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【高校編】分岐・黒田健

スランプ

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 四月一日が始業式で、私は教室で少し驚く。

「あれ、樹くん同じクラス?」
「そのようだな」

 樹くんは少しだけ、笑った。

「とりあえずよろしく、華。同じクラスで、正直嬉しい」
「よろしくねー……」

 私もほっと息をつく。知らない人ばかりの中、って結構緊張するから。

「しかも隣の席」
「これは先生方の配慮だと思う」

 配慮? と首を傾げて、すぐに思い至る。世間的には、私たち、まだ許嫁なんだ。
 始業式を終えた講堂から、樹くんと並んで教室に戻りつつ、私はぼんやりと思う。果たして、黒田くんにこれをどう伝えるべきなのか?

(言わない、っていう選択肢はない)

 私だったら「元許嫁」と同じクラスとか、一応言って欲しかったって思う。だから、素直にメールで伝えて、黒田くんからも「知ってる奴いて良かったよな」と返信が来て、すっかり安心していたのだけれど。
 なんとなく、1週間後に迫った入学式(つまりは私が悪役令嬢な"ブルーローズ"のヒロインちゃんが入学してくる!)が気になってる浮ついてた、転校3日目の夜のこと。

「もしもし?」

 鹿島先輩から電話が出て、何だろうと思いながら通話に出る、と……電話の先にいたのは、鹿島先輩の彼氏さん、水戸さんだった。

『やー、設楽チャン』
「あれ、水戸さん。どうしたんですか?」
『どーしたもこーしたもね』

 水戸さんの話を聞いて、私は少し首を傾げた。黒田くんがスランプ?

 水戸さんの話によると、今日の夕方、ふと母校の部活に顔を出したらしい。そこで黒田くんが絶不調、だったらしいのだ。

『絶不調、っていうか、あれはぜっっふちょうだな』
「はぁ」
『あり得ないミスばっか。もうすぐ予選だから、長引かせたくねーんだよ』
「はい」
『様子見てやって』

 というわけで、やってきたのは黒田くんの男子校。こっそりと武道場に向かった。

(だって、ねぇ?)

 空手バカ、って言っちゃっても過言ではない黒田くん。素人の私になにができるというのでしょう。

(調子の波もあるだろうし)

 私なんかに、変に首を突っ込まれたくないかもしれない。黒田くんのことだから、嫌がりとかはないと思うけれど。
 見つからないように、窓から覗き込んだ。

「あれー!? 黒田の嫁」
「わ!?」

 振り向くと、見たことのある先輩たちだった。

「どーしたの?」
「や、あの」
「せっかく来たんだから黒田なんとかしてってよ」

 先輩は眉をひそめた。

「どーしちゃったのアレ」
「へ?」

 目で示されて、私は黒田くんを見つめた。黒田くんは組み手の練習の最中で、……あれれ?

「ど、どうしちゃったんですかね」

 素人目にも、まったく集中できていない。それに、本人も酷くイラついているみたいで……すごく、すごく、めずらしい。

(これは、……一回話、聞いてみよう)

 私は少し唇を噛む。何もできないかもしれないけれど、何もしないのは、ムリだった。だって、大好きな人が辛そうなんだもの。
 私は先輩たちに頭を下げて、そのまま電車で鎌倉に帰る。駅を降りて、向かうのは自分の家じゃなくて、黒田くんのおうち。

(お母さんとか、御在宅かな?)

 インターフォンを鳴らすけれど、応答はない。私は門の横、駐車場の隅に座り込んだ。

(……暗くなって来ちゃったなぁ)

 黒田くんの部活、いつも遅くまであるから。下手すると、待ってる間に、ほんと真っ暗になっちゃうんだけど、それでも、私はここを動きたくなかった。
 話が聞きたかった。
 もしなにかできるなら、なんでもしたいと、そう強く思う。

(あんな、辛そうな黒田くん)

 もう、見たくないよ。
 徐々に沈んでいく夕陽。紺碧のいろの空、西のすみっこだけ、燃えるようなオレンジ色。
 天頂には満月が、煌々とかがやいていた。眩しいくらいの金色。
 しらず、身体に力が入る。

(……怖い)

 色んな記憶が、頭をぐるぐると回る。
 かつて、前世で、追われた暗い夜道。
 思い出して来ている、「私」の「お母さん」が殺された事件のとき、投げ出されたベランダから見えた暗い明け方の空。

(息が、できない)

 苦しい。怖い。辛い。怖い。
 涙がにじんで、……それでも、私はここから動きたくなくて、じっと体を丸めた、その時だった。

「設楽!?」

 がしゃん、と自転車を乱暴に止める音。ゆるゆる、と顔を上げなくてもわかる、大好きな声。

「黒田くん」
「なにやってんだお前、こんな暗いとこで!」

 慌てたように、私に触れる黒田くんの手の温もりに、私は縋るように抱きついた。

「会いたくて」
「設楽?」
「会いたくて、来たの」

 そう小さく言う私を、黒田くんは無言で抱き上げて、玄関に向かった。
 リビングのソファに下ろされて、軽く抱きしめられる。

「どうした」
「だから、会いたくて」
「……言えば家まで行った」
「違うの」

 私はぎゅうぎゅうと黒田くんにしがみつく。

「違うの。……今日、学校、行ったの」
「ガッコー?」
「黒田くんの、部活」
「……あー」

 黒田くんは苦笑いした。

「かっこわりーとこ見せたな」
「どうしたの?」

 私は黒田くんを見つめる。

「私じゃ、役に立たないかもしれないけど、やれることない?」
「ない」

 黒田くんは、はっきり言った。

「設楽とは関係ねー、俺の弱さが全部の原因だから」

 無理やり笑おうとしてる顔で、黒田くんは言う。
 私はぐっと言葉につまる。

(そう、かもだけれど)

 そんな顔、されたくない。

「ねえ、私、そんなに役立たず?」
「設楽」
「私、黒田くんの、何の役にも立てないの? 話すらしてもらえないの? 信頼されてないの?」
「ちが、」
「じゃあ!」

 私は黒田くんを睨んだ。初めて、この、大好きな彼氏を怒って睨んで、泣いていた。

「少しくらい、頼ってよ!」

 叫ぶような言葉に、黒田くんは押し黙って、それからポツリと口を開いた。
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