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【高校編】分岐・鹿王院樹

悪い微笑み

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 樹くんは強くテーブルを叩いた。そして無言で真さんを睨みつける。真さんは軽く眉を上げて、それから片肘をついてその上に頬を乗せた。にっこり。余裕っぽい微笑み。

(えーと、えーと?)

 どうしよう、とオロオロしていると、樹くんが低く言う。

「行こう、華」

 ほとんど強引に手を引かれ、立ち上がらされた。

「あの、ええと」

 ちょっと痛くて、樹くんも怖くて、私は上手く話せない。そのまま引っ張られ、カフェの出口まで、とそこで樹くんはふと立ち止まった。

「真さん」

 樹くんが振り返る。相変わらずの険しい目つき。もともと鋭い感じの目なので、ほんとに怖い、と思う。でも真さんは全く動じてなかった。

「会計はしておくので、ごゆっくり」
「いーや、大丈夫。華チャン、ケーキいただくね?」

 真さんはヒラヒラと手を振った。
 樹くんはまた、私の手を引く。

「い、樹くん、樹くん」

 カフェを出てしばらくして、なんとかそう口にする。そこまでずっと樹くんは無言だった。
 樹くんはぴたり、と立ち止まり、そこで私の手を離した。そして私と向き合う。

「あの、」
「華に」

 樹くんはぽつりと呟くように言う。けれどとても怒った声で。私を見下ろすようにーーそんな表情をされたのは、初めてで戸惑う。

「華に怒りをぶつけるのは筋違いだとは分かっている」
「えっと」
「だが、あまりに警戒心が無さすぎる」
「け、警戒心?」
「何かされたらどうするんだ」
「何かって」

 私は少し呆れながら言う。

「何もされないよ、されたことないし」

 樹くんは無言で私を見下ろした。
 通りすがる近くの人たちも、チラチラとこっちを見ている。まぁ異様な雰囲気ですよね……。
 樹くんは、やっぱり無言で私の手を引いた。ずんずん進む。

「? どこいくの」

 やっぱり無言。無視だ。
 着いたのは、……カード会社と提携してる、ゴールドカード会員専用のラウンジ。現金でも使えるみたいだけど、カードを持ってると無料のはず。
 そういえば、私も敦子さんにカード持たされてるのだ。使ったことなかったけど。ちょっとキョロキョロしてしまう。
 コンシェルジュの人は、樹くんの顔を見ただけで頭を下げた。

(か、顔パス!?)

 すごいんだなぁ、なんてぼーっとしてると、更に奥の部屋にすすむ。

(んー?)

 もうひとり、コンシェルジュさん。樹くんの顔を見て、またにっこりと頭を下げた。そして、重厚そうな扉を開けてくれる。
 赤くてふかふかの絨毯の上を突き進む。照明とかも、さっきのラウンジとはさらに格が上がる感じ……なんて、思ってたら部屋の1つにぐいっと押し込まれた。

「? ここどこ?」
「カード会社と提携してるラウンジだ」

 端的に答えられるけど、多分これ、扉の手前までがゴールドだよね?
 てことは、ここはプラチナとかブラックカード……とか、でしょうか? え、そんなシステムあったの?

「ラウンジ、というか」

 個室だ。テレビ、小型冷蔵庫、ソファ、ローテーブル。どれもお高そー。よくわかんないけど。絨毯ふかふか。

「華は」
「うん」

 樹くんを見上げるけど、樹くんは相変わらずの無表情。怖い。

「何もされてない、何もされないと言うが」

 ぽすり、とソファに座らされ、というか、押し倒された。

「い、いいい樹くん!?」

 大混乱の私をよそに、両手を頭の上に掴み上げられた。片手で。

「逃げられるか? 男にこんなことをされて」
「えっと、樹くん?」
「あのひとだって男だ、」

 樹くんの顔が苦しそうに歪む。

「無理やりに手に入れようとすれば、……できるんだ」

 私は何度か瞬きをしてーーまぁ真さんがそんなに私に対してなんていうか、そんな欲求を抱くとは思えないんだけど、まぁそれはそれで置いておいて。

(心配させてしまった)

