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【高校編】分岐・鹿王院樹
臥待月
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婚約披露パーティー以降、全然樹くんに会えてない。
プロポーズされたとき、ほんとにかっこ悪いんだけど、目から涙がぴゃっと出た。ぽろぽろとかじゃなくて、だーだー出た。せっかくお化粧してたのに、って泣きながら言うと、樹くんは笑って抱きしめてくれた。その指先が冷たくて、ああ樹くんも緊張してくれていたんだなぁって……それが、だいたい1ヶ月前くらいの話。
「分かってるの忙しいのあの人は」
「大変そうだよねー」
授業と授業の合間の休み時間、大村さんとそんな話になる。
窓からは銀杏の木々が、晩秋の陽射しで金色に光っていた。もうじきに冬が来る。
「学校では会うんだよ、昼休みとか」
「でも生徒会だよね」
「そうなの」
私はかるくため息。
放課後部活がある樹くんのために、昼休みは生徒会室で(みんなで!)ランチ会みたいにして話し合いがあるんだけれど。
「会えるの、そこだけー」
「家に帰ってくるんじゃないの」
「帰ってくるよ? 帰ってくるけど」
私は寂しくて、ほんの少しだけ、眉を寄せた。
「お仕事なんだもの」
「お仕事?」
私は頷く。なにやら会社がバタついているらしくて、会社の方に行ってたり部屋でパソコンと睨めっこしてたり。
「なにしてるんだろー」
「だから、お仕事でしょう?」
「んー」
そう言われたらもう何とも返せないんだけどさ。
「まぁ、そんな時期あるよ」
「あるのー?」
大村さんは私の頬をムニムニと触りながら言う。
「設楽さんも今忙しいんだし。今はそっちに集中したら」
「……だね」
私は肩をすくめて微笑んだ。
「幸い、最近はあのよく分かんないイチネンセーの来襲もないんでしょう?」
「うん」
頷きながら、それでもちょっと思う。……余計に怖くない?
桜澤青花の来襲は、このところなりを潜めていた。
(なんで?)
ありがたいけれど、……嵐の前の静けさって感じでちょっと怖いんだよなぁ。
「とはいえ、ちくちくはあるよ」
「あるよね、ムカつくよ」
大村さんは眉を寄せた。
「本人が何も言わないのがムカつく」
取り巻きの男子くんたちが遠巻きにヒソヒソしたりしてるだけ。
「ハッキリ言われないほうがストレスだったりするんだよなぁ」
委員会での忙しさもあいまって、ほんの少し体調不良。
「生理も遅れてるんだよなぁ、ストレスかなぁ」
「……ご懐妊?」
ひっそり、と言ってくる大村さんの頭にかるくチョップ。
「そんな関係じゃありません! オトモダチだよっ、オトモダチっ」
「もー、往生際悪いなぁ」
ラブラブなくせに、と大村さんが笑う。
「そう言えば見たよ、アンケートの集計結果」
「ありがと」
私は微笑む。アンケート……女子の校則改定に関するアンケートだ。
「賛成7割」
「反対は10%もいなかったから」
どちらでもない、が2割。
「あとはOG会の賛成を取り付けるだけだよっ」
「そこが一番難しそうだよね、……あ、先生来た」
次の授業、古典の先生が教室に入ってきて、私たちは席に戻る。
(そーなんだよね、私もやること多いんだ)
けれど。
だけれど。
(やっぱり、寂しいよー……)
その日帰宅しても、晩ご飯に樹くんは姿を表さなかった。
「……」
「むすっとしない、ハナ」
圭くんに怒られた。
「……はーい」
「ごめんなさいね、華ちゃん」
樹くんのおばあちゃん、静子さんはほんの少し、眉を下げた。
「あの子ねぇ、自分からやるって言った件があるから、今てんやわんやなのよ」
「樹くんから?」
静子さんは目を細めた。
「そうなのよー。でもね、もうじきですから」
私は少し首をかしげる。なにか、……含みが、あるような。
その日の深夜……って言っても、まだ23時は回ってなかったと思う。なんだか眠たくなった私はさっさと布団に入る。
なんとなく、月を眺めたくて、ベッド横のカーテンを開けたまま横たわった。
「……さみしーよー」
