上 下
475 / 702
【高校編】分岐・黒田健

ヒロインちゃんはとても怖い

しおりを挟む
 想定しうる限りで、1番最悪な展開だと思う。
 転校から2週間、1年生の入学式から数日ののち。

(遅くなっちゃったなぁ)

 まだ暗くはないけれど、と廊下の窓から私は外を眺めていた。
 図書館(この学校の図書館は本当に豪華!)で勉強したあと、帰宅しようと歩いていた、そんな時。背後から急に声をかけられたのだ。
 ふりむいて、私は凍りついた。そこには「ゲーム」のヒロイン、桜澤青花がいたから。
 そして彼女は私に唐突な「お願い」をしてきた。曰く「ねえ、悪役令嬢になってくれない?」。
 私は目を見開いた。

「そんな訳でね」

 ふふふ、と目の前で微笑む可愛い女の子は、まるで小動物のような儚ささえ感じられた。だけれど、その目に浮かぶのは明らかな悪意。

「今からあなたには悪者になってもらいます」
「……なんの、話を」

 なんとかそれだけ答えた私に、小動物のような彼女は微笑んだ。

「あたしだってね?」

 さらり、と廊下の窓から入ってくる、夕方の春の風になびく、艶やかな髪。

「分かってるの。ここが現実だってことくらい」

 少し寂しそうに、彼女は言う。

「つまらないよね。せっかくゲームの世界に転生したのに、ここは現実。圧倒的に。勉強しなくてもここに受かるなんてことはなかったし、何もしないでオトコにモテるってこともない」

 ほっとけばムダ毛も生えちゃう、と青花はひとり、笑った。

「それでもね、せめて。ゲームの醍醐味だけは味わいたいの」
「ゲームって」
「いいのいいの、何言ってるか分かんないだろうし。まぁそんな訳で」

 青花はバサバサと、鞄から廊下に教科書を落とした。そして、カッターを取り出す。

「な、なにを?」
「ん? ええとね」

 青花は微笑む。

「あなたがあたしの教科書をカッターで切り刻もうとしたから、あたしが慌てて止めたら腕を怪我しましたっていう設定」
「け、けが!?」

 何をしているの、と私は詰め寄る。

「大丈夫、大丈夫」

 カラカラと青花は笑った。

「本当にけがするつもりなんか、ないから。適当に制服切るだけ」
「そ、それで本当に、けが、なんかしたら」

 ぐるぐると脳内で動く映像は、前世で私がナイフで刺された時のことであり、「華」のお母さんがナイフで刺された時の映像でもあった。

「刃物は、危ないよ、それをヒトに、自分に、向けるなんて」
「なによ? 煩いわねぇ」

 さっさとおわらそ、と青花がカッターを自分に向けた時、私の身体は反射的に動いていた。

「だから、だめ、ケガなんかしたら」

 ケガなんかしたら?

(死んでしまう)

 カッターを持ってる手を掴み、ふるふると震えていると、ふと私の手をさらに掴み上げる手。

「危ないよ」

 淡々とした声が、上から降ってきた。

「じ……相良先生」
「聞いてたけど、きみ、無茶苦茶だよ。どうしたの」

 なんでか私の転校とともにこちらに赴任してきた仁だった。
 前の学校で、大村さんの件で上の人たちに睨まれちゃったのかなぁ、なんて思ってたりするんだけれど。

「……じょーだん、ですよ、先生」

 青花は微笑む。

「ね?」
「冗談とは思えなかったな」

 硬い声に、青花は不思議そうな表情を一瞬だけ垣間見せて、それから俯いた。

「お話聞ける?」
「……はい」
「設楽さんは、ええと、社会準備室で待機。できる?」
「あ、はい」

 ぽかんとしたまま頷くと、青花はノロノロと教科書を鞄にしまい、仁のあとについて廊下を歩いて行ってしまった。

「……なんですの」

 体から力がへなりと抜けた。

(こ、怖かったよー……!)

 それから何とか社会科準備室に移動して、適当な椅子に座って窓の外を眺める。
 やることもないので、図書館から借りた本をぱらぱらめくっていると、ふとスマホが震えた。

『今日、もう帰ってるか?』

 黒田くんだった。え、なんだろう!?

『まだ学校。どうしたの?』
『家に焼き菓子が大量にあんだけど、いるかなと思って』
「いる」

 思わず声に出して即答してしまった。焼き菓子!? なんでだろ!?

『欲しい! けど何時になるか分からない』
『なんかあったのか』
『ちょっとトラブル』
『いま部活終わったからすぐ行く』

 私は首を傾げた。家に来てくれる、ってことなぁと思ってると、きっかり一時間後に『学校着いたけど』とメールが入った。

「あれ!?」

 すぐ行く、ってここのこと!?
 とりあえず場所をメールすると、迷わず黒田くんはここにたどり着いてくれた。

「なんで!?」
「? トラブルとか言うから」
「と、止められなかった!?」

 この学校、警備員さんいるんだけど!

「や、普通に挨拶したぞ」

 俺制服だしな、と黒田くんは笑う。

「部活の関係とでも思ったんじゃね?」
「確かに……」

 私は気が抜けて、変な顔で笑ってしまう。多分、まだ緊張してたのが、黒田くん見て力が抜けた。

「で、トラブルってなに」
「ええと」
「なんで黒田いんの」

 ぴったりのタイミングで、背後に仁が立っていた。……ていうか。

「時間がかかりすぎ! ……です」

 何してたんだろ? む、と睨むと仁は苦笑いした。

「いやいやいや、アイツ、やべーからですね」

 黒田くんはじっと仁を見て、それから「お久しぶりっすね」と少しだけ笑った。なんか、やたらと「お久しぶり」を強調してたような?
 仁は肩をすくめて笑って、何も言わなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...