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【高校編】分岐・鍋島真

えげつないのですかお兄様(side千晶)

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 お兄様の突拍子もない行動たちは大学に入ってから加速度的にその頻度を上げていて、例えばしばらく姿を見てないなぁと思ってたら「フランスに買い付けに行ってたよ」ってある日大量のお土産とともにフラリと帰ってきたりだとか……。
 買い付け? フランス? よく分からないから放置してる。
 もともと、お兄様はわたしがお父様と家で2人になるのを(なぜか)酷く嫌がっていた。

(でも、いまお父様、だいたいいらっしゃらないから)

 都内の議員宿舎か、マンションか、そのあたりにいることが多い。鎌倉こちらに帰ってくるのは、せいぜい月に一度か二度。
 そんなわけで、お兄様の行動の自由度が増したということらしいんだけれど……。
 突拍子もない行動はまだあって、大学二年生になってからすぐ、お兄様は分譲マンションを一部屋購入したらしいというのも、そのひとつ。

「はい千晶、鍵」
「自主的に行くことはないかと思いますけれど、まぁ一応」

 何かあった時のために(家族だし)預かっておいた。

「そちらは?」
「華にあげようと思って」
「キモイからやめたほうがいいですよ」

 お兄様は楽しそうに笑った。

「マジー?」
「なんですかそのフランクな言い方は……。まぁ、マジです。いいですかお兄様、好きでもなんでもない友達の兄に唐突に部屋の合鍵を渡されてごらんなさい。ふつう、通報ですよ通報」
「僕でも?」
「お兄様でも、です!」

 そういうと、お兄様はしぶしぶ華ちゃんに鍵を渡すのを諦めたみたいだった。ほっとする。これ以上、華ちゃんに引かれたくはないもの。
 そんなお兄様が、さきほど、なぜだかスーツで帰ってきた。

「あらお兄様。今日はマンションのほうにお泊りかと」

 言いながら、思う。

(華ちゃんに出会う前のーー華ちゃんに恋する前のお兄様なら、)

 まぁ色んな女性を連れ込んでいたでしょうそのマンション。単に勉強やらなんやらで忙しくて、寝るためだけに買ったような、そんな部屋に。

「そのつもりだったんだけどさ、ちょっと樹クンとこにお邪魔しなくちゃいけなくなって」
「樹くんの?」

 言いながら、眉をひそめる。またぞろ変なチョッカイを、あの2人に出しているんじゃないでしょうね?
 そんな表情を読んだのかなんなのか、お兄様は優雅に微笑んで、それから続けた。

「華と結婚するんだー」
「へぇ、そうですか」
「本気にしてないねー?」

 お兄様は少しだけ嬉しそうに言う。その言い方が、上がったテンションをひた隠しにしているような言い方で、わたしは「ん?」と眉を上げた。

「……説明を求めます」
「色々あって、華と結婚することにしたよ。まぁ僕としては願ったりかなったりなんだけど」
「は?」
「ちゃんと敦子さんとこにもご挨拶に行ったし」

 敦子さん、とは華ちゃんのお祖母様だ。

「樹クンとこでも土下座してきたし」
「土下座ぁ?」

 プライドの塊みたいなお兄様が、土下座!?
 驚いてまじまじ、とお兄様を見つめる。

「……ちょっと確認なんですけど、それは華ちゃんは了承してることなんですか?」
「ひどいな、疑うの!?」
「疑いますよ」

 即答する。そりゃ、疑うでしょ?

「ひどい妹だなー。ほんと可愛いなぁ」
「よく分からない性癖を発露するのはやめて、説明をですね」
「だからさ、ちゃんとプロポーズしたよ。指輪も渡したし、イエスの返事ももらったよ」

 わたしはぽかん、とお兄様を見つめる。

(華ちゃんが!? お兄様のプロポーズを!?)

 信じられない、という顔をしてるわたしに向かって、お兄様は続ける。

「僕ら、キスもしたし、それから……まぁ妹に言うのもなんだかなぁ」
「ちょ、ちょっと待ってください。え?」

 わたしはお兄様の腕をがしりと掴む。

「キスもして、"それから"ってことは、え? あのー、そのー、いわゆる破廉恥な」

 わたしはガクガクとお兄様を揺さぶる。そんな、そんなバカな、何をしてくれてんのこのクソ兄貴!

「あは、そうそう」

 いっそ美しく、我が兄は笑う。

「ふしだらで、みだらで、淫蕩で、……とても気持ちのイイ、可愛い千晶が想像してるその通りのことだよ」
「ぎゃーーーーっ」

 わたしは頭を抱えて叫んだ。

「ま、まさか、無理やりにッ!?」

 その上で既成事実を盾に結婚を迫ったと!? なんたる! なんという!

「そんなわけないでしょ」

 お兄様は呆れたように言う。

「ヒくほどエゲツない経験がある僕だけど、唯一の自慢は性的同意のない行為はしたことがないことだよ」
「えげつないのですか……」

 聞かなかったことにしよう。

「ていうか誘ってきたの華だし」
「ウソでしょ!?」
「ほんとーだもーん」

 自慢げに笑うお兄様。……え、うそ、マジっぽい。まじなの?

「だからねー、……なんて言ってるけど。実は単に怖いだけ」
「怖い?」

 お兄様は頷く。

「怖いよ。せっかく僕のものになってくれたのに、……どこかへ行ってしまうかもだなんて、想像して、それだけで怖い。無理。死ぬ。だから、縛り付けておくことにした」
「……いくらなんでも、早いです」
「そ? 法的にオッケーならそれで良くない? 日本は法治国家だよ?」
「それはそうですが」

 お兄様は楽しそうに笑う。

「初恋は叶わない、なんて慣用句、ウソだって実証してみせるよ」

 その言葉に、わたしはふと思い出すーー少し前、中学の時のこと。
 あの時、華ちゃんへの恋心を、お兄様はこう表していた。「初恋だから、大切にしたい」と。

(本来、あれはーー"ゲーム"においてヒロインちゃんに対して言うセリフのはずだった)

 そのセリフが華ちゃんに対して出た、ということはつまりーーお兄様の"運命の相手"が華ちゃんであることの証左で。

(……、少し、違うのかな)

 "ゲームのシナリオ通り"が運命なのだとすれば、お兄様はとっくに運命から外れている。
 ゲームでは、お兄様は私たちが通う学園が付属してる大学に通っていたはずで、今のように都内の国立大になんか通っているはずがないのだ。

(なにが運命を変えたんだろう?)

 わたしは思う。
 お兄様の運命はどこで変わった?

(というか、そもそもゲームではここまで病的なシスコンでもなかったし)

 首をかしげる。

「なんだか不思議そうだね、千晶」
「色々不思議なのですよ、お兄様」

 わたしの言葉に、お兄様は破顔する。その笑顔がとても幸せそうで、わたしは思ってしまった。もちろん華ちゃんにちゃんと色々確認しなきゃなんだけど、でも、素直に、妹として。
 ーーお幸せに、お兄様、なんて、そんな柄にもないことを。
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