 当たり前だ。真さんの今までの所業(言い過ぎ?)を考えたら。

「……ごめんなさい」

 少し眉を下げていう。ちょっと涙ぐんでしまった。そんなに心配かけてたなんて、自分が情けなくて。

「いや、……済まない、華」

 樹くんはハッとした表情で、私の手から力を抜く。

「その、本当に、すまん」

 目がおろおろと泳いだ。

「いいよ」

 びっくりしたけど、と微笑んだ。

「でもね」

 私の言葉に、樹くんはびくりと顔を強張らせた。

「……謝るから、なんでもするから、嫌いにだけは」

 ならないでくれ、と弱々しく樹くんは言う。

「ならないよ」

 あは、と笑う。

「華」

 少しホッとした様子の樹くん。

「でもね、樹くん以外の人にこんなことされたら、私、舌噛み切って死ぬけど」
「いや命の方が大事だろう……!」

 樹くんの顔が青くなった。

「いや例え話だから」
「……華、」

 ぎゅう、と抱きしめられた。
 単なる、例え話だったのに。

「死ぬなんて言うな」
「ごめん」
「何があろうと華の命の方が大事だ」
「うん」

 ぽんぽん、と背中を撫でた。

「すまん、俺の方こそ変な例え話を、……心配で。たとえ、」

 何かいいかけて、樹くんはやめた。不思議に思いながらも、きちんと謝る。

「うん、それはごめんね。でね、樹くん以外の人からこんな風に触られるのは、とても嫌なんだろうなぁと思うんだけど」
「?」
「樹くんなら、何されてもいいよ?」

 ぎゅう、と抱きしめた手に力を入れる。

「特別に大切なお友達だもの」

 嫌いになんかなならない。
 なにをされたって。

「……ほんとうに、お前は」

 はぁ、と樹くんは一瞬、私を抱きしめる腕に力をいれて、それから上半身を起こし、ソファにポスリと座り直す。

「負けだ。俺の負けだ」
「勝ち負けじゃないよ」

 言いながら、私も起き上がる。

「惚れた弱みだ」
「え、私の方こそ」

 好きすぎるんですけど、そう言った瞬間にはもう唇が塞がれていた。やがてゆっくりと離れる。

「……防犯ブザーをプレゼントしよう」
「防犯?」
「鳴らすと、警備会社と俺に連絡が来る」

 大げさな、と言おうとしたけれど、樹くんはそれだけ心配してくれてるんだ。
 私は黙って頷いた。
 それからふと、樹くんは私の手を取った。

「すまない、強く握りすぎた」

 ほんとうにシュンとした顔をして、私の手首にキスをする。ほんの少し、握られたところが赤くなっていた。カフェから出たときか、今掴み上げられた時かな?

「大丈夫だよ、別にいたくないし」

 ムダに色白だから、ちょっと擦れただけでも赤みが目立っちゃうんだよね。
 樹くんはやっぱり申し訳なさそうな顔をして手首に触れるけど、その優しい触れ方が、うん、こんな個室に連れ込む方が悪いと思わない?

「……華?」
「ふっふっふ」
「なんだその悪そうな笑い方は」

 私は遠慮なしに樹くんの足の間に割って入って、その首に抱きついた。ついでに鼻先を首に寄せちゃったりして。

「は、華?」
「煩悩が勝ってます。こんな個室になんか連れ込むから」
「ちょっと待て、済まなかった、しかし人がいるところでこんな話できないだろう!?」
「かもしれないけど~」

 樹くんはおデコに手を当てた。

「友達じゃなかったのか」
「樹くんは私のこと友達だと思ってるの」
「いやそれは思ってない、思ってないが……頑張れ俺」
「頑張んなくていいのに」

 素直に陥落されちゃえばいいのに。
 私はやっぱり少し悪そうに笑って、樹くんの上着、白いジャージのファスナーを掴む。

「華?」

 戸惑う樹くんは無視。
 私はにこりと微笑んだ。
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