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【高校編】分岐・相良仁

蝉時雨

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「案外小さい」
「な」

 仁といっしょに、東照宮名物(?)の眠り猫を見上げてぽつぽつ話す。徳川家康のお墓だとかいう奥の院に行く途中の門、そこにその猫ちゃんの彫刻はある。白黒のネコで、まどろんでいるような、そうでもないような。

「これは伝説的な彫刻師の、左甚五郎の作だって言い伝えがある」
「誰それ」
「江戸時代の名工、ってやつかな。ただし伝説がありすぎて、多分ひとりのことじゃないとは言われてる。名前を継いでいたのか、名工がそう呼ばれたのかはハッキリしないけれど」
「ふーん」

 手を繋いで、奥の院に向かう石段を登りながらそんな話を聞く。あたりの木々からはうるさいくらいの、蝉時雨。
 ……ていうか、やっぱ先生モードじゃん。デートだからヤダって言ったのになぁ。

(ま、いっか)

 ちらり、と仁を見上げた。なんか楽しそうだからいいや。

「歴史とか好きだったっけ?」
「ん?」
「前世ではそんなイメージ、そんなになかった」
「あー、たしかに……いや、今世でかな。そん時は記憶とかなかったけど、オヤのルーツが日本ってことで、色々興味あって、大学で勉強した」
「あ、そーなんだ」

 私は質問ついでに聞いてみた。

「オヤってどんな人?」

 仁はちょっと苦いカオをする。

「え、あれ、聞いちゃダメだった?」
「いや、そんなことない。……ただ、ちょっと父親は苦手」
「そーなの?」
「んー」

 仁はほんの少し、眉をひそめる。

「ちょっとメンドくさいオッさんなんだよな……」
「あ、そーなの?」

 めんどくさいって、どんな人なんだろ。

「多分、……いまだに俺のこと子供だと思ってる。小学生くらいの」
「へっ」
「扱い見てると、マジでそう」
「……過保護?」
「それはそーでもないんだけど、……ま、会ったら分かるよ」

 仁は私を見て少し笑った。

「そのうち会わせるけど、めんどくせーと思ったら相手しなくていいから」
「そ、そーいうわけにも行かないんじゃないかなぁ……お母さんは?」
「母親はもう随分前に亡くなってて」
「え、」

 私はきゅっと仁の手を握った。

「……ごめんね?」
「や、マジで昔だから、全然。15年くらい前。……生きてたら、華を紹介できたのになぁ」

 俺のことめっちゃ心配してたから、と仁は笑った。

「なんか、無気力な人間だったから」
「そーなの?」

 きょとんと仁を見上げる。

「そー。無気力すぎて軍隊入ったし」
「なにそれ」

 無気力な人は軍隊なんか入らないんじゃ、なんて思うけれど。

「いや、死ぬ気になれば何か変わるんじゃないかって」
「何か?」
「……ずっと探してて」
「なにを?」

 仁はふと、立ち止まった。
 蝉の声が止んで、さあっと風が吹いた。

「欲しいもの」
「?」
「なんか、……いつ終わってもいい、って思ってて」

 私は黙って話の続きを待つ。その方が、いいような気がして。

「欲しいもの何もなくて、いつ死んでも構わないみたいなとこがあって」

 私は仁を見つめた。仁は前を見たまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「いろいろあって、……お前のこと思い出して。それで、やっと、欲しいものが見つかって」

 仁は私をじっと見た。仁の欲しいもの。欲しかったもの。
 仁の指が、私の頬を撫でる。

「こうやって手に入って、……母親に見せたかったな、とは思うよ、無気力じゃない俺」

 もういちど、ざあっと風が吹いて、それと同時に再び蝉が鳴き始めた。四方八方から蝉の合唱。

「お墓まいり、行きたいな」
「……喜ぶと思う」

 仁が目を細める。私は微笑んで、それから口を開く。

「あのね」
「ん?」
「手に入れてくれて、ありがとう」

 私のこと、と笑って伝える。

「ずっとずっと好きでいてくれて、ほんとにありがとう」

 前世から、もう、とてもとても長い年月、この人は私だけに心を捧げてくれていた。ずっと、ずうっと。

「華」
「その分の気持ち、返せるか、わかんないけど」

 仁はちょっとだけ戸惑ってる。

「わかんない、けど……これからは、ずうっと一緒にいるから、ちょっとずつでも、返していくからね」
「……一緒にいてくれるだけで、十分なのに」

 きゅ、と仁の眉が寄せられる。辛そうなような、幸せそうなような、不思議な表情だった。

 奥の院にたどり着くと、長蛇の列だった。

「家康の墓参りに並んでるんだか、杉に並んでるんだか分かんねーな」

 仁は苦笑する。なんとここにある杉、お願いを叶えてくれるんだそうで。

「ひよりちゃんとか好きそうだなぁ」

 何だかんだ、私たちも並びながらそんな話をする。

「あー、大友? たしかに」

 仁はにやりと笑った。

「京都でも、恋愛のパワースポットがどうのとか言ってたなぁ」
「よく覚えてるねぇ」

 くすくす、と私は笑う。

「なんかお前ら、石持ってただろ、石」
「石?」
「伏見稲荷で」
「あー!」

 おもかる石、だっけかな!?

「お願いがすぐ叶う時は軽くて、叶うのが遅い時は重いんだっけか」
「そうそう。それ。えー、どうだったっけかな」

 首をひねる。

「たしか、大友と2人で持ってたぞ」
「あー!」

 そうだ、そうそう、思い出した!

「破滅ルート回避をお願いしたんだ」
「なんだそりゃ」
「いや、いちおう悪役令嬢なんで……」

 そう言ってシブい顔をしてると、仁はなぜだか楽しげに笑っていた。

「破滅なんか最初からしねーんじゃねぇの」
「? どゆこと」
「だってさ、お前から聞いてる、なんだ、ゲームのシナリオ? そっちの設楽華だって別に破滅なんかしてないじゃねーか」

 ぽかん、と仁を見上げた。
 なんですと?
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