつは、心底不思議そうにアキラくんに尋ねる。
「誰でもええやろが」
「よくはない。良くは」
そいつはうーん、と首をかしげると同時に、腕を掴まれて身体を揺らした。
「ちょっと失礼。どちら様?」
笑顔だけど低い声で言うのは仁だ。私は震えながらもホッとする。仁は私のボディーガードさんで、何年か前の変な宗教絡みの事件の時もちゃんと強かったから。
「……オレが誰でもいいだろう」
「良かぁないですね。こっちへ」
ずるずる、と男は仁に引きずられて歩いて行く。
「またね、華」
そいつはにたりと笑った。私はへなへなと座り込みそうになって、アキラくんに支えられる。
「……は、……設楽先輩」
アキラくんがそう声をかける。
「歩けるっすか」
「……なんとか」
そう答えたけれど、膝が笑って言うことを聞かない。
(あいつ、あいつは)
脳味噌がぐるぐるまわる。
なんで? どうして?
(刑務所にいるんじゃなかったの?)
あいつはーーおかあさんを殺した犯人だ。
視界が少しずつ暗くなる。まぶたの裏で、雪が舞う。大きな雪片。空から落ちてくる雪。
(おかあさん)
そこまでで、意識がフェードアウトしていった。
10月半ばの晴れた日曜日、青百合学園は文化祭を迎えていた。
「毎年思うけど、普通の文化祭じゃないよねこれ」
「だよね、普通は生徒が店出すのよ」
同じクラスの大村さんと、のんびり出店をのぞいてそぞろ歩きしながら、そんな話をする。
出店といっても、普通のお祭りにあるような感じじゃない。ちょっとヨーロッパ然とした……行ったことないけれど! 修学旅行も骨折で行けなかったし! ……まぁ、いいんだけど、いいんだけどっ。とにかくまぁ、ヨーロッパの市場やクリスマスマーケットとか(あくまでイメージ)を彷彿とさせるようなお店が並ぶ。
とはいえ、生徒がまるきり何もしてないわけじゃない。日本庭園(そんなのもある)では茶道部がお茶席を設けてるし、大講堂では演劇部がシェイクスピアをしてる。なんだっけ、マクベス……? それから別の講堂では(みっつある)有志での演劇や、バンドの演奏なんかもあるみたいだった。
「なにからまわる?」
「んー、まずアフタヌーンティ」
私がそう答えると、「午前中なのにね」と大村さんはくすくすと笑った。確かにね!
薔薇園の中では優雅なアフタヌーンティー(午前中なのに)が振る舞われている。ちゃんと給仕さんもいるんだから謎だ。ここ学費いくらするんだろうなぁ……。
席に案内され、すぐにお茶セットがサーブされた。
「美味しそう!」
私たちは思わず顔を見合わせる。
ブルーベリーレアチーズケーキにマカロン、フルーツにカヌレ。スコーンにはクリームとジャムが添えられて。
それからサンドイッチはローストビーフにツナのタルタル。クロワッサンサンドと野菜のカナッペも。
「茶葉はウヴァをご用意しております」
給仕さんはじっと私たちを見つめる。
「……ミルクティーで」
大村さんが答えてくれて、私もうなずく。
「ミルクはお先ですか? あと?」
「あ、えっと、先で」
これは答えられた。シュリちゃんが前に言ってた。まぁどっちでもいいらしいんだけれど、茶渋が付くのがどうので招待されたときはMIFだって。いやほんと人それぞれらしいんだけれど。
給仕さんは恭しく頷いて、ミルクティーを作ってくれた。
「……美味し」
「ねっ」
思わず大村さんと顔を見合わせた……ときだった。
ふ、と影が差す。
見上げると、テーブルの横に、男の人が立っていた。
「……?」
50歳いかないかなぁ、くらいの。
大村さんは不思議そうに見上げている。私ももう一度、その人を見た。
誰かの父兄さんかな、と思って、次の瞬間には血の気が引いた。
「……あ」
私は立ち上がる。男の人は相変わらず私を見つめている。どろりとした、その目。知ってる。私は、この人を。
暗い空から降ってくる雪。
(おかあさん)
叫んだ声は届かなくてーー。
「久しぶりですね」
男の人は、そいつは、ゆったりと笑った。私は後ずさる。後ずさった分だけ、そいつは距離を詰めてきた。
「ちょ、ちょっと、あんた誰!? 設楽さん知ってる人!?」
大村さんが叫んで、あたりの人目が集まる。そいつは目を細めた。
「ひどいなぁ、久しぶりに会えたのに」
私はイヤイヤと首を振った。大村さんが立ち上がり、私の横に立つ。
と、次の瞬間には誰かの腕の中にいた。
「……なんの用事や」
私はほんの少しだけ息を吐く。アキラくんの声に、少し落ち着いてーーそして同時に、震えが来た。
「君は?」
そいつは、心底不思議そうにアキラくんに尋ねる。
「誰でもええやろが」
「よくはない。良くは」
そいつはうーん、と首をかしげると同時に、腕を掴まれて身体を揺らした。
「ちょっと失礼。どちら様?」
笑顔だけど低い声で言うのは仁だ。私は震えながらもホッとする。仁は私のボディーガードさんで、何年か前の変な宗教絡みの事件の時もちゃんと強かったから。
「……オレが誰でもいいだろう」
「良かぁないですね。こっちへ」
ずるずる、と男は仁に引きずられて歩いて行く。
「またね、華」
そいつはにたりと笑った。私はへなへなと座り込みそうになって、アキラくんに支えられる。
「……は、……設楽先輩」
アキラくんがそう声をかける。
「歩けるっすか」
「……なんとか」
そう答えたけれど、膝が笑って言うことを聞かない。
(あいつ、あいつは)
脳味噌がぐるぐるまわる。
なんで? どうして?
(刑務所にいるんじゃなかったの?)
あいつはーーおかあさんを殺した犯人だ。
視界が少しずつ暗くなる。まぶたの裏で、雪が舞う。大きな雪片。空から落ちてくる雪。
(おかあさん)
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