上 下
369 / 702
【高校編】分岐・山ノ内瑛

しおりを挟む
「え、退学取り消しになった!?」

 あまりに唐突で驚いてしまったけど、いい知らせ、だよね? 敦子さんからのプレッシャーが上手くいったのか、それとも別の何かがあったのか。

「そうなの」

 松井さんは少しだけ、笑う。

「それに、絶対にこれ以上口外しないことを条件に、認知こそしないけれど経済的な支援もしてくれる、って」
「急だね?」

 まぁ、根岸家としても後で認知を求めて裁判、とかになるよりはよほどいいのか。
 そんな風に思いながら、図書館を出て行く松井さんを見送る。
 ごおお、と小さい空調の音が響く地下車庫の閲覧室で本を読んでいると、少し身体が冷えていることに気がついた。
 時計を見上げる。

(……アキラくんの部活終わるの、もう少し先かな)

 ちょっとだけカフェテリアへ行こう、そう決めて席を立つ。
 暑い暑い室外へ出て、ふうふう、とため息をつきながらカフェテリアへやっとの思いでたどり着く。

(ほんとに夏は苦手だなー……)

 前世ではそうでもなかったから、単純に、華の身体が夏が苦手なだけだろう。
 そしてガラス扉の前で私はショックで言葉を失った。

「き、機材トラブルのため本日休み……!?」

 ここまで歩いてきたのに……!?
 張り紙の下の方に"中等部のカフェテリアは開いております"と書いてある。

「しょーがないなー……」

 踵を返す。
 蝉の声が響く道をだらだらと歩く。もう少しで中等部のカフェテリア、ってところでふと身体が傾いだ。

「ん?」

 頭がくらくらして、身体から力がぬける。

(あ、やば、熱中症?)

 気をつけてたのにーー。
 思わずしゃがみこんだ。

(どうしよう)

 ぐらぐらする。目の奥から暗くなって、幾何学模様のようなものなんか見えてくる。

(あ、これマジでヤバいやつじゃない?)

 少し吐き気もする。
 じゃりじゃり、と走るような足音がしてざわざわと人の声がした。

「え、設楽先輩」
「女王陛下」
「大丈夫っすか?」
「熱中症?」
「先生呼んでこいよ」

 男の子たちの声。誰だろう。めまいがして顔が上げられない。
 ふと、ふわりと浮遊感を感じる。慌てて、なんとか目を開けようとすると「無理せんでええ」と低く言われた。

(あ)

 アキラくん、だ。
 私は安心して、身体を預ける。
 しばらくして、ひんやりとした空気に包まれる。

(室内?)

「先生、この人倒れてはった」
「え、高等部の子かな、大丈夫?」

 優しそうな女性の声。養護の先生かな?

「大丈夫?」

 言われて、なんとか目を開く。どうやら応急ベッドに寝かされたみたいで、テキパキと身体を冷やされた。シャツのボタンも外される。

「あー、先生、また後で様子見にきます」

 アキラくんはそう言った。ほんの少しだけ、瞳が交差して、指先が触れる。

「? あ、知ってる子?」
「……いえ」

 アキラくんは目をそらして、保健室を出て行った。

「飲めるかな」
「あ、はい」

 身体を冷やされたからか、少し体調がマシになる。支えられながら、経口補水液を飲まされた。

「念のため病院行ったほうがいいかも」
「ですかー……。ちょっと休んで行っていいですか?」
「もちろん」

 ベッドに移動させてもらって、少しだけ眠ることにした。他に人はいない。夏休みだしね。

「寝不足だったりした?」
「あ、はい……あと。その」
「あ、生理中?」
「です」
「あ、じゃあそれもあるかもね」

 先生に体温計を渡される。測るけど熱はない。
 しばらく横になっていると、すっかり楽になってきた。

(帰ろうかな)

 図書館にいけば、アキラくん会えるだろうか。どうかな。少し迷っていると、先生がしゃっとカーテンを開いた。

「ごめんね、ちょっと出るけど構わない? 体調良くなったら帰ってていいわよ」

 先生は笑う。

「病院も大丈夫そうなら、様子見でいいと思うわよ」
「はい」

 私は頷いた。
 先生が出て行って、私はのろのろと身繕いをする。シャツのボタンをとめて、ベッドを降りようとしたときに、ガラリと扉が開く。

「失礼します」

 アキラくんの声に顔を上げた。

「あ、アキラくん。さっきありがとう」

 Tシャツにジャージのアキラくんは、室内を少しキョロキョロと見る。

「誰もいないよ」

 私がそう言うと、アキラくんはゆっくり私に近づいてきた。

「……大丈夫なん?」
「うん」

 ベッドに腰掛け、アキラくんを見上げる。アキラくんは少し安心したように笑って、私の髪を梳いた。その手に擦り寄るように頬を寄せた。アキラくんは「びっくりしたで、ほんま」と笑った。

「ランニングしてたら華しゃがみこんでるんやもん」
「え! この暑い中そんなことしてんの!?」

 驚いて顔をあげる。熱中症とかなっちゃうじゃん……。

「せやけど外の部活のやつらは一日中こんなんやで?」
「うわぁ……」

 そういえば樹くん日焼けしてるよなぁ、なんてぼんやり思う。熱中症とか、気をつけてもらわないと。
 むにりと左頬を捻られた。

「……や、俺が悪いんやけどさ」
「?」
「いま許婚のこと考えた?」
「え、あ、そうだけど、違」

 慌てて否定しようとすると、右頬もつねられる。

「ひゃってほひゃに外でふかつしてるひょもだちいないんだもん」
「何言うてるかわからーん」

 そう言って、アキラくんはぱっと両手を離した。

「うう」

 別に痛いってほどのものじゃないんだけどさ。

「俺のやんな、華は」
「うん」
「他の男のことなんか、考えんとって」

 切なそうに言うアキラくんに、私は何も言わず、ぽんぽん、と自分の横を叩く。

「?」
「座って」

 不思議そうにアキラくんは私の横に座った、座ったと同時に噛み付くみたいにキスをした。

「ぷは、華!?」
「ばかばか、アキラくん、わかってるくせに、私がアキラくんしかいないことくらい」

 アキラくんは少しだけ呆然としたあと、ふ、と笑って私を抱きしめた。

「うん、知ってる。ごめんなー」
「ううん」

 ぎゅう、と抱きしめ返す。
 とても自然に、当たり前みたいに、そっとキスを交わす。何度も、何度も。とても幸せで、溶けてしまいそうなくらいに幸せで。
 だから私たちは、保健室の扉が開くその瞬間まで、誰かがやってきたことに気がついていなかったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。

三木猫
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公の美鈴。どうせ転生するなら悪役令嬢とかライバルに転生したかったのにっ!!男性が怖い私に乙女ゲームの世界、しかもヒロインってどう言う事よっ!? テンプレ設定から始まる美鈴のヒロイン人生。どうなることやら…? ※本編ストーリー、他キャラルート共に全て完結致しました。  本作を読むにあたり、まず本編をお読みの上で小話をお読み下さい。小話はあくまで日常話なので読まずとも支障はありません。お暇な時にどうぞ。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

処理中です...