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【高校編】分岐・黒田健
引き換え
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「ねー、敦子さん。まだ私に青百合に行ってもらいたいと思ってる?」
激務、東奔西走、24時間どころか36時間働けますかな企業戦士もかくや、といった大車輪な毎日を過ごしてる敦子さんをなんとか捕まえて、私は夕食を共にしていた。
といっても、家ではなくて敦子さんの都内のオフィス。学校帰りに寄って、秘書室で勉強しながら待たせてもらったのだ。
「もちろん」
敦子さんは頷く。
青百合学園ーー例の「乙女ゲーム」の舞台になった学園、シナリオ通りなら私もとっくの昔から通っていたはずのその学校。敦子さんは自分が卒業しているからか、私にも青百合に通ってもらいたいと熱望していたのだ。
たまたま私が今の学校(青百合より偏差値が高い)に受かったから渋々認めてもらえたものの、結構前から「青百合にしなさいよ」と口酸っぱく言われていたのでした。
「今でも、ね。その方がいい、とあたしは思ってる」
何か含みのある口調。
「あなたにとっても、きっと」
「?」
(なんでそんなに、あの学校推すんだろー?)
少し不思議に思ったけれど、ま、いいか、と私は切り替える。
(でもどうかな、乗ってくれるかな)
結局のところ、私は16歳のコムスメだ。なんの力もない。
でも幸か不幸か、私の身内は「とっても力がある」。変な話……敦子さんは死んでもしないだろうけれど、札束で頬をひっぱたくようなことだってできるのである。
大人の話には、大人を巻き込むのが一番早い。
「転校する、って言ったら、ひとつ、お願い聞いてくれる?」
「……あなたがワガママを言うのはとても珍しいわね」
敦子さんは目を細めて、デリバリーのオードブル、鴨のスモークを上品に口に運んだ。バルサミコ酢がいい感じ。
「言うだけ言ってみなさい」
「ひとこと、で良いんだけど」
私は首を傾げた。
「ウチの学校の偉い人に、時代は変わりましたわねぇ的なことを言って欲しいの」
「?」
敦子さんは綺麗な眉をひそめた。
「なあにそれ」
「あと文科省に知り合いがいるとか」
「いるけど、何?」
「実は友達が妊娠しちゃってね?」
「あら」
少し驚いたように、敦子さんは目を開いた。
「それは大変ね」
「学校辞めて、産むことにしたんだけど」
「そう」
敦子さんは優しく頷いた。いろんなものを含んだ表情だった。
「その、辞め方がーー学校側からの強制退学で」
「ええ」
「それが気にくわない過激派が一部」
言いながら「鹿島先輩ごめんなさい」とおもう。過激派、なんて言っちゃって。
「なるほどね」
敦子さんは頷いた。
「要は、双方の希望と欲求を飲む形にすればいいわけね?」
「いえす」
私はパクリ、とスペイン風オムレツを口にいれた。美味しい。
「一度、学校側から退学を撤回させて欲しい。そのあと、友達は自分から退学届を出すから」
「分かったわーー華」
敦子さんは目を細めた。
「本当に転校してくれるのね」
「うん」
私は頷く。しょうがない、「ゲーム」の舞台へ行くのはメチャクチャ怖いけど、……このままだと鹿島先輩たち、下手したら逮捕されちゃうんじゃないだろうか。学校側もそこまで大げさにしたくないだろうけれど、さ。
「手続きをとるわ。ねじ込むから、四月から通えるでしょう」
「……もう少し遅くてもいいんだけど?」
私はしょんぼりとオムレツをつついた。だってちょうど、ヒロインちゃん入学してくる時期じゃんね。気が重いよ。
