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【高校編】分岐・山ノ内瑛

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 図書館の、ひんやりとした地下一階。閉架書庫の片隅、大きな閲覧机に、私とアキラくんが並んで、向かいに松井さんが座る。
 念のため周りは確認したけど、少なくとも近くには誰もいなかった。それでも一応、小声で話す。
 私はざっと、私たちのことを説明する。記憶がなくて入院してたとか、そういうめんどくさいことは伏せて。

「そんなわけで、交際に反対されてまして」
「バレたらたぶん、華どっか転校やで。下手したら外国とか」

 ひゃあ、と私は思わず言う。外国……! アキラくんと離れるのも嫌だけど、外国暮らしなんか無理だ。3日でホームシックになりそう……。

「気づかなかったよ。てっきり犬猿の仲かと……、髪で怒ってるのはカモフラージュ?」
「それはガチ」

 私は低く言う。ジト目だ。

「髪は染め直してほしい。ほかの生徒の規律にも影響する」
「せやからなぁ、華。校則にやな」
「ふふ、仲良しなんだね」

 言われて私たちは顔を見合わせる。アキラくんが笑って、私は「笑っても誤魔化されないよ!?」と頬を膨らませた。アキラくんは片手でそれを潰す。むう。

「てなわけでやな、松井さん。俺らのこと黙っててな?」

 軽く首を傾げて、松井さんに悪戯っぽく言うアキラくんの言葉に、私はハッとした。

(あ、そうか)

 これで、イーブンなんだ。
 松井さんの心理的負担としては。

(私たちも、松井さんも、お互いにお互いの秘密を知ってる)

 ちょっとは気楽になるんじゃないかなぁ。
 松井さんも気づいたのか「ありがと、気を使ってくれて」と泣き笑いで言った。

「優しいね、設楽さんの彼氏」
「でっしょう」

 うふふ、と私はにやける。

(カッコいいんです、私の彼氏)

「あたしの彼とは……大違い」
「松井さん」

 悲しげに伏せられた瞳に、私は思わず彼女の手を取る。

「何が出来るかわかんないけど、……もし、話して楽になるなら話して欲しい」

 きっと、聞くしかできないけれど。
 私たち弱味握られてるんだから、誰にも話せないよ、なんて少しおちゃらけて言うと、松井さんはほんの少し、柔らかく笑った。

「あのね、彼……彼って言っていいのかな。付き合ってるかも微妙なんだけど」

 言いにくそうに、松井さんは言う。

「あたしの父親、そんなに大きくない専門商社を経営してて」
「うん」
「でね、その大口の取引先の社長の息子さんが、同じ学校にいるんだけど」

 同じ学校、っていう言い方が少し気になった。クラスの人ではなさそうで、ちょっとだけ、安心する。

「そもそもは、あたしから告白したの。元々好きで、それで。でもハッキリした答えはなかったんだけど、デートもしてくれたし、キス、とかも。だから……その」

 松井さんはほんの少し口ごもる。

「そういうこと、とかも」
「うん」
「あ、もし俺おらんほうが話しやすいんやったら席外すけど」

 アキラくんが軽く手を上げて言う。
 松井さんは首を振った。

「ううん、……その、差し支えなければ、男子の意見も聞きたいから」
「分かった」

 アキラくんが頷いて、松井さんは続けた。

「最初は避妊してくれてたの。でも、段々と……」

(ひどい!)

 私の中でモヤモヤが大きくなる。なんてヤツだ!

「それで、一度喧嘩になったの。その時に、彼が……『お前の父親の仕事がどうなってもいいのか』って」

 そう言われたら、あたし、何も言えなくて、と松井さんは震えた。

「松井さん……」
「それで、……梅雨明けくらいかな。生理来てないって気づいて、それからしばらくしてほんと、体調崩して。夏バテかなって思ってたんだけど、今月も生理来なくて」

 それで調べたんだけど、と松井さんはうなだれた。

「どうしたらいいか、わからない……」
「とりあえず、病院へ行ってみないと分からないよ」
「……親になんて言うの」

 ぽろり、とまた松井さんの瞳から涙が。

「私、付いていく」
「設楽さん?」
「一緒に言うから、大丈夫」

 産むのかどうか、それは松井さんが決めることだけれど、それにしたって一人では心細いと思う。

「でも、とりあえずはその彼氏……? に言うべきじゃない、かな」

 松井さんの話の感じからして、まともに取り合ってもらえるか、正直、微妙すぎる予感がするけど。
 私の残念な前世、セカンド彼女経験から言ってそう言う言動のオトコは大概クソ野郎だ。

「そ、だよね」

 松井さんは頷く。

「ねぇ山ノ内くん、いきなりそんなこと言われたらどう思う? 男子として」
「そんなん避妊してへんのやから、それくらい予想しとかなあかんやん、とは、思うけど……、想像つかへんな」

 すまん、ガキなもんで、とアキラくんは正直そうに言う。

「でももし、華に俺の赤ちゃんできたら、俺全世界に土下座してでもなんとか産んでもらう。めっちゃ周りに迷惑かけるやろうけど、絶対後で恩でも金でも返すから産ませてくれって言う」

 それから「せやけど」と続けた。

「まだ俺ガキやし、責任取られへん。夢あるし、その夢は華に横におってもらって叶えたい夢やから、無責任なことはできへん。……ってすまん、あんま答えになっとらへんな」

 松井さんは静かにその言葉を聞いて、やっぱり静かに笑った。

「設楽さんは、すてきな人を選んだね」

 私は俯いた。嬉しくて胸がぎゅっとなるけど、同じくらい、今の松井さんの気持ちを考えて辛くなってる。

(松井さんは、彼氏が産んでくれなんて、そんなこと言ってくれるなんて考えてない)

 きっと悲しい想像をしていて、そしておそらくその想像は当たってしまうのだろうと私は思った。
 そしてその想像はやっぱり当たったのだった。
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