上 下
618 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹

暗い海(side樹)

しおりを挟む
 思ったより大きい音が出て、さすがの真さんもほんの少し眉をあげた。

「許さないと言ったはずです」
「なにが?」

 真さんは手を広げた。
 連絡すれば指定されたホテルのフレンチレストラン、その個室。
 窓の外には夜景。暗い海。時折揺れる光は、船のものか。
 ごん、と強く叩かれたテーブルで、グラスの水がゆらりと揺れた。

「華を傷つけたら許さないと」

 真さんは片眉をあげる。心外だといわんばかりに。

「だから手はさぁ」

 商売道具なんじゃないの、と真さん。無視して続ける。

「答えてください」
「あのさ」

 真さんは肩をすくめる。その仕草さえいちいち計算されたみたいに上品で、俺はイラつきを覚えた。

「僕、嘘なんかついてないよ」
「意図的に事実を誤認させれば、それは嘘と同じでは?」
「華チャンが勝手に誤解しただけだしなぁ」

 真さんは前菜を口に運ぶ。

「食べないの?」
「食べません」
「勿体な!」

 クスクスと真さんは子供のように笑った。

「まぁ……そうだね、確かにワザとだよ」
「なぜそんなことを」
「華チャンが好きだから」

 真さんは笑みを消して、かわりに眇めるように俺を見た。

「華チャンってさぁ、ひとりで思い詰めるタイプっぽかったから、自滅してくれたらなぁって思ってたけど、意外に芯が強かったね」
「……」

 黙って睨みつける俺に、真さんは苦笑した。

「わぁ怖い」
「もう華に近づかないと約束してください」
「それは無理?」

 真さんは微笑んで首を傾げた。

「自滅して精神状態ボロボロのところを拾って甘やかしてドロドロにして僕に依存させようと思ってたんだけど」

 俺は思わず眉を寄せた。

「下衆ですね」
「なんとでも?」

 あくまで飄々として真さんは言う。

「そうならなかったからなあ~」
「当たり前です」

 背中が少し、すうっとした。もし本当にそうなっていたら。

(ゾッとする)

 早く気付けて良かった……いや、気づかせてもらった。
 誤解とすれ違いーーいや、主に俺の怠慢のせいで、俺は華を失うかもしれなかったのだ。

「こうなったら、正々堂々と正面から華チャンに告白でもしますよ」
「奪われる気はありません」
「そのうち絆されてくれるかもだし~」

 余裕たっぷりに食事を続ける真さんを尻目に、俺は立ち上がる。

「俺が言いたいのはひとつだけです。もう華に近づかないでください。金輪際、一切」

 ふう、と俺は息をつく。
 言うことは言った。もうここに用事はない。

「え、帰るの」
「はい」
「残念~もうすこしおしゃべりしたかったのに!」
「俺はもう話すこともありませんから」

 そのままレストランを出る。地下駐車場に待たせていた車に乗り込んで、俺はしっかりと目を閉じる。
 酷く気持ちが荒ぶっていたから。
 帰宅すると、家は酷く静かだった。玄関で佇む。

(ああ、そういえば)

 祖母は食事会とかで、圭はどこだかの美術館の落成記念パーティーに招待されている。

(吉田さんは)

 お手伝いの吉田さんも、もう帰ったのか。

(……しまった)

 しまったも何もないのだが。単に、華と二人きりというだけで。

(別に初めてではないし)

 それに、祖母も圭も一晩いないわけではない。ちらりと時計に目をやる。午後8時。もう1、2時間もすればふたりとも帰宅するだろう。

(だが)

 酷く静かだ。華は?

「華」

 言いながら、家を奥に進む。華の部屋をノックするが返事はない。
 リビングにも、広間にも、姿はない。

(どこかへ行っているのか?)

 一瞬そう思って、それはないと否定する。華は車無しで夜に外出なんてできないし、運転手は今日は帰した佐賀以外はもうひとり。しかし、祖母と圭の送迎で手一杯だろうと思う。

(だとすればタクシーだが)

 ふと不安になる。

(真さん)

 何かしたのか? まさか。さっきまで一緒にいたのだしーー。
 ぐるぐる考えながら自室のドアを開けると、自分のベッドに華が寝ていた。すうすうと。
 がくりと力が抜ける。

(何をしているんだ)

 こんなところで、ぐっすり眠って。
 窓から入る仄かな青白い月光に照らされて、華はまるで人形のように眠っていた。

「華」

 そっと声をかける。起きる気配はない。

「華」

 もういちど、優しく呼ぶ。そっとそのこめかみに唇を落とす。

(愛しい)

