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【高校編】分岐・山ノ内瑛

勝手

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「え、どういうこと」

 私はぽかんとしながら考える。そして思い出していた。昔、千晶ちゃんとそんな話をしたことを。

(私が、アキラくんの"運命"を捻じ曲げちゃったんじゃないか、ってこと)

 アキラくんを見上げる私に、アキラくんは笑った。

「来たくて来たんや。華のせいにするつもりなんかあらへん」
「そ、じゃなくて」

 私はアキラくんの服の袖を摘んだ。

「私のせいじゃん」
「華」
「私が、泣いたから?」

 会えなくなるって泣いた、あの寒い夏の日。

「あのせい?」
「ちゃうで」
「アキラくん、言ってたよね」

 胸がざわざわする。

「前いた学校、全国優勝したんだって」
「……せやな」
「私のせいでこっちに来てなかったら、アキラくんそのメンバーにいたんじゃないの」
「どうやろ」
「いたよ、いたに決まってる」

 とても泣きたい気分だ。けれど、涙は乾いちゃってるみたいに出ない。私のせいで!

「アキラくん、あっちで本当は楽しい思い出とか出会いとか、たくさんあったはずなんだよ」

 本当は出会っていたはずのひと。本当はあるはずだった、思い出。経験。

(全部奪ってしまった!)

 私のわがままで!

「華」
「なのに、なのに、なんで」
「華のそばにいたかったんや」

 アキラくんは優しく微笑んで、私の髪を撫でた。

「それは俺のワガママやし、俺の勝手や。華の責任、いっこもないやんな?」
「あるよ、ある」
「前も言うたやんな? 俺は俺の好きにしかせえへん」

 そっと私の頬に触れる指先。

「華は俺の勝手に巻き込まれとるだけや」

 私は黙って首をふる。今更、どうしようもない。ゲームのシナリオ通り、高校からはこちらに来ていたとしても、ーー本来あるはずだった、アキラくんの時間!
 私の顔を見て、アキラくんは少し黙った。それからふと目線を上げて、私の手を引く。

「華、こっち来て」
「え、」

 慌てて靴を脱いで、手を引かれるままに廊下を歩く。突き当たりのドアの先はリビングで、すごく簡素な感じの部屋だった。

「やっぱ富士山は無理そうやな」

 窓ガラスの向こうには、曇天と、その厚い雲から落ちてくるぼた雪。
 アキラくんは手を離すと、ガラリとベランダのある掃き出し窓を開いた。

「? アキラくん」

 寒い風が、びゅうと入ってくる。雪と一緒に。

「華」

 アキラくんはベランダの手すりに身体を預ける。手すりに肘を置いて、少し仰け反るみたいに。

「あー、こうすると雪降ってくるのめっちゃ見えるわ」
「そ、そうかもしれないけど」

 落ちちゃいそうで、ちょっと怖い。
 そんな私の顔を見て、アキラくんは笑った。

「俺こっち来てからの、華との思い出? いうんかな、そういうんとか、華と過ごしたこととか、すっごい幸せやってんけど、華はちゃうん?」
「そんなわけない!」

 でも、そんなんじゃないんだ。ただ、私は、ただ。
 アキラくんは手すりの雪を払って、「よっ」なんて軽い声でそこに腰掛ける。

「あ、あき、アキラくん」

 声が震えた。なにしてるの!?

「華がな」
「う、うん、なんだか、わからないけど、下りて、こっちきて、お願い」

 がくがく震えながら、掃き出し窓までたどり着く。30階だよ!? 何メートルあるの? あんまり近づくと、本当に落ちちゃいそうで。

「華が」

 私の声を無視して、アキラくんは続ける。

「華がおらへんかったら、俺、死ぬわ」
「へ、な、なに言って」
「華のおらん人生なんか考えられへん。華が俺の勝手に巻き込まれたないなら、未練なんかないわ。死ぬ」
「ば、バカ言わないで、アキラくん、バスケとか、家族とか」
「それは大事や。大事やけど、酸素とか水とかみたいなもんではない」
「さ、さんそ?」

 なんの話だろう。

「ちょっとちゃうな……せや、太陽とか。うん」

 アキラくんはひとりで笑った。まるで太陽みたいに。

「華は俺にとって太陽みたいなもんやから、おらんと死ぬねん。ふつうに」
「わ、わかった、わかったから」

 私は震えながら、それでもアキラくんに手を伸ばす。

「巻き込まれる。アキラくんの勝手、なんでも巻き込まれるから、お願い、こっちに、」
「約束やで?」
「うん」
「絶対の絶対やで」
「わかった、約束する、約束するからぁ」

 ついに涙が出てきてしまった。冷たい風が吹き付ける。アキラくんが傾ぎそうで怖い。お願い!

「私だって、アキラくんいないと死ぬから、お願い」

 あなたがいない人生なんか、考えられないから!

「お、りて」
「ん」

 アキラくんは私の手を取って、ぴょんとこちら側に降りてくれた。ほう、と全身から力が抜けて、ヘナヘナと座り込んだ。

「華、ごめん」
「……」

 色々言いたいことはあるけれど、今は何も考えられない。ぎゅう、と抱きしめられた。

(あったかい)

 アキラくんの体温、心音、震えながら抱きしめる。

「オカシイやろ?」
「なに、が?」
「こんなに執着して。頭おかしいとしか思われへん」
「そうだよ」

 私はまた、たくさん涙が溢れて止まらない。

「おかしいよ。そうじゃなきゃこんなこと、しない」

 抱きしめる手に力をいれる。

「2度としないで」
「ん。約束する。せやけどな、華」

 ひょい、と横抱きに抱き上げられてベランダの外を見せられた。

「……あ」
「騙してスマン」
「……も、もう……」

 がくり、とすっかり力が抜けた。
 ベランダの下は、さらに広い空中庭園になっていた。家庭菜園みたいなのも見える。雪がおおいかけているけれど。
 29階は住人の共有スペースらしい。大浴場まであるとか。

「俺も怒っててん」

 アキラくんは言う。

「華が自分のせい自分のせい言うから。なぁ華、俺、そんな意思ないオトコに見えてるん?」
「ち、がうけど」

 私からほろり、と涙が出た。

「怖かった……」
「落ちても一階ぶんやで」
「で、でも怪我はしてたよ」
「大丈夫や下、植え込みやし」

 ケタケタ、とアキラくんは笑う。ほんとにほんとに、もう!

「ごめんごめん。けど、約束したからな。二度と言うたらあかんで?」

 アキラくんは私の頬にキスをして言う。ため息とともに返事をしようとしたとき、ばたん! と大きくリビングの扉が開いた。
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