上 下
537 / 702
【高校編】分岐・相良仁

もうイヤってくらい(side仁)

しおりを挟む
『へえ、陸軍におられた』
『昔、ですが』

 俺がそう答えると、その60がらみの男性警官は、ほんの少し目を細めた。

『わたしも昔、従軍経験があります』
『そうですか』

 答えながら思い出だす。煌びやかなアドリア海の太陽に照らされたこの国、絵画やアニメのモデルにも選ばれるこの国は、かつて大きな民族紛争の最中にいたことを。
 日本人からしたら(って、俺はイギリス人だけど)まったく同じ民族にしか見えない彼らが、かつて殺し合い憎しみあっていたことを。

『息子も軍人でね』

 調書を書きながら、警官は続ける。

『はぁ』
『ISAFで作戦に参加していました』
『……僕もアフガンにいたことがあります』

 そう答えると、警官は肩をすくめた。

『ご両親は生きた心地がしなかったでしょうね!』

 そうなんだろうか。あの父親ひとはよく分からない。
 ふとあの青空を思い出す。乾燥しきった、宇宙まで直接いけそうな、青よりもはや紺と言っていいようなあの空。

『わたしも息子が帰ってくるまでは心配で心配で……さてできました』

 警官は笑う。

『銀行強盗の逮捕にご協力いただいて、どうもありがとう』
『いえ』

 、ね。
 答えながら立ち上がる。
 警察署を出ると、すっかり空は暗くなっていた。20時過ぎまで日の落ちない今の時期に。時計を見るとすでに深夜と言ってもいい時間帯だった。
 小西に任せた華はどうしてるだろう。さすがに寝ているか?
 ホテルに戻る。

(……二連泊の日で良かった)

 ざっと学年主任に(まだ起きて待ってくれていた)経緯を説明する。といっても、強盗事件に巻き込まれた、というざっとした経緯。

「いやぁ、設楽さんも先生もご無事でなによりですよ」

 安心したように主任は言う。

「設楽さんも元気に夕食ブッフェ食べてました」

 思わず笑いそうになる。あいつの元気基準、食べ物になってるじゃん。
 部屋に戻る。とりあえずシャワーを浴びて、ジャージだけ穿いて冷蔵庫からビールを取り出したところで、控えめにドアがノックされた。

「?」

 そっとドアに近づく。ドアスコープの先にいたのは、華だった。
 ドアを開けると、俺の顔を見て華は安心した顔をするーーと次には叫ぼうとしたから慌てて口を押さえて部屋に連れ込んだ。いや連れ込むつもりはなかったんだけど、叫ぼうとするから!

「お前、でかい声たてんな」
「むぐむぐっ」

 俺の手から抜け出した華は「服! 着て!」とそれでも少し大きな声で言う。

「別にいーじゃん下はいてる」
「そう言う問題じゃない!」
「はいはい」

 答えながらTシャツを着た。まだ暑いのに……。

「つか連れ込んじゃった。やっば懲戒免職」
「あー、ごめん」

 華は少し眉を下げる。

「や、いいよいいよジョーダン」

 華の頭をヨシヨシと撫でる。華はその手を取って、自分の頬に持っていった。

「良かった。怪我とかない?」
「大丈夫だよ」

 無理はしてない。なにも。

「怖かった」
「華」
「仁って今までなにしてたの? 言いたくないならいいけど」

 それを聞きにきたのか。俺はぐっと黙り込む。

「だから、言いたくないなら、いい」
「華、その」
「ほんとにいいの」

 華は俺の手に口付けた。

「ちゃんと生きて、一緒にいてくれるならそれで」

 伏せられた目。ほんの少し、優しく微笑んだ唇。
 思わず抱きしめる。

「いるよ。死ぬまで一緒だし、生まれ変わっても離す気はない」

 華が次にーー次なんて考えたくもないけれど、次に人になろうが鳥になろうがイルカになろうが、必ず見つけ出して側にいる。

「俺、執着すごいから」
「約束ね」

 ぎゅう、と俺の背中に手を伸ばして細い声で言う華。

「不安にさせてごめん」
「ううん」

 あれ以上ウージー振り回して撃ちまくってたら、流れ弾でも華に当たるかもしれなかった。だから、先に抑えるしかなくて。

(それに)

 気のせいだろうか?
 あの動きが、華を狙っていたような気がして。

(あの事件、洗い直しか)

 考えが、表情に出ていたのだろうか。
 華が不安そうに俺を見上げた。俺は笑ってみせる。
 華の頬に手を当てて、そっと唇を重ねた。華の唇。割って入って、舌を絡めた。苦しげに開かれた口内を味わって、華の弱いとこを舌で舐めあげる。華の喉から漏れた高い声に反応しそうになって慌てて理性フル動員。やばいやばい。
 そっと離れた。

「ずるいよ」

 華は俺を見上げる。

「これ、止める?」
「いやいやいやお嬢さん」

 俺はそう言ったけど、なんとなく気弱な声だったと思う。

「ダメでしょ」
「どーして」
「だめだめだめ」

 華はじっと俺を見る。

「そんななってるのに?」
「なってても! だめなの! つか見んな!」
「いや、おじさん元気だなーって」
「おじさん言うな!」

 そう言うと、やっと華はケタケタ笑った。ちょっと肩から力が抜ける。

「つか、寝ろよ。明日山登りだろ」
「なんちゃら湖の散策だよ。そんなざっくり山登りだなんて」
「クマ出るらしいから気をつけろよ」
「クマ!?」
「さすがにクマは無理かも。ツキノワグマの比じゃないだろこっちの」
「ひぇっ」

 本気で怯えてる華を見て、俺もケタケタ笑う。そうそうクマなんか出ないよ。……え、出ないよな?