 頭を撫でる。
 さっきまでの荒ぶった気持ちが、すうっと月光に溶けるように消えていった。

「……んー」

 長い睫毛が、ほんの少し震えて、それからやがてぱちりと開いた。

「華」
「あれ、樹くん、おかえり。私、寝ちゃって」
「そのようだな」

 俺は立ち上がり、照明を点ける。

「どうしてここで寝ていたんだ?」
「えーと」

 華はすこし、決まりが悪そうに目線を逸らした。

「……どうした」
「ううん、えっとね、その」

 ほんの少しの、上目遣い。

「さみしくなっちゃって」
「寂しい?」

 俺は問い返した。ついさっきまで学校で一緒にいた。家まで送り届けて、それから俺は真さんのところへ向かったけれど。

「うん。寂しい」

 華は俺の服の裾を握った。

「一瞬でも離れてるの、寂しい」
「……お前は」

 華を抱きしめる。細い体。たおやかな曲線。

「昨日まで大丈夫だっただろう」
「うん、でも」

 華は俺を見上げる。俺の手をとり、自分の頬に当てた。

「樹くんも好きでいてくれてる、なんて分かったのに、それなのに……離れてるなんて辛すぎるの」
「……友達じゃなかったのか」

 からかうように言う。

「もう」

 華は頬を染めた。

「そうだよ? 友達だけど、特別な友達だから離れたくないんじゃん」
「めちゃくちゃだなぁ、華は」

 俺がそういうと、華は少しむっとした顔をして俺の胸に顔を埋めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

転生令嬢は覆面ズをゆく

唄宮 和泉
ファンタジー
女子高生である九条皐月は、トラックにはねられて意識を失っい、気づけば伯爵令嬢に転成していた。なんだかんだとその世界でフェーリエとして生きていく覚悟を決めた皐月。十六歳になったある日、冒険者デビューを果たしたフェーリエは謎の剣士ユースに出会う。ひょんな事からその剣士とパーティーを組むことになり、周りに決められたパーティー名は『覆面ズ』。やや名前に不満はあるものの、フェーリエはユースとともに冒険を開始した。 世界が見たいフェーリエと、目的があって冒険者をするユース。そんな覆面ズの話。 ※不定期更新 書けたらその都度投稿します

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

日乃本 義(ひのもと ただし)に手を出すな ―第二皇子の婚約者選定会―

ういの
BL
日乃本帝国。日本によく似たこの国には爵位制度があり、同性婚が認められている。 ある日、片田舎の男爵華族・柊(ひいらぎ)家は、一通の手紙が原因で揉めに揉めていた。 それは、間もなく成人を迎える第二皇子・日乃本 義(ひのもと ただし)の、婚約者選定に係る招待状だった。 参加資格は十五歳から十九歳までの健康な子女、一名。 日乃本家で最も才貌両全と名高い第二皇子からのプラチナチケットを前に、十七歳の長女・木綿子(ゆうこ)は哀しみに暮れていた。木綿子には、幼い頃から恋い慕う、平民の想い人が居た。 「子女の『子』は、息子って意味だろ。ならば、俺が行っても問題ないよな?」 常識的に考えて、木綿子に宛てられたその招待状を片手に声を挙げたのは、彼女の心情を慮った十九歳の次男・柾彦(まさひこ)だった。 現代日本風ローファンタジーです。 ※9/17 少し改題&完結致しました。 当初の予定通り3万字程度で終われました。 ※ 小説初心者です。設定ふわふわですが、細かい事は気にせずお読み頂けるとうれしいです。 ※続きの構想はありますが、漫画の読み切りみたいな感じで短めに終わる予定です。 ※ハート、お気に入り登録ありがとうございます。誤字脱字、感想等ございましたらぜひコメント頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

鑑定の結果、適職の欄に「魔王」がありましたが興味ないので美味しい料理を出す宿屋のオヤジを目指します

厘/りん
ファンタジー
 王都から離れた辺境の村で生まれ育った、マオ。15歳になった子供達は適正職業の鑑定をすることが義務付けられている。 村の教会で鑑定をしたら、料理人•宿屋の主人•魔王とあった。…魔王!?  しかも前世を思い出したら、異世界転生していた。 転生1回目は失敗したので、次はのんびり平凡に暮らし、お金を貯めて美味しい料理を出す宿屋のオヤジになると決意した、マオのちょっとおかしな物語。 ※世界は滅ぼしません ☆第17回ファンタジー小説大賞 参加中 ☆2024/9/16  HOT男性向け 1位 ファンタジー 2位  ありがとう御座います。        

婚約破棄がお望みならどうぞ。

和泉 凪紗
恋愛
 公爵令嬢のエステラは産まれた時から王太子の婚約者。貴族令嬢の義務として婚約と結婚を受け入れてはいるが、婚約者に対して特別な想いはない。  エステラの婚約者であるレオンには最近お気に入りの女生徒がいるらしい。エステラは結婚するまではご自由に、と思い放置していた。そんなある日、レオンは婚約破棄と学園の追放をエステラに命じる。  婚約破棄がお望みならどうぞ。わたくしは大歓迎です。

処理中です...