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【高校編】分岐・鍋島真

少年

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 車で送ってもらいながら、ポツポツと話をした。

「てか、車あるのにバイクの免許も取ったんですね」
「うん。てか、バイクが先だよ。高校の時にね」

 え、そんなに前。

(また、)

 私は思う。

(知らなかったな)

 真さんが剣道してるのも、最近知ったくらいだ。ずっとしてたらしいのに。
 私、真さんのこと、何も知らない。重度のシスコンってことは知ってる。

「なんでですか?」
「え、だって」

 運転しながら、不思議そうに真さんは言う。

「カッコいいじゃん」

 その回答に、私は笑ってしまった。

「なんで笑うの」
「だって、だって真さん、少年なんだもの」
「少年?」
「はい、男の子」
「……かな?」

 真さんは不思議そうだけど、私は少しだけ胸があったかくなる。
 真さんは多分、色んなものを捨ててきたけど、でも多分中身はずっと少年だったんだろうな、なんて思ってーー。

「バイク、楽しかった?」
「はい」

 私は素直に返事をした。

「風が気持ち良かったです」
「初めて乗った?」
「はい」
「そー」

 真さんは嬉しそうに答えた。

「どこか行こう」
「バイクで、ですか?」
「うん、でも危ないから近場で」

 交通量多くないとこで、と真さんは言う。

「考えとくから、行こう」

 私は言葉に詰まる。

(行く、って言っていいのかな)

 私は、どうしたいんだろう?

「……深く考えてくれなくていいよ。また誘うね」

 真さんはそう言った。

 家について、玄関先まで送ってもらう。部屋の中は暗くて、やっぱりまだ誰も帰っていないみたいだった。

(敦子さん、最近忙しさ増してるんだよなー……)

 常盤の本家の事業にもどんどん参加してってるみたいだった。よく知らないけれど。
 圭くんは画塾かな、と思う。まぁあの子は絵を描いてると、寝食をまじで忘れる子だからなぁ。
 そんなことを考えながら、ぱたりと閉じた扉を私はじっと眺めた。エンジン音が遠ざかる。少しさみしい。

(さみしい?)

 自分の感情に、戸惑う。

(さみしい、なんて思ってるの私?)

 ぎゅう、と胸が痛くなる。

(……わかんないよー)

 上がり框に座り込む。

(もー全然わかんない……)

 とりあえず、部屋でベッドの上に転がる。ふとスマホが震える。
 岩手さんからメールが(メアドをさっき交換してた)届いていた。

「あ。写真」

 何枚か来ていた。写真を開きながら、ふと思う。これ、私のスマホに保存される、初めての真さんの写真だ。

「……恥ずっ」

 思わず呟いた。だって、私、今日のパーティ(だかなんなんだか)ずっと真さんに膝の上で抱っこされてたんだもんね……なんつう写真だ。

「……真さん」

 一緒に写ってる真さんが、どれもこれも甘い顔で驚く。

『真くんがこんな顔するの見れて面白かったです! また遊んでね!』

 岩手さんからのメッセージ。

「こ、こんな顔」

 してたんだ。してたんですね。
 顔が見える姿勢じゃなかったから、この時は気がつかなかったのだ。

「うー」

 なんか、胸がぎゅうとなって痛い。

(これはまじで)

 私は確信する。

(なんか病気っぽいかもだぞー!?)

 翌朝。
 胸が痛い。不正脈みたいになる。食欲もないし、なんだかいつも微熱があるみたい、なんて敦子さんに軽く言ったら、その日のうちに都内の循環器内科まで連れていかれた。
 なんだかラグジュアリーな空間……え、おセレブは病院もこんなとこなの? みたいな。
 問診票を見ながら、先生は不思議そうな顔をする。

「ええと、今朝の食事ーーご飯、ナスと茗荷のお味噌汁、鰆の西京焼きに生姜、冷奴、温泉卵? ……美味しそうですね」

 端的に言われた。ちなみに、圭くん作。

「先生、この子、食欲がないんです」
「ほう。残したんですか?」
「いえ、おかわりしなかったんです」

 敦子さんと先生の会話ーー私は顔から火が出そうだった。うう、どうせいつもおかわりしてますよ。ええ。

「そ……うですか」

 先生はうんうん、と頷いた。そして電子カルテ、もといパソコンに打ち込む。

「食欲不振、……と」

 やめて。やめてください。

「それから、不正脈というのは?」
「あの、なんか、急に理由もなくドキドキして、息が」

 それは私が答える。

「……たとえば、どんな時に? 横になったときだとか、まったく関係なく、ですとか」
「ああ」

 私は端的に返した。

「とある人といるとき、もしくは思い出したときです」
「……ほーう」

 先生はしっかりと、私の目を見た。

「他には?」
「特に……ですかね」
「それはね、華様」

 先生は笑う。

「治りません」
「ええっ」

 叫んだのは敦子さんだった。

「び、病気なんですか!」
「治療法がない病気です」
「せ、先生、なんとかしてあげてください」

 敦子さんは先生の胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いだ。

「いやいや、落ち着いてください。大抵は自然治癒します」
「ほ、ほんとうですか? 病名は」

 先生は苦笑いする。

「コイ」
「鯉?」

 私は首を傾げた。

「その発音ですと魚ですな」
「はぁ、まぁ」
「愛し愛しと言う心、の方のコイですな」

 愛し、愛し……? 糸?
 昨日も言われたなぁ、なんて思う。
 私はふと、頭の中で、その漢字を並べる。

(……、戀?)

 それって、恋?
 ぽかんとしていると、敦子さんと目があった。

「……その、華? 誰といる時にそうなるの?」
「あの、……真さん、です」
「鍋島さんの?」

 私は頷いた。
 え?
 恋?

「嘘でしょおおおおおおお!?」

 帰りの車の中、私はブツブツ言いながら胸を押さえていた。

「うそだうそだうそだ、私が真さんに恋するなんてそんなこと有り得ない、絶対別の病気だっ」
「……綺麗な方だし、あなた、優しくしてもらっているものねぇ」
「優し、ううっ」

 真さんの顔を思い出して、胸がぎゅっとなる。甘い顔。とろけそうなくらいに。

「うー……会いたい……はっ!? 違う、今のは、ちがう」

 敦子さんは少しくすくすと笑う。

「あーもー、そんなことね」
「そ、そんなこと」

 そんなこと、なの!?
 重大事件なんですけど!?

「でもね、華? あなたには樹くんがいるのだから、諦めなさい」

 私はぽかんと敦子さんを見つめた。

「もう会わないほうがいいわ」
「え、や、だ」

 私はゆるゆると首をふる。

「やです」
「華」

 たしなめるような、敦子さんの声。

「いや。だめ。よくわかんないけど、それダメな気がします」
「なによそれー」

 敦子さんは困ったように言う。

「とにかく、一度冷静になって」
「ここで降ります」

 ちょうど赤信号で停止してた車から降りる。

「ちょっと、華!?」
「先に帰ってて敦子さん、暗くなる前には帰るから!」

 叫ぶように言い残して、私は歩道に上がる。そのまま、歩き出した。
 もう九月半ばだっていうのに、街路樹の蝉はまだうるさくて、歩道のタイルはひどく暑い。

(会わなきゃ)

 少しの焦燥感。とにかく、私、真さんに会わなきゃいけない気がする。
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