「こら華、お行儀の悪い」
「……はーい」
私は目を閉じる。騎馬戦、私も出られなかった。ごめんね大村さん……。
その日のうちに、黒田くんにメール。案外あっさり「設楽がそれでいいんなら」って内容だったのに、夜遅くに訪ねてきてくれた。
「上がって~」
「や、ここで」
玄関先で、黒田くんは首を振る。
「夜遅くにすまん」
「ううん」
首を振る私の髪を、黒田くんはさらりと撫でた。
「それでいーんか」
「うん」
私は頷く。だって、いちばんシンプルな解決法だとおもう。トラブルを解決できる力がある人に御出馬願って、その代わりに私はその人のお願いを聞く。
「設楽が犠牲になることを、誰も望んでねーと思うぞ」
「うん」
「それに、あの人が設楽をあの学校に入れたがってるのは、」
黒田くんはふと言い淀んだ。それから少しだけ眉をひそめて、何も言わずに私を抱きしめる。
「黒田くん?」
「……いや、なんでもねー。忘れてくれ」
すっ、と黒田くんは私から離れる。
「おやすみ、設楽」
「? うん、おやすみ」
その翌日には、敦子さんは動いてくれて、真っ青な顔をした校長とか教頭が職員会議だの、松井さん呼んでの話し合いだのをしていた。
「退学、取り消しになったんですって!?」
大喜びで、鹿島先輩は実行委員室に顔を出した。
「あ、そうみたいです」
私は書類をまとめながら頷く。
「やっぱりね、時代錯誤だと気がついてくれたのね。アメリカには子供のいる女性だけが通うクラスがある大学もあるくらいでーーって、設楽さん?」
鹿島先輩は首を傾げた。
「何をしてるの?」
「引き継ぎです」
私は眉を下げて、笑った。
「引き継ぎ? 何の?」
「あのー、私」
首を傾げる。
「転校、することになりまして」
「……ええっ!?」
鹿島先輩は目を見開く。
「ど、どういうこと!?」
「ええと、家庭の都合で」
「ご家庭の?」
「あの、もっと家の近くに通わなきゃで」
適当な理由だけれど、鹿島先輩は勝手に色々想像したのか、残念そうに頷いた。
「そうなの。さみしくなるわね。ちなみにどちら?」
「神奈川の青百合です」
「青百合」
鹿島先輩は頷いた。
「いい学校よね。歴史もあるし、進学率も悪くないわ」
「はい」
「元気でね」
寂しそうに、先輩は言うけれど、私はがしりと先輩の手を握った。
「いえあの、できれば2年後にはまた後輩になれればと!」
「え?」
「私も女子大、目指してるんで」
いたずらっぽく、微笑んでみせた。
鹿島先輩がもうすぐ入学するのは、都内にある、国立の女子大。何を隠そう、私の志望校なのでした。
「あら」
「よろしくお願いします!」
「待ってるわ」
ふんわり、と昔より雰囲気が柔らかくなった先輩はそう言って笑った。
激務、東奔西走、24時間どころか36時間働けますかな企業戦士もかくや、といった大車輪な毎日を過ごしてる敦子さんをなんとか捕まえて、私は夕食を共にしていた。
といっても、家ではなくて敦子さんの都内のオフィス。学校帰りに寄って、秘書室で勉強しながら待たせてもらったのだ。
「もちろん」
敦子さんは頷く。
青百合学園ーー例の「乙女ゲーム」の舞台になった学園、シナリオ通りなら私もとっくの昔から通っていたはずのその学校。敦子さんは自分が卒業しているからか、私にも青百合に通ってもらいたいと熱望していたのだ。
たまたま私が今の学校(青百合より偏差値が高い)に受かったから渋々認めてもらえたものの、結構前から「青百合にしなさいよ」と口酸っぱく言われていたのでした。
「今でも、ね。その方がいい、とあたしは思ってる」
何か含みのある口調。
「あなたにとっても、きっと」
「?」
(なんでそんなに、あの学校推すんだろー?)
