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【高校編】分岐・相良仁

余裕がなくて(side仁)

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 帰国早々、青花の謎嫌がらせに華は辟易してるみたいだった。

(ま、"みたい"じゃねーか)

 割と普段はゆるゆる~な華の表情は固い。怒りというよりは「なんで?」みたいな、そんな困惑が大半を占めてるみたいだったけど。

「教科書がズタズタでぇ……っ」
「だからね、これ、設楽さんがしたっていう証拠あるのかな」

 俺は無表情で言う。結構怒ってる。青花はそれが不思議なのか、軽く首を傾げていた。なぜ不思議に思うのかが分からない。
 華が昼休みに呼び出されたのは、職員室。青花が自分の担任のところに「設楽華先輩にやられた」と言付けに来たらしい。それで、俺と華が事情を聞かれている次第。
 青花の担任の先生は、苦い顔をしている。

「いや、誤解ではないかと言っているのですが」
「誤解ではないです!」

 ふと声がした。見かけたことがある男子……一年か。

「木田? どうした」

 青花の担任が聞く。男子……木田は胸を張って答えた。

「桜澤さんが嘘をつくわけがないからですっ」
「なにその理論」

 割と素で俺は突っ込んだ。
 青花は手を組んでうるうると木田を見つめている。バカらしい。

「あ、あお、青花、ほんとにどうしたらいいか分からなくてぇっ」
「いつやられたんだ」

 唐突に会話に入って来たのは、……う、鹿王院だった。近くにサッカー部の顧問がいるから、何かそれ関係の用事で職員室に来たんだろう。

「ろ、鹿王院せんぱぁい」

 露骨なほどに媚び始めた青花に、鹿王院は眉ひとつ動かさず、木田は悔しそうに眉をゆがめた。なんだそりゃ。

「き、きっと昨日の夕方ですっ。帰るまでは大丈夫だったものっ」

 嬉しそうに鹿王院を見つめる青花。自分の味方をしてくれる、と信じ切っているようだった。

「ではそれは華ではないな」

 淡々、と鹿王院は言葉を続けた。

「昨日の夕方以降、華はずっと俺といた」

 その言葉に、青花はばっと華を見て、それから首を傾げた。

「どういうことです?」

 俺はほんの少し、眉を上げた。

(さっきまでと違う)

 冷静な声。何かを考えているようなーー。

「昨日、俺と華は所用があってとある夜会パーティに参加していた」

 それは間違いない。
 華と鹿王院は、鹿王院グループ関連のパーティに参加していた。高級ホテルでの立食パーティー。
 もちろん、時期跡継ぎと、その許婚として。

(……腹立てても仕方ねーんだけどな)

 許婚はいまや形だけのものだし、それは鹿王院も了承していることだ。
 だけれど、それでも、でも。

(すっげーイヤだった)

 着飾った華が、それでも仲が良さそうに他の男と歩いているのを見るのは。
 俺がひとりでムカついてる間に、鹿王院の話は進む。

「授業が終わってすぐ、俺は華を教室まで迎えに行って、その足でパーティへ向かった」

 淡々と鹿王院は続ける。

「華に、お前の教科書をそんな風にする時間的余裕はなかった」
「……そお、ですか? じゃ、別の人かな」
「え、桜澤さん!?」

 木田の驚いたような声に、青花はにこりと(実に儚げに!)微笑んで「いいの、木田くん。ありがとう」と首を傾げた。木田は赤くなる。

「取り巻きさんがしたのかもだけれど、でも、……やっぱり学園の権力者だね、設楽先輩。わたしのことなんか、誰も信じてくれないんだっ……!」

 青花は「よよよ」とでも擬音をつけた方がいいような仕草と表情で、職員室を飛び出していく。木田は「桜澤さぁあん」と叫びながら追いかけて行った。

「……なんだったの」

 華の呆れたような声、この声の感想につきる。

(けれど、)

 俺は頭の中で警報みたいなのが鳴ってる気がして仕方ない。あの、一瞬戻った素の表情。なにかあるような。

「ていうか、取り巻きさんってなに!? 取り巻きって! ほんと失礼だよっ」

 華はぷんすかと口を尖らせる。頬を膨らませて。
 鹿王院が笑って、その頬を潰したりしたものだから、横にいた青花の担任なんかはニヤニヤと笑って、俺にこっそり耳打ちして来た。

「いやぁ、仲が良くて羨ましいですねぇ。お似合いの許婚だ」
「……そうですねぇ」

 俺はにこりと笑う。鹿王院と向き合ってた華が、びくりとした顔で振り向いた。にっこり、と微笑みを深めてみせる。
 昨日から色々あったし、俺の悋気ヤキモチは結構限界だ。

(だからって、)

 こんな風にしちゃう俺は大人としてどうなんだ。でも少しずつ騒ついて、ささくれてた心が落ち着いていく。華に触れていると。

「や、だぁ、仁っ」
「なにそのカオ? ……あーあ、こんなになっちゃって、やーらし」
「それは、仁がっ」
「ヒトのせいにしないでくーださいっ」

 放課後、ヒトのいない社会準備室で、そう言いながら重ねた唇は少しひんやりしてた。身体はひどく熱いのに。
 ゆっくりと唇を離す。

「もー」

 少し怒ったカオの華。でもほんとに怒ってるわけじゃない。頬が赤いのは、上気してるから。可愛いったら。

「ごめんごめん」

 軽く謝ると、華は俺の頬に触れる。

「どうしたの?」
「……だって」

 言いながら、自分でも自分が情けなくなる。「だって」? 子供みたいな言い方!

「鹿王院と仲良いんだもん」
「……それは、」
「分かってるよ」

 言いながら抱きしめる。ぎゅうぎゅうと。

(分かってる)

 分かってるよ、分かってるけど!

「……俺よりスペックいいじゃん、鹿王院」
「は?」
「俺より背も高いし」
「まぁ、それは」
「おセレブだし」
「うん」
「カオいいし?」
「うん」
「いい奴だし」
「うん」
「華と気も合うみたいだしー?」
「うん」

 俺はちょっとムッとして華のカオを見る。

「うん、しか言わねーのな」
「だってホントのことだし」

 言われながら、ちょっと傷つく……。

(じゃあ)

 アイツにしとけば、なんて少しも思ってないことを口にしそうになる。
 俺がどんなカオをしていたんだか、俺には知る由もないけど、華は「なにそのカオ」と言って淡々と続けた。

「でも、そんなんで人を好きになるわけじゃない」
「?」
「スペックだかなんだか知らないけど、そんな理由で私、人を好きになるわけじゃない」

 当たり前でしょ、って顔で華は言うから俺は心臓がぎゅーっとなってとても苦しい。

「あのさ」
「なに?」
「ごめんな?」
「こっちこそ、」

 華は俺の頭を撫でる。

「私だったらヤダもん。好きな人に許婚いるとか。形だけでも……それでも。だから、ごめんね」

 しゅんとした顔。

「ていうか、私、自分はすぐにヤキモチ妬くくせに、だよね」

 しゅんとしたまま、華は続ける。

(あーあ、)

 またこんな顔させた。華のせいじゃない。それなのに。

(笑ってて欲しいのになぁ)

 俺は「だからごめんって」と笑ってみせる。華も少しだけ頬を緩めてくれたから、俺はやっぱり胸が苦しくなる。
 もっと余裕持てたらいいんですけどね、俺には結構難しいみたいです。
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