黒と濃紺をない混ぜにしたような空には、金色の月。満月でもなければ三日月でもない。キラキラしている。
それを眺めていると、ふと睡魔に襲われる。
(……カーテンしめなきゃ)
そう、思っているのに目蓋はひどく重かった。
そのまま眠ってーー夢を見た。樹くんとふたり、ノンビリしてる夢だった。
(願望が出るっていうからなぁ)
夢の中なのに、私はそれが夢だってことをハッキリ自覚してて、ちょっと笑ってしまう。
ふと、人の気配がして、まぶたを持ち上げる。やわやわと、私の頭に触れる優しい手。
「……樹くん?」
「すまない、起こしてしまったか」
薄暗がりの中で、スーツ姿の樹くんが苦笑したのがわかった。
「ううん」
「どうしても、華の顔が見たくて」
「私も」
思わず口走る。
「私も、会いたかったよ」
両手を伸ばす。樹くんが、ぎゅうと抱きしめてくれた。
「華」
とても、落ち着いた声で呼ばれた。
なあに、と開こうとした口に、樹くんは唇を重ねて、舌を滑り込ませて来る。
キスを重ねながら、樹くんは穏やかな声で何度も私を呼んだ。
ぎしり、と2人分の体重でベッドが軋む。
酸欠になりそうになりながら、私の上にいる樹くんの顔を見つめた。
穏やかで、優しくて、理知的な瞳だった。
「……スーツ、シワになっちゃうよ」
「そうだな」
樹くんは静かに微笑んで、ジャケットを脱いだ。だけれどそれは、丁寧にかけられることなくベッド下に投げるように落とされた。
樹くんの肩越しに、さっきの月が見える。
(ああ、)
私は古典の授業を思い出す。そうだ、この月は、臥待月と言ったのだ。
重なる唇が、とても熱い。
「華」
樹くんは、そっと私の頬に触れた。
優しい声だった。名前を呼ぶことが、とても嬉しいと、そう言っているような、声だった。
オトモダチ、という濃くて太いラインを引いたつもりだったけれど、……そういうのを越える時、もしかしたらヒトは酷く冷静なのかもしれない。理性的で、穏やかで。
「ねえ、樹くん」
キスの波の合間に、私は小さく言った。不思議そうに私を見る樹くんに、私は「カーテン閉めて」とお願いをする。
上半身を起こして、カーテンを閉めながら、樹くんはネクタイをしゅるりと外した。
鹿王院ホールディングスが、ジョーバン重工……大伯父様の会社に敵対的買収を行ったと知ったのは、その翌朝のニュースのことだった。
プロポーズされたとき、ほんとにかっこ悪いんだけど、目から涙がぴゃっと出た。ぽろぽろとかじゃなくて、だーだー出た。せっかくお化粧してたのに、って泣きながら言うと、樹くんは笑って抱きしめてくれた。その指先が冷たくて、ああ樹くんも緊張してくれていたんだなぁって……それが、だいたい1ヶ月前くらいの話。
「分かってるの忙しいのあの人は」
「大変そうだよねー」
授業と授業の合間の休み時間、大村さんとそんな話になる。
窓からは銀杏の木々が、晩秋の陽射しで金色に光っていた。もうじきに冬が来る。
「学校では会うんだよ、昼休みとか」
「でも生徒会だよね」
「そうなの」
私はかるくため息。
放課後部活がある樹くんのために、昼休みは生徒会室で(みんなで!)ランチ会みたいにして話し合いがあるんだけれど。
「会えるの、そこだけー」
「家に帰ってくるんじゃないの」
「帰ってくるよ? 帰ってくるけど」
私は寂しくて、ほんの少しだけ、眉を寄せた。
「お仕事なんだもの」
「お仕事?」
私は頷く。なにやら会社がバタついているらしくて、会社の方に行ってたり部屋でパソコンと睨めっこしてたり。
「なにしてるんだろー」
「だから、お仕事でしょう?」
「んー」
そう言われたらもう何とも返せないんだけどさ。
「まぁ、そんな時期あるよ」
「あるのー?」
大村さんは私の頬をムニムニと触りながら言う。
「設楽さんも今忙しいんだし。今はそっちに集中したら」
「……だね」
私は肩をすくめて微笑んだ。
「幸い、最近はあのよく分かんないイチネンセーの来襲もないんでしょう?」
「うん」
頷きながら、それでもちょっと思う。……余計に怖くない?
桜澤青花の来襲は、このところなりを潜めていた。
(なんで?)
