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【高校編】分岐・相良仁

お人形(sideシュリ)

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「あら朱里ちゃん、それは変よ」

 幼稚園の頃だった。あたしは一人でお人形さん遊びをしていた。大好きな、可愛い、プリンセスのお人形。着てるのは、真っ白なウエディングドレス。

「へん?」
「そうよ」

 幼稚園の先生は笑って言った。

「プリンセスは王子様と結婚するのよ」
「?」
「だから、こう」

 先生は私が右手に持っていたプリンセスのお人形を取り上げて、近くにあった王子様のお人形と入れ替えた。
 右手の王子様と、左手のプリンセス。

「これでいいわ」

 あたしは黙って、持ってるお人形と、床に寝てるお人形を見つめていた。

(お姫様は、お姫様と結婚できない)

 それは、あたしが5歳にして学んだ「現実」のひとつだった。女の子は、女の子に恋しちゃいけないんだって。

 ママはいつも厳しかった。

「いい、朱里。あなたには素敵な結婚相手を用意してあげるからね。すてきな殿方を」

 だから、とママは笑った。

「もう隠れてお菓子なんか食べない、わよね? 綺麗でいなくちゃ、誰からも愛してもらえないのよ」

 あたしはぐうぐう鳴るお腹を抑えて微笑んだ。ママの手から、はらりと髪の毛が落ちた。あたしの髪。ひっぱられて引き摺り回されたから、少し抜けた。

「分かったわママ」
「なんていい子なの朱里」

 学校の給食以外で、あたしは「お腹いっぱい」に食べることはなかった。太るから。お菓子は食べさせてもらえなかった。太るし、ニキビが出来るから。

「ママの言う通りにしていればいいからね、朱里」
「はいママ」
「朱里には幸せになって欲しいの」
「はいママ」

 ママ、ママ。あたしはママのミニチュアのお人形。



「……」

 嫌な夢を見て起きた。内容はよく覚えていないけれど。

「シュリちゃん」

 とんとん、と扉がノックされた。心臓が跳ねる。華の声だった。

「起きてるー?」
「起きてるわよ、なに!?」
「手紙来てたから」

 あたしは背中に冷水を浴びせられたような気持ちになるーー手紙。

(ママだ)

 罪を犯して、裁判中のママ。よほど暇なのか、毎回分厚い手紙を送ってくる。

「……そこに置いといて」
「そーいうわけにも」

 ガチャリ、と扉が開く。

(ああ、華だ)

 毎回そう思う。きっと死ぬまでそう思う。ショートボブの黒髪が揺れた。あたしを見つめる、透明な視線。

(でももし、)

 あの護衛さんのことをあたしがチクれば、きっとこの視線は憎しみを込めたものに変わるんだろう。

(そのほうが、華のためにはいいのに)

 ロリコンじゃん。変態じゃん。最悪じゃん。

(知ってるよ、フツーの子は年上の男の人に憧れる気持ちがあるんだって)

 学校の友達とかの話を聞いてると、そう。でも、……ホントに手を出されちゃうなんてのは論外だ。

(でも)

 あの視線が変質してしまうのは、耐えられない。生きていけない。だって、あたしはーー。

(いいな)

 あの男は、ただY染色体を持っている、ってただ一点だけで、華に愛される資格を持ってるんだから。

「おかあさん」

 華は少し微笑んだ。気遣うような微笑み。

「シュリちゃんのことが心配なんだね」
「……そーね」

 あたしは分厚い封筒を受け取った。

(言えない)

 華のお母様はなくなってる。華の目の前で殺されてる、って……あたしはそれをママに聞かされた、あたしはそれを華に伝えた。あんたは死神だって、そう、言った。
 あの時みたいな視線をまた浴びせられるくらいなら、死んだ方がマシだ。

(……ふつーの子は、お母さんがスキなんだ)

 だから言えない。母親を亡くしてる華に「ママなんかいらない」なんて言えない。
 封筒を受け取るあたしを優しく見てる華は、ここに書かれてる内容を知らない。

(呪詛)

 もはや、呪いだ。自分は悪くない自分は知らなかった自分は自分は自分は自分は。そんな内容。

「ありがとう」

 お礼を言って、華が部屋を出たのを確認してから、学校のカバンに突っ込んだ。駅かコンビニのゴミ箱に捨てるつもりだ。
 のろのろと着替える。

(華は、)

 華はいいな。
 きれいだから、みんなに愛してもらえるね。大事にしてもらえるね。たくさん食べても、怒られないね。
 華のことは大好きだけど、同じくらい、めちゃくちゃにしたくなる。

(あたしみたいな)

 鏡に映る、あたし。ママにそっくり。

(あたしみたいなのは、誰にも愛してもらえない)

 いいな。いいな、華は。
 鏡に触れる。あたしは鏡を叩き割りたくなったけど、ヒトの家の鏡だから、我慢した。
 ふとスマホを見て、SNSに新着のメッセージが来てることに気がついた。

「?」

 知らないアカウント。何気なく開いて、あたしは固まった。

"設楽華が憎くはありませんか?"

 息を飲む。心が読まれたのかと、そう思った。
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