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分岐・鍋島真

血(side真)

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 華を、時が止まったかと思うほど(多分本当は一瞬だったと思うけど)見つめて僕は口を開いた。

「その子を離せその子は僕のだよ何してるの殺されたいの?」
「あ、あはは、真さん、ほら、悪役令嬢はみんなこらしめましたよ」

 階段を降りてきたのは石宮で、ああこいつか、と思う。脳が冷えていく。

(そうか)

 やっぱり殺しておくべきだった。ゆらり、と傾いだように動く身体を、相良さんが止める。

「……離せよ」
「落ち着け鍋島。華は生きてる」

 言われて彼女を見つめたタイミングで、華の長い睫毛が震えた。それから、ゆっくりゆっくりと目を開けた。

「華」
「……? あ、」

 華は一瞬呆然としたあと、自分を支える男の手に思い切り噛み付いた。

「っ痛!」
「クソ野郎!」

 華はその可愛らしい口からとっても可憐な言葉を吐くと、そいつの身体から抜け出した。僕は走って、華の身体を抱きとめる。

「華、華」

 ぎゅうっと抱きしめた。

(生きてる)

 息をしてるし、……というか、元気そうだ。

(じゃあ、この血は)

 僕の手も制服も、血でべったりだ。
 階段の下で、相良さんは厳しい顔をしている。
 華はしばらくふうふうと荒い息をした後、その大きな猫のような瞳からぽろぽろと涙を零した。

「小西先生が!」

 あの、養護教諭か。何があった?

(この血は、あの人の?)

 腕の中の華は震えている。恐らく、怒りで。

「あはは、運が良ければ今頃病院でしょうーー最も、あんな異教徒に神が微笑むとは思えませんが」
「ヒト殺し!」

 華は、怒りで半分以上我を忘れているようだった。
 だから、ーー僕は噛み付くようにキスをした。

「んー!?」

 すぐに離す。

「あ、ごめんねそこに口があったから」
「山みたいな言い方!」

 僕を睨み上げるその瞳は、充血してまだ涙を湛えているけれど、うん、少しは落ち着いたかな? いや、ショック療法的に僕のキスが使えるとは……それはそれでショックなんだけど。

「おおおおおお兄様ぁあっ」

 振り返ると、相良さんによって椅子から解放された千晶がプルプルと震えている。相良さんは半目で僕を見てる。

(わーお)

 あれ、千晶、すっごい怒ってる。いや、ほら緊急事態っていうか、ねえ? まぁ色々言い訳したものの、単にちゅーしたかっただけだけどさ。柔らかかった。ふふ。
 階段の下には、何人かの男が倒れている。壁際には、教祖と、それを守るように2人の男が警棒のようなものを持って立っていた。
 相良さんは千晶を連れて階段までやってくる。

「あと逃げるだけ?」
「そーですね」
「そんな訳には参りません、聖女さまとのお約束なので」

 華に手を噛まれた男(羨ましい)が両手を大きく広げて、階段を塞ぐ。

「聖女?」
「る、瑠璃のことですっ」

 石宮がはしゃいだような、耳障りな声で言った。

「瑠璃、聖女なんですっ。ぜ、前世の記憶があるんですっ。か、神様に、え、選ばれたんですよおっ」
「正しく」

 男が重々しくうなずく。

「時に聖女さま、お約束通り"鍋島千晶""設楽華"きちんと連れて参りました。これで、よろしいのですね」
「はいっ。大友ひよりさんは、い、イジメの被害者ですから……元から性根がねじ曲がっているのは、この、ふ、2人ですっ」

 そう言って、石宮は僕の大事な2人を指差した。

「よろしい。では、聖女さま。我々の願いも聞いてくださいますね?」
「は、はいっ。なんでも聞くと、お、お約束しましたっ」
「良かった」

 にこりと男は笑った。

「では、さっそく首を切ってもよろしいでしょうか?」
「ふぇ? ……く、び?」
「はい。我らが教祖さまが救世主メシアを産むには、男を知らぬ、なおかつまだ女でない……それも聖母マリアさまがイエスさまをお産みになった14歳前後の少女の血液が必要なのです」

 きょとん、と石宮はそれを聞いていた。

「ほえ?」
「"約束"しましたでしょう、瑠璃さま」

 教祖が一歩踏み出す。

「その血を、わたくしに下さいな」
「だめ!!!」

 叫んだのは、千晶だった。

「千晶?」
「ダメ、子どもを殺すなんてダメ」

 千晶は必死だ。

「何を考えてるのアナタたちーーおかしいわ!」

 半泣きで言う千晶を、僕はほんとに素敵なものを見ている気持ちで眺める。その気持ちには同意できないけれど。

「千晶、こいつのせいでキミは嫌な思いをしたんだよ?」
「け、けれど。だからって、殺すなんて」

 殺す、という単語を聞いた石宮は、金切り声を上げて、階段を登ろうとした。しかし、華に手を噛まれた(返す返すも羨ましい)男が、石宮を抱きかかえるように止めた。

「約束ではないですか聖女さま、さあ」
「聞いてないっ、こ、こんなのっ。聞いてないっ。る、瑠璃は神様に選ばれたはずなのにぃっ」
「選ばれたからこそ、その御身の尊い血液を教祖さまに使っていただけるのですよ?」
「ひぃ、やだ、いやだあっ」

 醜くあがく石宮を見ながら、僕は蒼白になっている千晶を見る。

「千晶はさ」
「……なんです、お兄様?」
「死ぬの、やなの? アレが」
「ヒトをまたアレ呼ばわりして……嫌ですよ」
「華は?」

 腕の中の華に問いかける。

「え」

 華は一瞬たじろいだ。だけれど、すぐに力強くうなずく。

「どうやら色んな原因はあの子みたいですけど、でも、……そんな風に死んでいいとは思いません」
「あーあ、見捨てたかったのに」
「お兄様?」

 僕は華を腕に閉じ込めたまま、教祖だとかいう女に向き直る。

「少しだけお話しいいかな、教祖サン?」
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