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【高校編】分岐・鹿王院樹

そんな目で(side樹)

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 華に向けられた御前の視線に、心底嫌悪感が湧いた。……というか、はっきり言うと叫びたかった。そんな目で俺の許婚を見るな!

御前ゴゼン

 その感情をぐっと抑えて名前を呼ぶ。

「俺の、です。鹿王院の、時期跡継ぎである、俺の」

 御前の目を見て言う。自然と声が低くなった。怒りを押し殺した声。

「……ゆめゆめ悪心を起こされませんよう」

 華を抱き寄せた手に、力が入る。

「ずいぶんな言いようだな、鹿王院の? いいじゃないか、……もう生娘という訳でもあるまい?」

 一緒に暮らしておいて、などと笑うから殴りつけたくなる。華はぽかんとしている。

「あまり俺を試すのはおやめになっていただきたい、御前。俺は、あまり気が長い方ではないんです」
「あっは、試してるわけではないぞ! そうだな、あと……4、5年もすれば食べ頃だろうが、ワシも年だからな、そこまで頑張れるかどうか、はっはっは」

 寿命の話ではあるまい。……このトシでまだ色欲があるのは勝手にしてくれという感じだが、それを華に向けるとは。

(妹の孫だぞ!?)

 ……関係ないのか。この男からしたら。欲しいものは、全て手に入れてきたような人間なのだから。
 ゾッとした。

(邪魔だな)

 自分の中に、こんな冷たい感情が沸くのが意外だった。邪魔。邪魔だ。こいつはもしかしたら、華を傷つけるかもしれない。ひどく直接的に。

「酷い目をしているな、鹿王院の」

 低く、御前は笑う。

「そんな目をワシに向けるのはまだまだ早いぞ、青二才」
「……やってみなければ分かりませんよ」
「ふっふっふ」

 御前はどこか楽しげな気配さえのこして踵を返した。
 その背中が遠ざかってから、華はきょとんと俺を見上げた。

「お仕事の話?」
「まぁそんなところだ」

 もう一度きつく華を抱きしめる。華はくすぐるように笑う。

「私の話、してた?」
「していない」
「そ?」

 キムスメってなんだっけ、と華は言う。

「……コメの銘柄じゃないか」
「あー! ぽい。お米?」

 華は不思議そうに俺を見る。俺は笑ってみせた。

「そろそろ会場へ行こう、華。ここのシェフは腕がいいらしい」
「ロブスター出ると思う?」
「ロブスター? さあ」
「修学旅行以来、エビにハマっちゃって」

 ご機嫌っぽく言う華の手を強く握る。絶対に傷つけさせなどしない。

「帰りに銀座行かない? かりんとう買って帰ろう久々に」
「好きだなあそこのかりんとう」
「美味しいんだもん」

 嬉しげに笑う華。そっとその額にキスをした。

 帰り途、銀座に車を回してもらって華の好きなかりんとうを買い込む。敦子さんはまだ残るらしい。

「あんまり買っても湿気るからなぁ」

 嬉しげにかりんとうの紙袋を抱える華。

「横浜でも売ってくれたらいいのに」
「老舗だからなぁ」

 デパートなどでは売らない、という信念があるらしい。
 華はかりんとうを一本、俺の口に入れてくれた。飾り気のない指。けれどとても綺麗だ。

「苦しくないか? 着物」
「着物でもたくさん食べる方法、教えてもらったから」

 うふふ、と自慢げに華は笑った。……誰にそんな技教えてもらったんだ。
 案外平気そうな華だったが、帰宅して着物を脱ぐとやはり開放感はあるらしい。

「あ~~キツかった! やっぱキツかった!」
「それはそうだろうなぁ」

 夏だし、余計に苦しかっただろう。俺も、着慣れているスーツだったのに部屋着に着替えた開放感が凄い。
 華は家でいつも着ているゆるめのワンピースで、広縁に置いた籐の座椅子にぐったりと座っている。アイスを食べながらのんびりと庭を眺めていた。
 陽は少し暮れてきていて、セミの声はヒグラシに変わっていた。クーラーはつけていないが、窓から吹き込む風が少し強いせいで、あまり暑さは感じない。ちりんちりん、と風鈴が鳴る。

「あ、ほら、やっぱ風鈴似合うよこの家」

 華がそれを眺めながら笑う。俺は華の横にしゃがみ込んで、その唇にキスをする。

「ん」
「……甘いな」

 俺がそういうと、華はアイスに目をやった。

「食べる?」
「いや、いい」

 華の方がいい。
 もう一度キスをして、……今度は重ねるだけじゃ飽き足らない。深くなるキスに、華はアイスを持っていない左手で俺の服を強く握った。
 少し離れて、それから首筋に唇を這わせた。揺れる華のからだに、庇護欲と嗜虐心が煽られて俺は俺が止められそうにない。体重をかけられた籐の座椅子がぎしりと音を立てた。

「ま、待って樹くん、アイス、溶けちゃう」

 潤んだ瞳で俺を見上げて、華は言う。

「食べていたらいいだろう?」
「食べてなんか、ひゃう、らんないよ」

 潤んだどころか、涙目になっていく華の表情は最高にゾクゾクする。

(もっと、)

 華の頬を、指で撫でる。それだけで、華の目が煽情的に揺れるから。

(もっと色んなところに触れてみたい)

 そうしたら、華はどうなるんだろう?

「ほら、華」

 少し溶けたアイスでベトベトになった華の手を取って、その可愛らしい口にアイスキャンディをいれてやる。ミルク味の、アイスキャンディ。

「ふ、」

 苦しそうな華に、俺は最悪にヨコシマなことを連想して眉を寄せた。こんなに細いアイスですら苦しそうなのに?

「い、つきくん?」
「華」

 俺は笑った。どんな種類の笑顔かは、正直分からない。華はとろんとした目で俺を見上げていた。

「好きだ」
「わ、わたしもっ」

 華は少し勢いづいて言う。可愛らしくて、思わず笑った。本当に愛してる。
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