「うん、寝る……ねぇ仁」
「なんだ?」
「一緒に寝ちゃダメ? 朝早く起きてちゃんと部屋戻るから」

 脳天にチョップ。

「いったーっ」
「俺が寝れないからダメ」
「ちぇ、ちょっと甘えたかっただけなのに」
「卒業したら」

 華の頬にキスをする。

「もうイヤってくらい、甘えさせてやるから」

 華はほんの少し頬を赤くして、「それも約束?」と首を傾げた。なんだこの可愛いの。

「約束約束」
「なぁんか軽いなぁー」

 華は言うけど、俺はにやりと笑う。
 覚えておけよ、ほんとにもうイヤって言わせてやるからな!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

転生令嬢は覆面ズをゆく

唄宮 和泉
ファンタジー
女子高生である九条皐月は、トラックにはねられて意識を失っい、気づけば伯爵令嬢に転成していた。なんだかんだとその世界でフェーリエとして生きていく覚悟を決めた皐月。十六歳になったある日、冒険者デビューを果たしたフェーリエは謎の剣士ユースに出会う。ひょんな事からその剣士とパーティーを組むことになり、周りに決められたパーティー名は『覆面ズ』。やや名前に不満はあるものの、フェーリエはユースとともに冒険を開始した。 世界が見たいフェーリエと、目的があって冒険者をするユース。そんな覆面ズの話。 ※不定期更新 書けたらその都度投稿します

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

日乃本 義(ひのもと ただし)に手を出すな ―第二皇子の婚約者選定会―

ういの
BL
日乃本帝国。日本によく似たこの国には爵位制度があり、同性婚が認められている。 ある日、片田舎の男爵華族・柊(ひいらぎ)家は、一通の手紙が原因で揉めに揉めていた。 それは、間もなく成人を迎える第二皇子・日乃本 義(ひのもと ただし)の、婚約者選定に係る招待状だった。 参加資格は十五歳から十九歳までの健康な子女、一名。 日乃本家で最も才貌両全と名高い第二皇子からのプラチナチケットを前に、十七歳の長女・木綿子(ゆうこ)は哀しみに暮れていた。木綿子には、幼い頃から恋い慕う、平民の想い人が居た。 「子女の『子』は、息子って意味だろ。ならば、俺が行っても問題ないよな?」 常識的に考えて、木綿子に宛てられたその招待状を片手に声を挙げたのは、彼女の心情を慮った十九歳の次男・柾彦(まさひこ)だった。 現代日本風ローファンタジーです。 ※9/17 少し改題&完結致しました。 当初の予定通り3万字程度で終われました。 ※ 小説初心者です。設定ふわふわですが、細かい事は気にせずお読み頂けるとうれしいです。 ※続きの構想はありますが、漫画の読み切りみたいな感じで短めに終わる予定です。 ※ハート、お気に入り登録ありがとうございます。誤字脱字、感想等ございましたらぜひコメント頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

鑑定の結果、適職の欄に「魔王」がありましたが興味ないので美味しい料理を出す宿屋のオヤジを目指します

厘/りん
ファンタジー
 王都から離れた辺境の村で生まれ育った、マオ。15歳になった子供達は適正職業の鑑定をすることが義務付けられている。 村の教会で鑑定をしたら、料理人•宿屋の主人•魔王とあった。…魔王!?  しかも前世を思い出したら、異世界転生していた。 転生1回目は失敗したので、次はのんびり平凡に暮らし、お金を貯めて美味しい料理を出す宿屋のオヤジになると決意した、マオのちょっとおかしな物語。 ※世界は滅ぼしません ☆第17回ファンタジー小説大賞 参加中 ☆2024/9/16  HOT男性向け 1位 ファンタジー 2位  ありがとう御座います。        

婚約破棄がお望みならどうぞ。

和泉 凪紗
恋愛
 公爵令嬢のエステラは産まれた時から王太子の婚約者。貴族令嬢の義務として婚約と結婚を受け入れてはいるが、婚約者に対して特別な想いはない。  エステラの婚約者であるレオンには最近お気に入りの女生徒がいるらしい。エステラは結婚するまではご自由に、と思い放置していた。そんなある日、レオンは婚約破棄と学園の追放をエステラに命じる。  婚約破棄がお望みならどうぞ。わたくしは大歓迎です。

処理中です...