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【高校編】分岐・相良仁

指輪と未来

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 夏休み明け最初のイベント……イベントとは言いたくないけど、それは実力テストだ。

「つっかーれーたー」
「学生は大変だな、ほら」

 仁が淹れてくれたコーヒーをすずりと飲む。おいし。

「先生のほうが大変だと思うけどね」

 前世で学生やってた時は、あんまり考えたことなかったけれど。

「試験準備して~採点して~、成績つけて~、同時並行で授業でしょ?」
「まーな」

 仁はその上に私の護衛なんかもしてるわけで。……いつ休んでるんだろ。

「おつかれさま」

 私が微笑むと、仁は少し照れたみたいに視線をそらした。なにそれその反応、今更じゃない……?

「そういえば、」

 仁がふと口を開いた瞬間に、ガラリと社会科準備室のドアが開く。私は一瞬身構えて、それから笑った。

「あれー、戸田くん。おつかれ」
「設楽さんも質問?」

 戸田くんは隣のクラスの男子だ。うちのクラスの子と仲良くて、昼休みとかによく遭遇するから覚えちゃった。

「そう」
「近代史ってわかんなくなるよな」

 戸田くんはそう言いながら、座ってる仁にテキストを見せる。

「せんせー、この辺難しい」
「りょーかい。お前もコーヒー飲む?」
「お砂糖あります?」

 ブラックしかねーよ、と仁が笑って、戸田くんは「じゃーいらないっす」と口を尖らせた。

「あは」
「……設楽さんはブラック平気なの?」
「うん」
「じゃあ!」

 戸田くんは仁に向き直る。

「オレも飲みます」
「……そ?」

 仁の謎の間。ていうか、謎に張り合われちゃったなぁ。
 戸田くんは渋い顔でコーヒーを飲む。私はテキストを片付けて、立ち上がった。

「あれ、設楽さん、いいの?」
「うん、私、数学わかんないとこあって」
「あの、……オレ、教えようか?」
「へ?」

 戸田くんはにこりと笑う。

「数学得意なんだ」
「あー」

 私はうなずく。確か、戸田くんって数学毎回高順位だ。

「じゃあ、」
「戸田は先にこっちだろーが」

 仁がテキストを叩く。

「あ」
「あは、やっぱ私数字の先生とこ行くね。じゃあ相良先生、また」
「おー」

 ちらり、と視線を向けるけど、仁とは合わなくてちょっとさみしくなる。ふと戸田くんと目があった。

「? 戸田くんもまたね」
「あ! うん、また」

 挨拶を交わして、私は廊下を歩き出した。

 数学の先生にみっちり教えてもらったあと帰宅すると、部屋になぜかシュリちゃんがいた。

「? どしたの?」
「……華さぁ」

 私のベッドに座って、ほとんど無表情に言うシュリちゃん。

「なに?」
「華の彼氏って、あのサガラってひと?」

 私は目を見開く。

(え、なんで)

 一瞬そう聞きそうになって、それから明るく笑った。

「ちがうよ」
「へぇ」

 シュリちゃんは立ち上がる。立ちすくむ私とすれ違いざま、シュリちゃんは私の髪にサラリと触れた。

「あんた、嘘付くの苦手だよね」
「……」
「嘘つかなきゃいけないような相手と付き合うの、やめたら」
「……シュリちゃんに関係ない」
「ないわよ? 当たり前でしょ」
「じゃあ、なんで」

 いちいち口出ししてくるの、という言葉はシュリちゃんの鋭い視線に遮られた。

「ジューダイに手ぇ出してくるとかさ、単なる若い子好きなだけじゃん」
「そんなんじゃ、」

 私は首を振る。

(違うんだよ!)

 私はそう叫びたかった。あのひとは、仁は、ずっとずっと、死んでも、それから、それこそ生まれる前から私のことを好きでいてくれた。

(だけど、……信じてもらえない、だろうし)

 唇を噛み締める私を、シュリちゃんはじっと見ていた。

「……今のところ、叔母さまには言っていないけれど」
「い、わないで」

 私は震えた。

(引き離される)

 そんなのは、嫌だった。もう離れたく無かった。やっとやっと、掴んだ未来なはずなのに。

「もし、言ったらどうする?」

 シュリちゃんは淡々と言った。私はゆるゆるとシュリちゃんを見た。

「……嫌いになる」

 そう、小さく答えた。……でもそんなの、シュリちゃんにとっては痛くもかゆくもないだろう。けれど、それでも。
 シュリちゃんは軽く眉を上げて、それから小さく小さく「……じゃあ言わない」とつぶやいた。

「え」
「あんたってさ」

 シュリちゃんは私の耳ーー耳たぶ、それから樹脂製のピアスに触れた。

「残酷だよね」
「え」
「ねぇ」

 シュリちゃんは笑った。

「ピアス」
「へ?」
「プレゼントしたら、つけてくれる?」
「え、あ、うん……?」
「あげる」

 シュリちゃんは何事もなかったかのようにドアを開けながら言った。

「可愛いの。あんたに似合うの。約束よ、」

 振り向いたシュリちゃんは、めちゃくちゃ綺麗な笑顔で笑っていた。

「絶対付けてね」
「あ、ハイ」
「じゃ」

 ぱたり、と閉じる扉、遠ざかる足音。

「とりあえず、一安心、なのかな……?」

 呟きながら、すとん、と床に座り込む。抱え込んでたカバンから、小さなケースを取り出した。落とさないようにカバンのファスナー付きポケットに入れていたそれは、指輪の入ったケースで。
 指輪を取り出して、そっと薬指にはめた。きゅう、と左手ごと抱きしめる。

「離れたくないよ」

 それだけ、小さく呟いた。
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