上 下
683 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹

ストレス

しおりを挟む
「大丈夫? 設楽さん、インフルエンザ長引いてたね」

 大村さんにそう言われて、ああそういう理由になってたっけ、と私は頷いた。

「はい、これノートのコピー」
「わ、いいの?」
「うん」

 大村さん、わざわざ私が休んでる間のノート、コピーしてたらしい。

「助かるよ~」
「いーのいーの」

 大村さんはカラカラと笑う。

「それよりさ」
「? うん」
「あのー、まぁ、そのうち耳に入るだろうから先に言っておくとさ」

 私はびくりと、ほんの少しだけ、身体を硬らせた。

(白井にされたこと、)

 あの事件。まさか、噂になってる?

(報道はされていないはず)

 どうしても嫌だ、ニュースにしないでほしい、と敦子さんに頼み込んだ。……それこそ、お嬢様特権だ。
 敦子さんは「お願い」って形で各報道機関にやんわり圧力をかけてくれて、常盤みたいな大手スポンサーの言うことはスルリと通る。

(でも、もしかして、どこからか……)

 不安になって、ちらりと大村さんを見ると不思議そうに首を傾げてきた。

「もしかして、もう聞いてる?」
「え、な、なにがっ!?」
「設楽さんのあだ名」
「……あだ名?」
「そう」

 大村さんは苦笑いして続ける。

「女王陛下、だってさ」

 ぶっ、と飲んでいたお茶を吹き出す。そ、それって「ゲーム」で「華」についてたあだ名ではっ!?

「ほら、設楽さんあんま評判良くないじゃない。基本」
「う、傷つくことを……」

 誤解が誤解を生んで、靴箱に生ゴミ入れられたことがあるくらいだからなぁ。

「しかもさ、結構ガッツリ改革したでしょ校則。まぁ概ね好意的だけどさ、でも元々ワガママだとか噂あったから。設楽さん」
「うん」
「自分が好き勝手したいがために改革したんじゃないか、とか一部で」
「ちがうのにー!」

 違うにっ!

(……いーけどさっ)

 別に私がどう思われてようと、後輩さんたちが苦労しなけりゃ、それでさ。

(ちょっと寂しいけどねっ)

 ほんの少し不服そうな顔をした私を、大村さんはヨシヨシと撫でる。

「大半の人は、ちゃんと分かってるからねー?」
「うん……」
「ま、そんなで。好きなように学園を牛耳る権力者、ってことで? 女王陛下とか揶揄してるみたい」
「んー」

 なんとなく、そのあだ名の発信源も予想はつくけれど。

(……近寄らないのがいちばんだ)

 背中に怖気が走る。もう、あんな目に遭いたくない。白井の息遣いは、時折耳元でフラッシュバックして、苦しくて仕方なくなる。

(だから、……けれど、でも)

 戦うべきなのだと、思う。
 負けたらそれまでなのだと、思う。

(だからといって、手は浮かばない)

 そういう話を、樹くんにする。

「華」
「うん」
「華の、そういう芯が強い部分は素晴らしいと思うし尊敬している」
「え、えへへ」

 思わず照れる。

「だが」
「うん」
「少し、任せて欲しい」
「……うん」

 私はきゅ、と樹くんの服をつかむ。

「なにするか、教えてはもらえないの?」
「……あの男について、だったりするから」

 あの男、っていうのは、多分、白井のこと。

「できれば、言いたくない」
「……ん」

 私は引き下がった。私もまだ、冷静に聞ける自信がなかったから。
 それからしばらく、校内で青花は少し大人しくなっていた。なんでかは、分からないけれど……樹くんが青花と話をしてるのをたまに見かける。

(……イラついてるなぁ)

 明らかに不機嫌顔な樹くんと、頬を上気させて嬉しげに樹くんを見上げる青花。

「あれ、気がつかないのかな」

 横にいた大村さんが、呆れたように言う。

「明らかに鹿王院くん、イラついてるじゃん。いまにも平手打ちくらいはしそうだよ」
「や、さすがに女子にそんなことは」

 しないけど、でも、雰囲気的にはもうそんな感じだった。

(多分、探ってるんだと思うけれど)

 青花の動向。……でも、正直ムリしないでほしい。

(ストレスで胃潰瘍とかになっちゃいそう……)

 照れた時とはまた違う、深い深い眉間の皺。
 ふと、青花と目が合う。勝ち誇った顔でこちらを見ている。
 お腹の奥が波打つ。イラ、として……でも相手にすることもないか、と深呼吸して目をそらした。

(平常心、平常心)

 そーだそーだ、いちいち相手にしてあげることもない。
 踵を返して、やっと気がつく。なんで青花が大人しいのか。

(……樹くんが、相手してるから)

 それで機嫌が良くて、私に突っかかってこないんだ……。
 納得すると同時に、胸が痛んだ。樹くんに、私、守られすぎだよ。
 せめてお返しがしたい、と数日後。バレンタイン前日に、私はキッチンに立っていた。

「ガトーショコラをつくります」
「お手伝いいたします」

 鹿王院家のお手伝いさん、吉田さんの尽力で、なんとか私はガトーショコラを完成させる。

「良かった~」
「樹さまもお喜びになりますわ」
「吉田さんのお陰です」

 ありがとうございます、と笑うと、ニコリと笑い返された。ありがたいことです。

「味見致しましょうか」
「ですね、ですです」

 もはやこれのために頑張った、と言っても過言では……いやいや、樹くんへの日頃の感謝の何かアレですけれども!? 味見くらいはねぇ、えへへ、と口に入れた瞬間、なんだか妙な吐き気が私を襲う。

「げほっ」

 シンクで少し吐いた私の背中を、慌てて吉田さんは撫でてくれた。

「華さま、どうされましたか」
「い、いえなんか、急に……それ、大丈夫ですよね?」

 それ、と指差したガトーショコラを、吉田さんもぱくり。

「……いたって普通のガトーショコラでございます」
「んー、なんなんだろ」

 口に、あの甘ったるいものが入った瞬間に、胃がきゅっと縮んだように感じたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。

霜月零
恋愛
 私は、ある日思い出した。  ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。 「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」  その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。  思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。  だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!  略奪愛ダメ絶対。  そんなことをしたら国が滅ぶのよ。  バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。  悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。 ※他サイト様にも掲載中です。

ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!

青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』 なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。 それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。 そしてその瞬間に前世を思い出した。 この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。 や、やばい……。 何故なら既にゲームは開始されている。 そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった! しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし! どうしよう、どうしよう……。 どうやったら生き延びる事ができる?! 何とか生き延びる為に頑張ります!

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...