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【高校編】分岐・鹿王院樹

入学式

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 ちらちらと舞う桜の中を、新入生が歩いていく。

「……設楽さん、なにしてるの?」
「ちょっとね」

 教室の窓から双眼鏡で新入生を眺める私を、大村さんが訝しげな目でみていた。

「あ、いた」
「誰が? なにが?」
「ちょっとね!」

 私は笑って振り向いた。

(うん、怪しいよね~)

 でも気になるんだもん! ヒロインちゃん!
 ゲームの通り、なんだか小動物のような女の子だった。不安なのだろうか、きょろきょろしている。
 双眼鏡が必要ないくらいまでの距離になる。大村さんも訝し気な雰囲気のまま、私と並んで新入生を見つめていた。
 あ、ヒロインちゃん、こけた!
 しばらくこけたまんま。
 周りも心配気にみてる。

(……え、大丈夫?)

 さすがに心配になった頃、彼女はようやく起き上がった。真っ赤になってる。
 その子を遠巻きにして、生徒が歩いていく。中にド金髪がいて、私は目を疑った。金髪?
 私は首を傾げつつも、またヒロインちゃんに目をやる。きょろきょろと周りを見渡していた。

(わかるー、ひとりでコケると恥ずかしいよね)

 友達といると気まずさ半減なんだけど。

「うわ、あの子、わざとらし」
「え?」

 横で見ていた大村さんが軽く眉をひそめた。

「なんでか分かんないけど、わざとコケたよね?」
「え、そうなの?」

 気づかなかった。

「設楽さんぽけーっとしてるもんね」
「いや、ぽけーっとは」

 してない、と思うんですけどね?

「まぁその辺は鹿王院くんがしっかりしてるから大丈夫か……ねぇ、いちいち赤くならないで」
「え、嘘、ごめん」
「もー、らぶらぶで羨まし!」

 大村さんはぷうと口を尖らせた。

「試合、出れてるの?」
「あ、うん。ひと試合、スタメンだって」
「すごくないそれ!? 他の選手、プロでしょ?」
「だ、だよね」

 良く分からないんだけど、そのはずだ。時差があるから、今は夜中で寝てるだろうけれど。

「テレビ買ったんだあ……」
「テレビ?」

 不思議そうな大村さん。

「今までね、私のおばぁちゃんの教育方針で、私、テレビ観たことなかったの」
「……うっそ」
「小中の修学旅行でなら、ある」
「まじで」
「でもね、今回の遠征、テレビ中継があるらしいの」

 BSだけど!
 テレビに樹くん映る!

「拝み倒して買っちゃった」
「ほえー」

 大村さんは少し驚いたように笑った。

「わたしも見るよ、起きてたら」
「私、眠れそうにないよ……!」

 活躍できますようにとか、色々思うけど、一番は怪我なく帰ってきて欲しい。

「華ー!」

 元気な声がして、振り向く。
 教室の扉のところには、アキラくんが立っていた。

「え、あれ? アキラくん。どうしたの」

 私は驚いてアキラくんを見つめた。

「ついに校舎一緒やー! って華見に来てん」
「見に来るのは……いい、んだけど」

 私は呆然としてしまう。
 その、髪色。ゲームの通り、といえばゲーム通り、なんだけど。

「あ、これ? いいやろ金髪きんぱ
「……今年度から風紀委員になった私への挑戦でしょうか山ノ内くん」
「え、うそ、ほんま!? うわー」

 アキラくんは可愛らしく笑って、手を合わせて首を傾げた。思わずくらりとしてしまうような、その甘い笑顔。

「見逃して」
「だーめーでーす!」
「なんでや、校則違反ちゃうやん!」
「む」

 そうなのだ。校則違反、ではない。男子は。
 男子校と女子校、それぞれの校則がそのままで合併したせいで、男子の規律と女子の規律がちぐはぐなままなのだ。
 自由を重んじる男子の校則と、(今時!)良妻賢母、淑女教育の方針を捨てようとしない女子の校則と。

(改革案は時折出るらしいけど、)

 OG会の反対で、毎回ぽしゃるとかなんとか。
 何せ、染髪どころかポニーテール、お団子が禁止なのだ。いわく、「うなじを見せるのははしたない」。

(これ決めたオッサンがうなじフェチだっただけじゃないの!?)

