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【高校編】分岐・鹿王院樹

ちょっと待ってその子無実です(side大村)

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「なぁ見た? 新入生、可愛い子が入学してきてんの」

 クラスの男子が盛り上がって、わたしは少しため息をついた。

(あーあ、男子ってほんと)

 見た目だけよねー、なんて思う。
 入学式のあと、教室で午後の授業に備えながら(特クラだけこんな日でも授業あり、ちぇ)設楽さんとダラダラ雑誌を眺めていると、そんな声が聞こえてきた。

(可愛い子、ってあの子でしょ)

 なぜか校庭でひとりでコケてた子。たしかに可愛いと思う。でも相当ワザとらしい……、てか、ワザとだと思う。あんなゆっくりコケる? コケ方特殊すぎるでしょ。
 設楽さんはどうとも思っていないのか、「あ、この服可愛いね。着ないけど」なんて言って笑ってる。

「着ないの?」
「うーん、ちょっとガーリーすぎない?」
「え、似合うと思うけど」

 設楽さんはその少しばかり整いすぎた、初対面ではそのせいで冷たく見える綺麗な顔でにっこり笑って「趣味じゃないの」と首を振る。

「恐怖よ。恐怖。こんなの着たらダメな気がするの」
「なんに対する恐怖……?」
「ふふふ」

 秘密っぽく設楽さんは笑う。

「お手洗い行っておこうかな」

 立ち上がる。設楽さんはあんまり連れ立ってお手洗いとか行かないタイプなので、わたしはおとなしく手を振った。
 設楽さんが教室から出て、喋っていた男子がふと黙った。
 それから「でも、設楽さんで見慣れちゃってるからな、美形。騒ぐほどじゃねーな」とぽつりと呟いた。

「まぁな」
「まぁ設楽さん、中身は普通だけどな」
「てか抜けてるけどな」
「鹿王院も大変だよな」
「たしかに」

 あはは、とひと笑い。すぐに話題は別のものに移った。

(まぁ、同じクラスで見慣れちゃうとね)

 たまに鏡見て落ち込むけど、でもまぁ設楽さんは別次元だし気にしてたら友達やってらんない。

(……わたしもトイレいこ)

 立ち上がり、廊下に出る。少し早足で歩いたからか、ちょうどお手洗いの前で設楽さんと会った。ここまで来てバラバラも何なので、なんとなくまちあわせて、トイレを出た。

「特クラだけ授業とかやだよね」

 わたしの言葉に、苦笑いする設楽さん。ほかの教室は閑散としていた。スポクラは部活だろうけれど。

「まぁそうしないと授業数足りなくなるもんね」

 設楽さんがそう答えた時、「やっと見つけた設楽華っ」という声がした。

「?」

 わたしと設楽さんは振り向く。
 そこには、ゼエゼエと息をしている女の子。ちょうど階段のところで、手すりに寄りかかり肩で息をしている。

(あ、この子、さっきのワザとコケてた子)

 ふたり、きょとんとして見つめる。

「設楽さん、知り合い?」
「ええと?」

 設楽さんは思いっきり困惑していた。困惑というか、混乱というか、少し悲しげですらあった。

「ちゃんと邪魔しに来なさいよ!?」

 訳の分からないことを叫ぶと、やおらその女子は階段を降り始めた。そして踊り場まであと2段、といったところでーー叫んだ。

「キャァァァ!!!」
「!?」

 わたしと設楽さんは顔を見合わせる。なになに!? Gでも出た!?
 そしてその子は、階段から飛び降りた(2段だけど)。べちん! と不格好な音がして女の子は踊り場に転がる。受け身を取れたんだか取れてないんだか……。

「何かあったのか」

 背後から声がした。

「あ、黒田くん」

 設楽さんが少しホッとしたように黒田くんを見上げる。黒田くんは空手着(?)っていうのかな、それを着てたから部活中に何か用事があって抜けてきたのかもしれない。

「いや、その」
「なんかあの子が唐突に叫んでひとりで、てか自分から階段落ちしたの」

 なぜだか口ごもる設楽さんに代わって、わたしは説明した。

「え、階段?」
「2段だけだけど」
「? なんのために」
「知らないけど」

 あの子に聞いてよ、とあごでしゃくる。設楽さんは少し青い顔をしていた。
 黒田くんはそれを見て、軽く設楽さんの髪に触れるーー前から思ってたけど、黒田くんって設楽さん好きだよね。絶対。

「大丈夫か」
「え、あ、うん」

 少し呆然としてる。

「おい」

 黒田くんは階段へ向かう。

「なにしてんだ」
「そ、その人にっ!」

 女の子は叫んだ。

「その人に突き落とされたんです!」
「……誰だって?」

 黒田くんは振り向いた。わたしたち以外、誰もいない。

「その人です! その、姫カット……え、髪型違う? ショートボブ!? なんで!? っ、まぁいいわ、とにかくそこの先輩にっ」
「設楽か?」
「そう、設楽華!」
「嘘つけてめー、俺離れたところから見てたけど、悲鳴がした時点で設楽たち便所の前にいたじゃねぇか。どうやって階段から突き落とすんだよ」
「……、ほえ? え、あ、その人に命令された人に!」
「だから誰だよ。つかンなやつ見かけてねーよ」
「どうしたんすか!? え、桜澤さん、どうしたの?」

 下の階からも、生徒が様子を見に来た。男の子だ。そっとその子を抱き起す。

「か、階段から突き落とされたの!」

 桜澤、と呼ばれたその子はびしりとわたしたちをーー設楽さんを、指差す。

「え!?」

 きっ、とその男子は設楽さんを睨む。

「てめー、テキトーなことフカしてんなよ、設楽はしてねぇ」

 俺は見てた、と黒田くんは言うけれど、男子は「怪我はない? 桜澤さん」とその子の世話で精一杯のようだった。

「先生を呼ぼう」
「ううん、無理なの、先生もきっと話を聞いてくれないよ」

 うるうる、とワザとらしくその男子を見上げる桜澤。

「この先輩はね、学園長の親戚で、この学園で一番権力があるの……」
「なっ」

 男子は再び設楽さんをにらむ。設楽さんはぽかんとしていた。

「あ、そういえばそうだった」
「そうなの?」
「遠い親戚らしいよ」

 設楽さんは特にどうと言う感じもなく言った。少し落ち着いてきているみたいだ。

「とにかく保健室へ」

 男の子は桜澤をお姫様抱っこしようとしたのはいいものの、いまいち力が足りなかったのかフラつきながら階段を降りていった。

「……なんだったんだ」

 黒田くんがぽかん、として言って、設楽さんはおデコに手を当てた。

「あーもーやだーーーそっちのパターン!?」
「どっちのパターンだよ」

 黒田くんのツッコミには答えず、設楽さんは「転校したぁぁい」と叫んで、それから盛大にため息をついていた。
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