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【高校編】分岐・相良仁

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「えーと、そのー?」

 ピンチです。
 雑居ビルとビルの間、ゴミペールとか捨てられた酒瓶とか置いてあって昼間なのに薄暗くて、そんな細い裏通りみたいなところで私はコンクリートなビルの壁に追い詰められてて、「明らかに素行が悪いですぼくたち」みたいなワカモノ3人組に囲まれております。

「あのー?」
「聞いてたより美人じゃん」
「全然イケる、つか歓迎」
「さっさと拉致っちゃおうぜ」

 拉致て。
 なんだかよくわかんないけど、多分、ピンチです。

 修学旅行が目前に迫った6月の初め、私はふらふらと都内まででかけてました。

(やっぱり罠でした?)

 呼び出しをくらったのだ。靴箱に入ってた手紙ーー"前世について話があります"。
 仁は絶対、罠だって言った。"私"が"ゲームの華"と違いすぎるから、きっと青花がなんらかの意図で呼び出したんだろう、って。
 けど、もしかしたら別の誰か(たとえば、トージ先生)かも、なんて思ってのこのこ呼び出されたんだけども、うん、はい、やっぱり罠でした。

(でもな)

 ふと思い出してしまった、のだ。
 あの、目が覚めてすぐの時のことを。小学五年生になる直前の春休み、目が覚めたらいきなり"設楽華"になっていたときの、孤独や、寂寥感を。

(私は、まだいい)

 すぐに、アキラくんが友達になってくれた。
 それに、千晶ちゃんっていう前世仲間もいて、なによりーー私には、仁がいる。

(でも、"この人"ーー手紙の差出人には、誰もいないのかなって)

 そんな風に、考えてしまった。どこの誰だかわからなくても、助けたいと思ったのだ。あの日の孤独を、勝手に重ね合わせてしまった。

(……怒られちゃうな)

 追い詰められながら、私は思う。
 仁にだまって出てきてしまった。

(というか、このピンチ脱さねばですよ)

 愛想笑いを浮かべながら、じりじりと、3人組から距離を取ろうとする。隙をついて、全力で大通りまで走れば、なんとか……。幸い、スニーカーだ。

「怯えてるぅ」
「可愛いねー、ジョシコーセー」
「ほんとにヤっちゃっていいの」

 ケタケタと笑う3人組。え、マジで!? ヤるて! どーゆーこと!?
 あたりをキョロキョロ見回す。なんとか、脱出口は……。

「順番決めようぜ」
「クルマん中で良くない?」
「いやいや、後でモメんのもアレじゃん。じゃんけんで決めようぜじゃんけん」

 クソみたいなことで盛り上がり始めたスキをついて、さっと走り出す。

「おーっと」

 けれどむなしく、ニヤついた声とともに、手首を掴まれて体を引き寄せられる。思わず息を飲んで、冷や汗がどっと出た。
 手を振りほどこうと暴れると、バランスを崩してこけてしまった。

「っ、痛」

 無理やりに、手首を掴まれて立ち上がらせられる。

「あ、分かった。鬼ごっこにしようぜ」
「鬼ごっこ?」
「そうそう」

 男は笑う。にたり、って感じで、背中に悪寒が走った。

「ホテルでさぁ、鬼ごっこ。最初に捕まえたヤツが最初にヤれまーす」
「あーそれいいな!」

 ケタケタ、と笑い声が上がる。
 私は身体が震えて、うまく声すら出せない。叫べば、なんとかなる距離な気もするのに。

「あれ? よっしゃ。きみさー、結構胸でかいじゃん」
「まじまじ?」
「な、思った! 結構あるじゃん! なぁオレ、あれしたい、パイ」

 なんだか下世話な言葉を言おうとした人が、吹き飛んだ。いや、実際にはそうじゃないんだけど、目の前から急にいなくなったから、そう思ったのだ。

「……オイコラなぁにヒトのモンに無許可で触ってんだよクソガキ」

 仁が立っている。なんだか普通に立っている。でも顔はブチ切れていた。笑顔だけど、うん、それが怖い。
 吹き飛んだ、っていうか結構な勢いで殴りつけられた男の人は地面に倒れこんで、まだなにが起きたか上手く把握できてないみたいだった。

「てめー、なんなんだよ」
「こっちのセリフだっつーの、オイコラ華、分かってんだろうな」

 思わず身をすくめる。

「お前、俺が専任で護衛つく分、人数減らしてるっつったよな? 出かける時は俺か小西に連絡してからって約束したよな?」
「う、ん」
「つうか、今回のは絶対罠だって何度も口酸っぱく言ったよなコラ」
「……はい」

 男に手首を持たれたまま、私はうなだれる。超怒られてます、私。

「てめーもいつまで俺の女の手ェ持ってんだよ」

 仁は男を睨む。

「は? 女って……こいつガキだぞ? 頭湧いてんのかオッサン」
「てめーよかマシだよこのカス、分かったら手ぇ離せ」
「あ? あんまイキんなよオッサン!」

 男は私から手を離して、そしてナイフを取り出した。きらりと刃先が光った。思わず悲鳴が出る。
 フラッシュバック。
 あの日、刺された仁の姿ーー!

