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【高校編】分岐・鹿王院樹

診察

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「吐いたと聞いたが」

 ガトーショコラを食べてなぜだか吐いちゃった日の夜。部活帰りの樹くんが部屋に来て、私をみて少し笑った。

「吐いたから」

 私はちゅるり、と麺を口に運ぶ。目の前にあるのはカップ麺。

「お腹すいちゃった」

 樹くんは安心したように笑って、私の頭を撫でた。

「冷えたんだろうか」
「どーだろ。あ、はい」

 私は机に置いてあったガトーショコラ(簡単だけどラッピングしたもの)をつい、と渡した。

「バレンタインなので?」
「……大事にする」
「いや食べてよ」

 思わず笑う。樹くんはやたらと神妙な顔つきで、その紙箱を見つめていた。まるで宝物みたいに。

「そうだ、華」
「うん?」
「相談、なのだが」
「うん」
「イギリスで決まりそうだ」

 少し不安そうに樹くんは言う。卒業後の進路だろう。

(もう決まっちゃうのか)

 もちろん発表なんかはまだまだ先だろうから、内々定みたいな感じなんだろうけれど。

EFL二部リーグのチームで……華は、どう思う」

 国内リーグの方がいいなら、と樹くんは言ってくれる。けれど。

「どこにだって付いてくよー」

 もぐもぐしながらそう言うと、樹くんはほっと目を細めた。

「ありがとう」
「うん」

 別にいいんだ、どこだって。私は、……樹くんがちゃんと相談してくれたことが嬉しかった。

(できれば)

 白井のことはあまり、聞きたくない。けれど、青花と話してる理由……多分、私への接触を減らすため以外にも、何か理由があるっぽい、から。それとかは聞かせて欲しいとか、ちょっと思ってる。

 その翌日、昼休み。生徒会室での会議中、私はまた吐いてしまう。
 原因は、美味しそうな……ていうか、美味しかったんだけど。カップケーキ。
 書記の女の子が焼いてきてくれたのだ。

「バレンタインなので、みなさんでどうぞ」

 一番喜んでたのは、男子たちじゃなくて私だったと思う。

「わーい!」
「はいどうぞ、設楽さん特別に2個」

 書記の子は私が多少人より甘いものに目がないことを了承してくれていて、私も少し赤くなりつつもありがたくいただいた。
 なん口目かまでは、よかったんだけれど。

「……?」
「どうしたの?」
「えと、ごめん」

 私は慌てて立ち上がる。胃から酸っぱいものが上がって来てる。

(お腹痛いとかじゃないのに!)

 トイレまで行きたかったけれど、間に合わず、トイレ手前の手洗い場(……って言ってもさすがセレブ校、なんだかラグジュアリーな空間)で盛大に戻してしまう。

(ああ、カップケーキ)

 美味しかったのにぃ……。
 吐きながら、頭のどこかでそんな風に考えてしまう。情けないような、そうでもないような。

(このあたり、人気がなかったのが幸いだなぁ)

 生徒会室は特別校舎にあるから、用事がなければ特段足を踏みいれることもない。
 さすがに、吐いてるところを色んな人に見られるのは、なんていうか、抵抗がありますです。

「華」

 そっと背中をさすられた。樹くんの声だ、とはわかったけれど、しばらくえづいてしまう。
 ゆるゆると顔を上げて、水道を捻る。それからうがいをして、樹くんを見上げた。

「ごめん、汚いもの」
「汚くない」

 心配気に、頬を撫でられた。

「どうした?」
「ええと、わからない」

 スッキリした胃のあたりを撫でながら、私は首を傾げる。何か変なもの食べたっけ?

「病院へ行こう」
「大袈裟だよ!」

 やたらと真剣な顔つきの樹くんにそう答えると、樹くんはやっぱり真剣に何かを考えてる顔をしていた。

「?」

 不思議に思いつつも、学校を抜け出すーーというか、普通に早退届を出して樹くんに病院に引きずってこられた。樹くんがケガとかで時々来てる、っていう総合病院。その内科の混み合う待合室で、私は問診票に安っぽいボールペンで色々と書き込む。

(えーと、以下の既往症はありますか? 薬のアレルギーはありますか? 薬以外でアレルギーはありますか、花粉症も含む。女性の場合は妊娠の有無、授乳中ですか? 血圧の病気はありませんか? 内服中の薬はありますか?)

 とりあえず全部に「いいえ」を書き連ねていく。健康優良児なのです。

「きっと胃腸風邪とかだよ」
「それにしても受診しておくべきだろう」

 まぁ、あれだけ吐いてればごもっともなんですけれど。やがて番号を呼ばれて、私は診察室に入った。

「そうですねぇ」

 女性の先生は、私の心音やら呼吸音を聞いて、それから問診票をもう一度眺めて、遠慮がちに微笑んだ。

「これは『いいえ』となっているけれど」
「はぁ」
「最終月経日はわかりますか?」
「えーと」

 首を傾げた。

「……最近、不順で」

 青花に絡まれだしてからなのか、委員会でのストレスからなのか、すっかり生理不順になってたり。うーん。

「一応検査しましょうね」
「あ、はい」

 言われてぼけーっと立ち上がって、それが何の検査か、というのを私は尿検査、とトイレに連れて行かれてやっと気がつく。

(……あ! 妊娠疑われてるのか!)

 気がついて、思わず笑う。樹くん、そのへん物凄く気をつけてくれて……る……と、思い出す。

(白井の事件の時)

 あのとき。樹くんに「きれいにして」と泣きついた、あの日。あの日だけは。

(……でも、ナイでしょ)

 ないない。
 そう思ってたのに、診察室に戻ってすぐに「妊娠反応が出ています」とさらりと言われた。

「……へっ?」

 変な声が出て、「このまま産婦人科を受診してください」という先生の顔を、私はただ凝視し続けた。
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