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【高校編】分岐・鍋島真

心音

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 だって、あんまりにもドキドキしてるみたいだったから。

(……え?)

 動揺が隠せない。

(なんで? なんでこの人こんなにどきどきしてるの?)

 溺れかけて、助けられて、お姫様抱っこみたいにされてーー
 身体に触れた胸のところ、心臓のところが、信じられないくらいに高鳴っていて、私は戸惑う。

(そんなに緊張しなくてもよくない?)

 それとも、目の前で沈んだからびっくりした?
 真さんを見上げる。濡れた髪をかきあげて、おでこ丸出しで、それでも綺麗なひと。いつもより、少し幼く見える。
 そして、真さんがヨユーっぽい表情を「つくろうとしてる」のが分かった。すこし潤んだ目とか、ほんの少し、辛そうにひそめられた眉とか……。
 唐突に、私は気づいた。
 このヒトは、本気で私がほしいんだ。

(えー!? うそうそうそうそ!?)

 気づいてしまってからは、なんだか挙動不審だ。おでこにちゅーとかされちゃったし。見上げると、すっごい嬉しそうだし。

(いやいやいやいや)

 私は必死で否定する。そんなわけないじゃん、気まぐれで遊ばれてるだけだって! 本気にしたらダメだ!
 でも、気づいてしまうと、どうしようもないくらい、このヒトは優しくしてくれてるんだって気がついて。

「美味しい?」

 海水浴上がりのカレー(希望通りの具が少ない、少し水っぽいやつ)をもぐもぐ食べてると、ものすごく甘い顔でこっちを覗き込んでくる。

「おおおおおいしいです」
「さっきからどうしたの」

 くすくす、嬉しそうな真さん。私は肩を縮めた。直視できませんーーって、もしかしてずっとあんな顔されてたの? 気がついてなかったの、私だけ?

(どうしよう)

 軽くパニックだ。
 日が落ちる前に着替えて、またあの水色の車に乗せられる。
 少し暗くて、外を歩くのを躊躇した私を真さんは何も言わずに抱き上げて、車まで運んだ。
 顔は見れなかった。

(どんな顔して、)

 私は考える。
 どんな顔して、こんなことしてるんだろう?
 車が動き出しても、さりげなく(?)窓の外を見つめて、真さんを見ないようにしてみたり。うん、なんか、落ち着かない。
 真さんも黙ってるから、私はとても眠くなる。海水浴のあとって、眠くなりますよね……。
 ぱっ、と眼が覚めるともう家の近くだった。外は薄暗い。

「起きた?」
「あ、はい、すみません、寝てました」
「寝てた寝てた。ぐーぐー寝てた。よだれ垂らして寝てた」
「ぐっ」

 またしてもやってしまった……。

「写真撮ってないですよね!?」
「いや撮ったけど?」

 大変お上品な笑みを浮かべて、それでもとても楽しそうに、真さんは言う。

「連写した」
「ぎゃー消して! 消してください!」
「やーだよー」

 くそう、めちゃくちゃ楽しそうだなこのヒト……。

「はい着きました」
「……ありがとうございました」

 よく考えたら、ありがとうも何も、無理やり連れていかれたんだけども。

(海は楽しかった)

 久々に泳いだし。日焼けのケアしっかりしないとだけどさ!

「玄関先まで送るよ」
「……お願いします」

 "暗い屋外が苦手"なところも、少しずつ改善はしてるんだけど。

(聞かれないなぁ)

 真さんは、何でか私がなのは知ってるみたいだけど、でも「なんで?」とかは聞いてこない。

(……興味がないのかな)

 でも、なんでかは分からないけれど、このヒトは私が欲しいらしい。あんなにどきどきして、あんな目でみて、あんな顔をしてーー良く気がつかなかったな、私!?

(んん!? でも、でもなぁ?)

 ごちゃごちゃ考えている間に、助手席のドアが開けられる。

「国産車に買い直そうかな」
「? なんでですか」
「助手席が車道側って、危なくない?」

 華ってぼけーっとしてるから、ひとりで降ろしたら轢かれそう、なんて少し本気っぽい顔で呟かれた。思わず吹き出す。

「あは、私そんなにぼーっとしてないですよ」
「してるよ」
「してないですって!」

 まったく失礼だ。

「してるよ」

 真さんは上半身を車の中に、助手席のシートの肩のところに腕を乗せて、にこにこしている。本当に目前に真さんのキレイなかんばせ。少し身を引く。

「だって、やっとさっき気づいてくれたんでしょう、僕の気持ち」
「げふっ」

 急に言われるから、唾が変なとこ入った……!

「げほげほっ」
「ちょ、大丈夫?」

 真さんはシートから腕を離して、背中を撫でてくれた。

「いや、その、げほっ」
「抜けてるよねー。ぼーっとしてるよねー」
「そんなことは、」
「そういうとこも好き」
「へ」

 思わず真さんを見上げた。

「ねぇ、樹クンとの婚約解消して? 僕と結婚しようよ」

 私はぽかん、と真さんを見つめる。

(なんでそんな目をするの)

 まるで、子供がワガママを言ってる、みたいな……。叶えられないのがわかってて、それでもワガママを言うときみたいな、ただをこねるみたいな、そんな顔。
 私は、私はーー何も答えられなかった。

 家に入ると、圭くんも敦子さんも、帰宅していなかった。
 部屋に戻り、ぽすり、とベッドに横になる。

「なんで私?」

 小さくつぶやいた。

「なんで私なんだろう」

 以前、真さんは言ってた。私は条件に合うんだってーーでも、多分、今は違う。ふつうに、あのヒトは、私のことが。

「いやいやいやいやいや!」

 急激に恥ずかしくなって、私は枕に顔を埋めて「あー」とか「うー」とか変な声を上げてしまう。心臓が不正脈みたいに痛い。なんだろ、まだ若いはずなのに、私(の身体)!
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