ありがたいけれど、……嵐の前の静けさって感じでちょっと怖いんだよなぁ。
「とはいえ、ちくちくはあるよ」
「あるよね、ムカつくよ」
大村さんは眉を寄せた。
「本人が何も言わないのがムカつく」
取り巻きの男子くんたちが遠巻きにヒソヒソしたりしてるだけ。
「ハッキリ言われないほうがストレスだったりするんだよなぁ」
委員会での忙しさもあいまって、ほんの少し体調不良。
「生理も遅れてるんだよなぁ、ストレスかなぁ」
「……ご懐妊?」
ひっそり、と言ってくる大村さんの頭にかるくチョップ。
「そんな関係じゃありません! オトモダチだよっ、オトモダチっ」
「もー、往生際悪いなぁ」
ラブラブなくせに、と大村さんが笑う。
「そう言えば見たよ、アンケートの集計結果」
「ありがと」
私は微笑む。アンケート……女子の校則改定に関するアンケートだ。
「賛成7割」
「反対は10%もいなかったから」
どちらでもない、が2割。
「あとはOG会の賛成を取り付けるだけだよっ」
「そこが一番難しそうだよね、……あ、先生来た」
次の授業、古典の先生が教室に入ってきて、私たちは席に戻る。
(そーなんだよね、私もやること多いんだ)
けれど。
だけれど。
(やっぱり、寂しいよー……)
その日帰宅しても、晩ご飯に樹くんは姿を表さなかった。
「……」
「むすっとしない、ハナ」
圭くんに怒られた。
「……はーい」
「ごめんなさいね、華ちゃん」
樹くんのおばあちゃん、静子さんはほんの少し、眉を下げた。
「あの子ねぇ、自分からやるって言った件があるから、今てんやわんやなのよ」
「樹くんから?」
静子さんは目を細めた。
「そうなのよー。でもね、もうじきですから」
私は少し首をかしげる。なにか、……含みが、あるような。
その日の深夜……って言っても、まだ23時は回ってなかったと思う。なんだか眠たくなった私はさっさと布団に入る。
なんとなく、月を眺めたくて、ベッド横のカーテンを開けたまま横たわった。
「……さみしーよー」
黒と濃紺をない混ぜにしたような空には、金色の月。満月でもなければ三日月でもない。キラキラしている。
それを眺めていると、ふと睡魔に襲われる。
(……カーテンしめなきゃ)
そう、思っているのに目蓋はひどく重かった。
そのまま眠ってーー夢を見た。樹くんとふたり、ノンビリしてる夢だった。
(願望が出るっていうからなぁ)
夢の中なのに、私はそれが夢だってことをハッキリ自覚してて、ちょっと笑ってしまう。
ふと、人の気配がして、まぶたを持ち上げる。やわやわと、私の頭に触れる優しい手。
「……樹くん?」
「すまない、起こしてしまったか」
薄暗がりの中で、スーツ姿の樹くんが苦笑したのがわかった。
「ううん」
「どうしても、華の顔が見たくて」
「私も」
思わず口走る。
「私も、会いたかったよ」
両手を伸ばす。樹くんが、ぎゅうと抱きしめてくれた。
「華」
とても、落ち着いた声で呼ばれた。
なあに、と開こうとした口に、樹くんは唇を重ねて、舌を滑り込ませて来る。
キスを重ねながら、樹くんは穏やかな声で何度も私を呼んだ。
ぎしり、と2人分の体重でベッドが軋む。
酸欠になりそうになりながら、私の上にいる樹くんの顔を見つめた。
穏やかで、優しくて、理知的な瞳だった。
「……スーツ、シワになっちゃうよ」
「そうだな」
樹くんは静かに微笑んで、ジャケットを脱いだ。だけれどそれは、丁寧にかけられることなくベッド下に投げるように落とされた。
樹くんの肩越しに、さっきの月が見える。
(ああ、)
私は古典の授業を思い出す。そうだ、この月は、臥待月と言ったのだ。
重なる唇が、とても熱い。
「華」
樹くんは、そっと私の頬に触れた。
優しい声だった。名前を呼ぶことが、とても嬉しいと、そう言っているような、声だった。
オトモダチ、という濃くて太いラインを引いたつもりだったけれど、……そういうのを越える時、もしかしたらヒトは酷く冷静なのかもしれない。理性的で、穏やかで。
「ねえ、樹くん」
キスの波の合間に、私は小さく言った。不思議そうに私を見る樹くんに、私は「カーテン閉めて」とお願いをする。
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