少し不思議に思ったけれど、ま、いいか、と私は切り替える。
(でもどうかな、乗ってくれるかな)
結局のところ、私は16歳のコムスメだ。なんの力もない。
でも幸か不幸か、私の身内は「とっても力がある」。変な話……敦子さんは死んでもしないだろうけれど、札束で頬をひっぱたくようなことだってできるのである。
大人の話には、大人を巻き込むのが一番早い。
「転校する、って言ったら、ひとつ、お願い聞いてくれる?」
「……あなたがワガママを言うのはとても珍しいわね」
敦子さんは目を細めて、デリバリーのオードブル、鴨のスモークを上品に口に運んだ。バルサミコ酢がいい感じ。
「言うだけ言ってみなさい」
「ひとこと、で良いんだけど」
私は首を傾げた。
「ウチの学校の偉い人に、時代は変わりましたわねぇ的なことを言って欲しいの」
「?」
敦子さんは綺麗な眉をひそめた。
「なあにそれ」
「あと文科省に知り合いがいるとか」
「いるけど、何?」
「実は友達が妊娠しちゃってね?」
「あら」
少し驚いたように、敦子さんは目を開いた。
「それは大変ね」
「学校辞めて、産むことにしたんだけど」
「そう」
敦子さんは優しく頷いた。いろんなものを含んだ表情だった。
「その、辞め方がーー学校側からの強制退学で」
「ええ」
「それが気にくわない過激派が一部」
言いながら「鹿島先輩ごめんなさい」とおもう。過激派、なんて言っちゃって。
「なるほどね」
敦子さんは頷いた。
「要は、双方の希望と欲求を飲む形にすればいいわけね?」
「いえす」
私はパクリ、とスペイン風オムレツを口にいれた。美味しい。
「一度、学校側から退学を撤回させて欲しい。そのあと、友達は自分から退学届を出すから」
「分かったわーー華」
敦子さんは目を細めた。
「本当に転校してくれるのね」
「うん」
私は頷く。しょうがない、「ゲーム」の舞台へ行くのはメチャクチャ怖いけど、……このままだと鹿島先輩たち、下手したら逮捕されちゃうんじゃないだろうか。学校側もそこまで大げさにしたくないだろうけれど、さ。
「手続きをとるわ。ねじ込むから、四月から通えるでしょう」
「……もう少し遅くてもいいんだけど?」
私はしょんぼりとオムレツをつついた。だってちょうど、ヒロインちゃん入学してくる時期じゃんね。気が重いよ。
「こら華、お行儀の悪い」
「……はーい」
私は目を閉じる。騎馬戦、私も出られなかった。ごめんね大村さん……。
その日のうちに、黒田くんにメール。案外あっさり「設楽がそれでいいんなら」って内容だったのに、夜遅くに訪ねてきてくれた。
「上がって~」
「や、ここで」
玄関先で、黒田くんは首を振る。
「夜遅くにすまん」
「ううん」
首を振る私の髪を、黒田くんはさらりと撫でた。
「それでいーんか」
「うん」
私は頷く。だって、いちばんシンプルな解決法だとおもう。トラブルを解決できる力がある人に御出馬願って、その代わりに私はその人のお願いを聞く。
「設楽が犠牲になることを、誰も望んでねーと思うぞ」
「うん」
「それに、あの人が設楽をあの学校に入れたがってるのは、」
黒田くんはふと言い淀んだ。それから少しだけ眉をひそめて、何も言わずに私を抱きしめる。
「黒田くん?」
「……いや、なんでもねー。忘れてくれ」
すっ、と黒田くんは私から離れる。
「おやすみ、設楽」
「? うん、おやすみ」
その翌日には、敦子さんは動いてくれて、真っ青な顔をした校長とか教頭が職員会議だの、松井さん呼んでの話し合いだのをしていた。
「退学、取り消しになったんですって!?」
大喜びで、鹿島先輩は実行委員室に顔を出した。
「あ、そうみたいです」
私は書類をまとめながら頷く。
「やっぱりね、時代錯誤だと気がついてくれたのね。アメリカには子供のいる女性だけが通うクラスがある大学もあるくらいでーーって、設楽さん?」
鹿島先輩は首を傾げた。
「何をしてるの?」
「引き継ぎです」
私は眉を下げて、笑った。
「引き継ぎ? 何の?」
「あのー、私」
首を傾げる。
「転校、することになりまして」
「……ええっ!?」
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「青百合」
鹿島先輩は頷いた。
「いい学校よね。歴史もあるし、進学率も悪くないわ」
「はい」
「元気でね」
寂しそうに、先輩は言うけれど、私はがしりと先輩の手を握った。
「いえあの、できれば2年後にはまた後輩になれればと!」
「え?」
「私も女子大、目指してるんで」
いたずらっぽく、微笑んでみせた。
鹿島先輩がもうすぐ入学するのは、都内にある、国立の女子大。何を隠そう、私の志望校なのでした。
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