「やだ、仁、逃げ」
「バカかお前は」

 仁は無表情で言う。

「俺がこんなドシロウトちゃんに何かされるとでも?」
「言ってろオッサン!」

 何が起きたか、よく分からなかった。ナイフを持った手を、仁が蹴り上げたのまではなんとなく分かったんだけど、そこからは速くてよく分からなくて、気がついたら男は「きゅう」って声を(本当に!)出して地面に転がっていた。

「て、ててててめー」

 もう1人の人は、少し怯えたように、じりじりと距離を取ろうとする。

「やだな、何逃げてんだよキミぃ。オッサンと遊んでくれよ」

 仁は笑って、首を傾げた。

「や、いや、その、す、すんませんでしたぁっ」
「逃すかボケ」

 仁の腕が男の首を背後からギリギリと締め上げる。

「誰に依頼された?」

 低い低い声。こんな声、初めて聞いた。

「や、その、詳しくは、けほっ、わか、けほ」
「じ、仁、死んじゃう」

 私は思わず仁にすがる。
 仁は私を冷たく見た。びくりと身を引く。
 仁は男の人から腕を離した。どさり、と地面に這いつくばって、ぜいぜいと息をする男の人を一瞥したあと、仁は私を引きずるように連れて歩く。足がもつれて、うまく歩けない。

「痛っ、仁、ごめ、ごめんなさい」
「頭冷やしてろ」

 ほとんど放り込まれるように、仁の車の後部座席に詰め込まれた。

「華さま」
「小西先生」

 優しく受け止めてくれたのは、小西先生だった。小西先生とも、すでに「護衛対象」と「ボディーガード」として挨拶済みだ。

「仁っ」

 仁はドアを叩きつけるように閉めて、こっちを見ようともせずに、また路地へ戻っていく。私は震えた。

「華さま、大丈夫ですよ」

 小西先生は私の髪を撫でた。

「プロですから。加減は分かってるはずです」
「……プロ」

 繰り返すように言う。私の知らない、仁の過去。

「それより、なんでわたしたちに何も言わずに出てこられたのです」
「その、止められるかなって」
「お止めしますよ」
「……怒ってますか?」

 ぽろり、と涙がこぼれた。

「いいえ!」

 小西先生は慌てたように言う。

「何も言われなかったことに関しては、多少の防犯上の問題はありますが、そこは要検討で……、けれど、華さまがご無事で何よりです」

 私は息を吐く。

「き、嫌われ、ちゃい、ました、かね」

 仁に。わがままな、あほなヤツだって、呆れて、見捨てられちゃったかなぁ。

「……その程度の執着ではないでしょう、あのロリ……げふん、失礼……あの、華さま?」

 改まって、って感じで小西先生は小首を傾げた。

「華さまは、もしかして、あの男に惚れてらっしゃる?」

 私は少し迷って、それからこくんと頷いた。ぽろぽろ泣きながら。

「華さま、華さま……そうですか、あのクソロリ野郎」
「小西先生、私、わた、し」

 泣きながら、小西先生を見上げた。

「仁がいないと、生きていけない」
「……華さま」
「死んじゃう」
「!?」
「自殺する……」
「だ、だめですっ」

 小西先生は私の肩を掴む。

「他にもいますよ!? 可愛いのからかっこいいのまで!」

 私は首を振った。他の意味はわかんないけど。

「いません、他なんて、代わりなんて」
「……華、さま」

 小西先生がそう返したとき、ガチャリと運転席のドアが開いた。

「小西」
「ハイ」

 運転席から、ぽいっとなげられたのは、スマートフォン。思わず目を見開く。血が付いてた。

「じ、仁、これ」
「俺のじゃねーから」

 冷たく言い放つ。

「それ、メールの解析頼むわ」
「はい」
「俺こいつ送るから」
「はぁ」
「降りてくれる?」
「……わかりました」

 ちらり、と小西先生は私を見る。それから「相良さんちょっとまたお話がありますからね」と少し怒った口調で言いながら、車を降りていった。
 後部座席で、べそべそと泣く私に仁は「シートベルト」とだけ言って、車を発進させた。
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