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分岐・鍋島真

赤面(side真)

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「あは、すみませんご心配おかけしちゃって」

 案外、意外にも――いや、「想定通り」かもしれない。華は普通に会ってくれた。さすがに学校は休んだらしいけれど。

(やっぱりね)

 恕すと、思っていたんだ。君は。

「これ」
「わ。お見舞いですか? ありがとうございます」

 華は嬉しそうに花束と焼き菓子の詰め合わせを受け取ってくれた。

「あ、でも足、大したことなくて、寝たらもう全然ピンピンしてて」
「ねえ」
「はい?」

 あいつら、どうしてほしい?
 そう聞こうとして、辞めた。きっと、君は「学校の処分にお任せします」とか「私よりひよりちゃんの方がひどい目に」とかいうんだろうと、そう簡単に予想できたから。

(じゃあその辺は勝手に僕に任せてもらおうっと)

 そう勝手に決める。

(何が悪い)

 僕の大事なものを傷つけて、いつも通りの明日を迎えられると思うなよ?
 クソガキども。

「ねえ、京都行こうか」
「は」
「言ってたでしょ。模試の結果、よかったらご褒美だって」

 僕は一枚の紙をピラリと華に渡した。

「うっそでしょ」
「さあ行こう、今行こう、よし京都行こう」
「うわわわわ想定外です」
「紅葉が見ごろなんじゃない」
「はー」

 華は観念したように、僕を見て弱弱しく笑った。

「しょーがないですねえ、約束でしたからねえ」

 やっぱり年上の瞳でそう言って「着替えてきます」とリビングを出て行った。
 入れ違いのように敦子さんが入ってくるので「お孫さんちょっとお預かりしますよ」と告げた。

「どこへ?」
「京都です。夜までには帰りますから」
「まあ」

 敦子さんは少し驚いたように僕を見て、それから申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんなさいね、気を遣わせて。気分転換に、ってことでしょ」

 なんていうか、普段の僕の評判が大変よろしくて良かったなあと僕は思う。

(品行方正で人当たりがいい、文武両道のお坊ちゃん)

 虚飾の僕。笑えちゃうよね。

(てか、多分敦子さんは千晶も一緒だと思ってるよなあ)

 多分。あえて訂正はしないけれど。

「それにしても京都? 遠いわね。なんでわざわざ」
「約束していたんです、模試の結果が良かったら京都限定のロールケーキを買いに行くと」
「あら、あのこったら、そんな我儘を」
「違うの敦子さん、本気にされると思っていなかったんだって」

 ちょうどリビングに戻ってきた華が口をとがらせる。
 シンプルな、ざっくりとしたセーターにデニム。伊達メガネまで。少し大人っぽい服装だから、二人で歩いていてもそこまで年の差は感じられないんじゃないかな。そこまで気を使ってくれた?
 考えすぎかな。

 新幹線の中で、華はすぐに眠った。

(寝ていなかったのかな)

 なんとなくそう思う。伊達メガネも、クマ隠しかもしれない。肌の色が白いから、少し目立つ。
 そのたおやかな手をそっと握った。
 ネイルもしてない。この子は飾り気のない子だから。
 僕が「いろいろ」遊んできた女の子、あるいは女の人とは随分違う気がする。
 結局京都まで華はまさしく「ぐーすか」と眠った。あは、よだれなんか垂らして。

(まったく、かわいい)

 そう思ってしまった自分にぎょっとする。
 いちいち驚いてしまう。いまだに。華の前だと、僕が僕らしくないことに。
 四つも年下の女の子に、翻弄されまくる毎日。なのに僕はそれが心地よくて、暖かくて、そう、幸せだと思ってしまう。

(教えて)

 僕は願う。
 こいねがう。

(教えてほしい)

 愛とは何なのか。君に教えてほしい。
 君以外だったら嫌だ。
 君にしかできない。
 だから、もし、君がほかの誰かのものになってしまったならば、その時は僕はきっと世界をメチャクチャのボロボロにしてやろうと思う。

 京都駅はひどい人ごみだった。

「この時期、鎌倉もアレですけど、京都はもっとひどいですねえ」
「ね、人しかいないね」

 僕はするりと華の手を握るけど、華は抵抗しなかった。

「あのさ」
「はい?」
「嫌なら、嫌って言って」
「え、何がですか」

 華はじとりと僕を見る。

「嫌って言って、やめてくれる人じゃないじゃないですか」
「いや普段は絶対無視するけどさ」
「ほらー」
「違うじゃん、今日は」
「?」
「千晶に聞いたよ。昨日、あったこと」

 ぼんやりとだけど。

「あー」

 華はバツが悪そうに頭をかいた。

「聞いちゃいました?」
「無理やり連れて来ておいて、なんだけどさ」

 僕は手の力を緩めた。

「嫌なら、つながないでおく」

 今日だけはね、と少し微笑んで華を見ると、華の手に力が入った。

(おや想定外)

 昨日みたいな嫌悪感がないにしても、これ幸いと手を離されるだろうと予想していたのだけれど。

「迷っちゃうじゃないですか、こんなにヒトいるのに」
「そ、だね」

 僕はできるだけクールぶって答える。こんなことなんでもないんだって顔で。

(うわあどうしよう)

 手にまで変な汗かきそうでヤバイ。頬が赤いのには気づかれてない? どうだろう。

「いこうか」

 ごまかすように、ぐいっとその手をひく。

「ケーキ屋さん?」
「その前に観光。ロールケーキはね、君が変な顔を僕と乗客と乗務員と移動販売のオネーサンにさらして爆睡している間に予約しといたから、安心して」
「変な顔って! いえ寝ていたのは謝りますけどね!?」
「たくさん写真撮った」
「ウッソこの外道、消してください、この、消せ」

 鬼畜、千晶ちゃんに言いつける、なんて言って華がぽかすか肩を叩くけど全然痛くない。
 握った手がひたすら暖かい。
 希望って、固く握ったこの手のことだって、僕は京都タワーを眺めながら確信してる。
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