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【高校編】分岐・鍋島真

星空

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「あのー」
「なに?」
「これ、とってもらえません?」
「却下」

 真さんの声はとても楽しそうだった。

(なぜ)

 私は自分の目元に手を当てる。

(なぜ、目隠しなんかされちゃってるんでしょうか)

 首をひねる私の首元に、暖かいものが触れる。

「ひゃ!?」
「ふふ、いい反応」
「急すぎますっ」

 触れたのは、真さんの唇で。そのままぺろりと舐められてしまう。ぞくぞくして、ちょっと力が抜けた私を、真さんはひょい、と抱き上げた。

「?」
「まぁこのままヤらしいことしてもいいんだけれど」
「あぶのーまる」
「ふふ、それはまた今度ね」

 ばさりと身体になにかかけられた。

(毛布?)

 ぐるぐる巻きにされていく。

「あ、あのー? なにを」
「さむいから」

 その真さんの言葉はほんとにマジで、私は次の瞬間には極寒の風に晒されていた。

「さっ、寒い! 外ですか!?」
「そーそー、お外」

 くすくす笑う声。なに考えててるんだ!
 すぐに、私を横抱きにしたまま、どこかに座り込む真さん。別荘前のベンチかな? と予測してみる。

「はい、どーぞ」

 しゅるり、と目隠しが解かれた。私はぽかんと口を開けてそれを見つめた。言葉が出ない。満点の星空、自分が起きてるのか横になってるのか、分からなくなるくらいにーー。

「……すごい」
「でしょ」

 街の光が全くないせいで、星の光が直接降り注ぐ感じ。凄すぎて頭がぐらぐらした。なにこれ……!

「これ見たかったんだよね」

 華と、と見上げた先で真さんは言った。横抱きにされてるせいで、視界に星と真さんしかいない。

「宇宙にいるみたい、」

 思わず溢れた言葉に真さんは笑う。その表情は見えない。

「……真さん」
「なぁに」
「ガッコー、行ってないんですって」

 ぽつり、と言った言葉に、真さんはだまる。

「こないだ、真さんのマンション行った時に、たまたま駅で真さんのお友達に会ったんです」
「へぇ」
「お誕生日会した友達」
「お喋りだなぁ、あいつも」

 真さんはどうでも良さそうに言った。

「なんでサボってるんです」
「サボってないよ、……仕事してる」

 私は真さんの膝の上で起き上がって、じっとその目を見つめた。

「仕事って」
「なんか色々。お店作ったり」

 真さんは淡々と言った。そーいやコンサルやら何やらしてたな、この人。

「大学はね、もう卒業できたらそれでいいかなって」
「なんで」
「目的見失った」

 真さんは平らな声で言う。

「僕の敵がいなくなった」
「じゃあ」

 私はぱちん、と真さんの頬を両手で挟む。

「真さんのために勉強したらどうですか」

 せっかくできる環境にいるのに。

「僕さ、そこまで法律興味ないんだよね」

 仕事で使う分は置いといてさ、と真さんは言う。

「成績優秀なくせに」
「だってそれは」

 真さんは笑った。

「リス男を倒すためだったから」
「……時々言う、そのリス男ってお父様のことですよね?」

 なんなのリス男……。

「リスはリスだよ。ちょっと可愛すぎるかもだけど」
「はぁ……」

 あんまりリスに似ていないとは思うんだけどなぁ。

「だからねー、あとはまぁ、君と幸せに生きていけたらそれでいいんだよ」

 真さんは私をきゅう、と抱きしめた。

「他にはいいや」

 僕には君がいるから、と耳元で真さんは言う。

(この人を、)

 私は抱きしめ返しながら、思う。

(そうやってこの人を独占して、私だけのものにして)

 私たちはダメダメだから。お互いにダメダメな感じで依存……? とは違うかもだけど、そんな風に。

(それはきっと幸せだろうな)

 甘くてダメダメで、グズグズで。
 私は真さんの頭を撫でる。形の良い後頭部、さらさらの髪。

(でもそれは、きっと真さんのためにならないから)

 ものすごく魅力的だけれどーー私はそれを諦めなきゃいけない。いちばん側にいることは、誰にも譲りたくないけれど、でも。

「他にしたいこと、ないんですか?」
「他? 他ね」

 真さんは私の耳を噛みながら言う。ええい、なぜ噛む。

「あ、華と西表島に新婚旅行行こうと思ってて」
「あ、そうなんですか? 初耳なんですが」
「だろうね言ってないから」
「言ってくださいよ」
「南十字星が見えるし、イリオモテヤマネコの観察もできるんだって」
「へー」

 ネコ! それはちょっと嬉しい。まぁ撫でたりはできないんだろうけど……天然記念物だもんなぁ。

「それから、」

 真さんは言う。

「もし華が僕の赤ちゃん産んでくれたら」
「ご希望なら」

 まぁ授かりものだから、どうなるか分かんないけども。

「ほんと?」

 嬉しそうに真さんは私のコメカミにキスをした。

「まぁそれはそれで、……真さんは何がしたいんですか」
「何が?」
「将来、私抜きで」
「華いないと僕死ぬけど」
「います、いますけど、でも」

 私は真さんの顔をのぞきこむ。

「私の旦那さんは、そんだけのツマンナイ男なんですか?」
「……なに、なんか挑戦的だね」
「そうでしょうか」
「そうだよ」

 むっとしたカオで、真さんは言った。私は思わず笑う。このひと、なんか色々表情見せてくれるようになってきたよなぁ。

「真さんのやりたいことやったら良いんですよ」
「やりたいこと」
「知りたいこと、学びたいこと」

 色々あるはずだ。この人は、まだハタチの「男の子」なんだから。
 しばらく真さんは無言で、それからクスクスと笑いだした。

「なるほどなぁ」
「? どうしたんです」
「でもさ、華」

 真さんは言う。

「あんまり贅沢できないよ?」
「それは別に」
「忙しくなっちゃうから、もうあんまりお仕事できないし」
「はぁ」
「もしかしたら、家を空けがちかも」
「はい」

 待ってます、と言うと真さんは笑った。

「そっかあ」
「そうですよ」
「そっかぁ……」

 きゅう、と真さんはもう一度私を抱きしめ直す。

「ねぇ僕からいろんなものが無くなっても、僕のこと好きでいてくれる」
「好きですよ」

 答えながら、やっと気がついた。

(あ、そっか、私)

 思わず笑ってしまう。

「どうしたの」
「や、私」

 真さんを強く抱きしめる。なんだ、なんだ。そうだったんだ。

「真さんのこと、好きだったんだなぁって」
「……そこに気がついてなくて、なんで僕と結婚しようなんて思ったの?」
「カラダの相性?」
「マジかよ」

 真さんが爆笑して、私も笑った。天宙には降るような星空だけがあって、私は真さんをグズグズにできなかったことを、少しだけ残念に思った。
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