上 下
472 / 702
【高校編】分岐・黒田健

引き換え

しおりを挟む
「ねー、敦子さん。まだ私に青百合に行ってもらいたいと思ってる?」

 激務、東奔西走、24時間どころか36時間働けますかな企業戦士もかくや、といった大車輪な毎日を過ごしてる敦子さんをなんとか捕まえて、私は夕食を共にしていた。
 といっても、家ではなくて敦子さんの都内のオフィス。学校帰りに寄って、秘書室で勉強しながら待たせてもらったのだ。

「もちろん」

 敦子さんは頷く。
 青百合学園ーー例の「乙女ゲーム」の舞台になった学園、シナリオ通りなら私もとっくの昔から通っていたはずのその学校。敦子さんは自分が卒業しているからか、私にも青百合に通ってもらいたいと熱望していたのだ。
 たまたま私が今の学校(青百合より偏差値が高い)に受かったから渋々認めてもらえたものの、結構前から「青百合にしなさいよ」と口酸っぱく言われていたのでした。

「今でも、ね。その方がいい、とあたしは思ってる」

 何か含みのある口調。

「あなたにとっても、きっと」
「?」

(なんでそんなに、あの学校推すんだろー?)

 少し不思議に思ったけれど、ま、いいか、と私は切り替える。

(でもどうかな、乗ってくれるかな)

 結局のところ、私は16歳のコムスメだ。なんの力もない。
 でも幸か不幸か、私の身内は「とっても力がある」。変な話……敦子さんは死んでもしないだろうけれど、札束で頬をひっぱたくようなことだってできるのである。
 大人の話には、大人を巻き込むのが一番早い。

「転校する、って言ったら、ひとつ、お願い聞いてくれる?」
「……あなたがワガママを言うのはとても珍しいわね」

 敦子さんは目を細めて、デリバリーのオードブル、鴨のスモークを上品に口に運んだ。バルサミコ酢がいい感じ。

「言うだけ言ってみなさい」
「ひとこと、で良いんだけど」

 私は首を傾げた。

「ウチの学校の偉い人に、時代は変わりましたわねぇ的なことを言って欲しいの」
「?」

 敦子さんは綺麗な眉をひそめた。

「なあにそれ」
「あと文科省に知り合いがいるとか」
「いるけど、何?」
「実は友達が妊娠しちゃってね?」
「あら」

 少し驚いたように、敦子さんは目を開いた。

「それは大変ね」
「学校辞めて、産むことにしたんだけど」
「そう」

 敦子さんは優しく頷いた。いろんなものを含んだ表情だった。

「その、辞め方がーー学校側からの強制退学で」
「ええ」
「それが気にくわない過激派が一部」

 言いながら「鹿島先輩ごめんなさい」とおもう。過激派、なんて言っちゃって。

「なるほどね」

 敦子さんは頷いた。

「要は、双方の希望と欲求を飲む形にすればいいわけね?」
「いえす」

 私はパクリ、とスペイン風オムレツを口にいれた。美味しい。

「一度、学校側から退学を撤回させて欲しい。そのあと、友達は自分から退学届を出すから」
「分かったわーー華」

 敦子さんは目を細めた。

「本当に転校してくれるのね」
「うん」

 私は頷く。しょうがない、「ゲーム」の舞台へ行くのはメチャクチャ怖いけど、……このままだと鹿島先輩たち、下手したら逮捕されちゃうんじゃないだろうか。学校側もそこまで大げさにしたくないだろうけれど、さ。

「手続きをとるわ。ねじ込むから、四月から通えるでしょう」
「……もう少し遅くてもいいんだけど?」

 私はしょんぼりとオムレツをつついた。だってちょうど、ヒロインちゃん入学してくる時期じゃんね。気が重いよ。

「こら華、お行儀の悪い」
「……はーい」

 私は目を閉じる。騎馬戦、私も出られなかった。ごめんね大村さん……。

 その日のうちに、黒田くんにメール。案外あっさり「設楽がそれでいいんなら」って内容だったのに、夜遅くに訪ねてきてくれた。

「上がって~」
「や、ここで」

 玄関先で、黒田くんは首を振る。

「夜遅くにすまん」
「ううん」

 首を振る私の髪を、黒田くんはさらりと撫でた。

「それでいーんか」
「うん」

 私は頷く。だって、いちばんシンプルな解決法だとおもう。トラブルを解決できる力がある人に御出馬願って、その代わりに私はその人のお願いを聞く。

「設楽が犠牲になることを、誰も望んでねーと思うぞ」
「うん」
「それに、あの人が設楽をあの学校に入れたがってるのは、」

 黒田くんはふと言い淀んだ。それから少しだけ眉をひそめて、何も言わずに私を抱きしめる。

「黒田くん?」
「……いや、なんでもねー。忘れてくれ」

 すっ、と黒田くんは私から離れる。

「おやすみ、設楽」
「? うん、おやすみ」

 その翌日には、敦子さんは動いてくれて、真っ青な顔をした校長とか教頭が職員会議だの、松井さん呼んでの話し合いだのをしていた。

「退学、取り消しになったんですって!?」

 大喜びで、鹿島先輩は実行委員室に顔を出した。

「あ、そうみたいです」

 私は書類をまとめながら頷く。

「やっぱりね、時代錯誤だと気がついてくれたのね。アメリカには子供のいる女性だけが通うクラスがある大学もあるくらいでーーって、設楽さん?」

 鹿島先輩は首を傾げた。

「何をしてるの?」
「引き継ぎです」

 私は眉を下げて、笑った。

「引き継ぎ? 何の?」
「あのー、私」

 首を傾げる。

「転校、することになりまして」
「……ええっ!?」

 鹿島先輩は目を見開く。

「ど、どういうこと!?」
「ええと、家庭の都合で」
「ご家庭の?」
「あの、もっと家の近くに通わなきゃで」

 適当な理由だけれど、鹿島先輩は勝手に色々想像したのか、残念そうに頷いた。

「そうなの。さみしくなるわね。ちなみにどちら?」
「神奈川の青百合です」
「青百合」

 鹿島先輩は頷いた。

「いい学校よね。歴史もあるし、進学率も悪くないわ」
「はい」
「元気でね」

 寂しそうに、先輩は言うけれど、私はがしりと先輩の手を握った。

「いえあの、できれば2年後にはまた後輩になれればと!」
「え?」
「私も女子大、目指してるんで」

 いたずらっぽく、微笑んでみせた。
 鹿島先輩がもうすぐ入学するのは、都内にある、国立の女子大。何を隠そう、私の志望校なのでした。

「あら」
「よろしくお願いします!」
「待ってるわ」

 ふんわり、と昔より雰囲気が柔らかくなった先輩はそう言って笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。

霜月零
恋愛
 私は、ある日思い出した。  ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。 「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」  その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。  思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。  だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!  略奪愛ダメ絶対。  そんなことをしたら国が滅ぶのよ。  バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。  悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。 ※他サイト様にも掲載中です。

ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!

青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』 なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。 それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。 そしてその瞬間に前世を思い出した。 この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。 や、やばい……。 何故なら既にゲームは開始されている。 そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった! しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし! どうしよう、どうしよう……。 どうやったら生き延びる事ができる?! 何とか生き延びる為に頑張ります!

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

処理中です...