 うなじ、やらしくない。絶対。
 ところで一方、この学校は良家のおぼっちゃまお嬢様が揃ってるということで、男子の方でも派手な染髪なんかは例年、いない。基本的に。

「キミのようなやんちゃくんを除いて! アキラくん!」
「なんでやー、監督はええ言うたんやぁ」
「監督っ」

 甘い!

「結果出すならええ言われた」
「バスケ部的にはそうかもだけど」

 私は両手を腰にあてて、ふん! と鼻息荒く「風紀委員会的にはアウトです!」とびしりと指差した。

「えー」
「校則違反ではないから、罰則こそないけれど」

 私はじとりとアキラくんを睨む。

「明らかな染髪は! 元に戻すようしーつーこーくー、指導することになってます」

 風紀委員会マニュアル(分厚い)によると、そうだ。覚えなきゃなの、すっごい怠いんだけど。

「ほんま? 華が指導してくれんの」
「? うん」
「それやったら、しばらくこのままでおろうかな」
「なんでっ!?」

 幼馴染(?)の顔を立てて染め直してくれるとかじゃないのか!

「だってそのほうが華とからめるやん」
「そんなの無くたって、話しかけたりしてよ」
「ほんま? ええの?」

 嬉しそうなアキラくん。わんこみたい……で、思い出した。
 あのヒロインちゃんコケたの、アキラくんとの出会いイベント!

「いいけど……あ、ねぇ、さっきコケてる子見た? 小動物みたいな」
「あ、おった」
「起こしてあげなかったの?」
「え、だってアレなんや知らんけどな、ワザとやで? えらい不自然なコケかた」

 アキラくんは不思議そうに私を見る。

「なんや目的あってコケたんやろうし、邪魔すんのもアレやなって……いった、いたたた」
「てめーなんだよその髪は」

 黒田くんだ。アキラくんの耳をひっぱっている。

「なんや健クンおったんかい」
「いるよ、教室まで声届いてたぞお前ら」
「はっはっは」

 私は眉間をおさえた。つい大声になっていたらしい。

「つかてめー、入学式だろうが。さっさと講堂行けよ。在校生として迎えてやるから」
「なんやその上から目線ー」

 ぷうぷうと言いながら、アキラくんは扉から離れる。

「あ、華」
「なぁに?」
「ばーん」

 指で作った銃で撃たれた。

「え、あ、ごめんこれうぎゃー! とか言わなきゃなやつ?」

 テレビで見た。関西人はよく倒れてるやつ。

「や、ええねん、単に」

 アキラくんは少し不敵に笑う。

「こっから俺本気出すしな? っていう宣言」
「なんの本気」

 半目でアキラくんを見る。

「それより髪ー」
「はっは、またな、華」

 アキラくんは廊下をさくさくと歩いていく。
 それを黒田くんと見つめながら「あの髪どうしよ」と呟いた。

「俺が押さえつけてやるから、その隙に黒く染め直せ」
「……バイオレンス!」

 私は笑って肩をすくめた。

「ま、なにが悪いのか良くわかんないんだけど」
「そうなのか」
「別に悪くなくない? 染めたって」
「……まぁ」

 俺はチャラチャラしてて好きじゃねえけどな、と黒田くん。
 どうなるんだろ、と私は思う。
 シナリオ通り、アキラくんは派手な金髪だけど、ヒロインちゃんとの出会いイベントはなかった。
 樹くんとの出会いイベントは、そもそも発生しようがない。学園どころか、いま国内にすらいないのだ。

(あとは、圭くんとトージ先生だけど)

 圭くんはともかく、トージ先生は女子生徒は無視するだろう。三次元女子に興味がない人だから。
 窓の外の桜を眺める。

(どうか平穏無事に過ごせますように)
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