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【高校編】分岐・鹿王院樹

早口言葉

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 夕食後、樹くんが部屋に来た。

「これ、華好きだろうか」
「わ、新発売のやつ!」

 嬉しくて、思わず飛び跳ねそうになる。危ない危ない、大人ですよ私は……!
 とはいえ、にまにま笑いは自重できずお菓子に手を伸ばすと、ひょいっとそれを高く上げられた。

「樹くん?」
「いや、なんとなく」

 30センチくらい身長差があるのに、手まで伸ばされてそうされたので、届くべくもない。

「すまん」

 樹くんは苦笑いしながら、お菓子を持った手を下ろして、私が受け取ろうとしたらまたすぐにその手を上げた。

「もー!」
「いや、すまん、つい面白くて」

 樹くんってこんなに意地悪だったかな!?
 私が少し怒った顔をすると「可愛いから意地悪したくなる」とお菓子を渡しながら言った。

(か、可愛い)

 頬が赤くなるけど、ぷいっと顔をそらす。

「今更お世辞言ったってダメなんです~」
「世辞ではないのだがな」

 樹くんは私の頭を撫で回した。むう、ご機嫌取ろうとして……まぁすでに回復してる。可愛いなんて言われたら急回復だ。もう。惚れた弱みです。

 翌朝学校へ行くと靴箱が荒らされていた。

「……ワァオ」

 こんな古典的な嫌がらせに遭うとは。
 生ゴミまみれのスリッパ。

「え、設楽さん!? なにこれ、大丈夫?」

 登校してきた大村さんに、後ろから声をかけられた。

「あ、おはよう大村さん」
「いやそんな冷静に」

 突っ込まれつつ、私は首をひねる。私、何かしたでしょうか。
 生ゴミ。魚の骨とかまである。野菜クズとか、肉片とか、ぐちゃぐちゃのラップとか……、これ普通に家庭の生ゴミだよね?

(わざわざ持ってきたのか……)

 どこの誰かは知らないけれど。

(ご苦労様というか、なんというか)

 少しぼうっとそれを見遣る。

(……、あれ)

 私はひとつ気づいて、うふふと笑った。大村さんが不思議そうにみてくる。

「ほら、これお米でこっち卵の殻あるよ。生ゴミ生米生卵だよ」
「卵はカラだけど……設楽さんそれどころじゃないよ。うわー、ひどっ。なんでこんな、」
「なんでしょね」

 私は早々にスリッパを諦めた。仁に言って、職員室の借りよーっと。

「ついて行くよ」

 大村さんは心配して付いてきてくれている。

「……なんか割と平気そう?」
「うん、まぁ」

 大人なので、まぁびっくりしたけど、思春期女子ほどの衝撃はないのです。典型的ですな! 初めて見た! とは思ったけれど。
 職員室に行く途中で、なぜか慌てた様子の仁に行きあう。

「おい、大丈夫か」

 仁に開口一番そう言われて、私は首をひねった。誰かに聞いたかな?

「うん、じゃない、はい。ええと、スリッパとか」
「一応一式」

 仁が持っていたビニール袋に、スリッパと清掃道具か入っていた。お礼を言って、とりあえずスリッパを履く。

「……こっちでも調べとくわ、すまん」

 こっそりそう言われる。別に仁の責任者とかじゃないのにね? 担任だとその辺気になるのかな。
 仁も手伝ってくれるみたいで、付いてきてくれた。
 靴箱に戻ると、人だかりができていた。私が近づくと、アリの子を散らすようにさぁっと人がはけていった。

(野次馬めぇ)

 手伝うとかないのかしら、なんて思っていると、1人残っていた。ていうか、黒田くんが立っていた。ジャージ姿だ。

「おい、なんだこりゃ」
「知らないようー」

 そう返事をすると、片眉を上げて「手伝うわ」と言ってくれた。

「今日、朝練は?」
「武道場が点検で、今日は外周だったんだよ。戻ってきたらなんかざわついてたから」

 見にきたらこうだ、と少し怒った口調で言う。

「心当たりねぇの」
「ないよー……」
「お前妬まれてるからな」
「な、なにそれ?」
「……気にすんな、なんかあったら言え」

 淡々と言われる。私は首を傾げた。
 黒田くんと仁と大村さんに手伝ってもらって、靴箱はとりあえず綺麗になった。
 登校してくる色んな人にジロジロ見られるけど、教師である仁がいるからか、誰も声をかけてこない。

(うう、結構におう)

 改めて、ほんと、よくこんなもの持ち運んだなあと思う。
 生ゴミまみれのスリッパは諦めることにした。なんか、よく分からない汁とか染み付いてるし、うん。

「清掃の人に言っておくわ、アルコールで拭くくらい、してくれると思うから」

 仁は軽くため息をつきながら言った。この学校、生徒じゃないんだよね、掃除。清掃会社の人が毎日来てるのだ。靴箱も毎日キレイにしてくれている。

(まったく、清掃のヒトのお仕事増やしてくれちゃって!)

 社会人は忙しいんだぞ。

「……悪いから自分で、」

 と言いかけたところに、清掃会社の人が駆けつけてきた。優しそうな中年の女性。

「すみません、一足遅かったですね」

 そこそこキレイになった靴箱を見て、そう言ってくれた。

「いえ、そんな」
「あとはやっておきますよ」
「でも」
「ついでですから」

 にこり、と笑われて、私は「お願いします」と頭を下げた。

「お仕事増やしちゃって」
「大丈夫ですよ、それより」

 その人は、私がショックを受けていると思ったのか(まぁそりゃ靴箱に生ゴミ突っ込まれればねぇ)少し気遣うような視線になる。

「あ、大丈夫です、全然」

 にこりと微笑むと、女性も微笑み返してくれた。
 ちょうど予鈴がなる。

「大村さん、黒田くん、ごめんね、付き合わせて。先生もありがとう」

 仁は少し笑ってうなずく。

「いいよ、そんなの」

 大村さんは手を横に振ってくれた。

「あんなの放っとく方が気になるし」
「でも、かなり汚かったし。ほんとに助かりました……って、黒田くん、着替える暇ないんじゃ」

 ごめん! と手を合わせた。

「スポクラその辺甘いから大丈夫だ、1限前に着替えるから」

 黒田くんはにやりと笑って肩をすくめてくれる。
 1時間目が終わってすぐ、教室の扉が勢いよく開かれた。

「あれ、樹くん」
「華」

 迷いなく教室に入り込んでくる樹くん。ヒトのクラスって、入りにくかったりするんだけどなぁ。

「大丈夫か」
「なにが?」

 きょとん、と見上げると「靴箱が」と端的に言われる。

「ああ、あれ?」
「人伝てに聞いて」

 結構人が通ってたからなぁ。噂になっちゃったかな。

「大丈夫だよ、スリッパ借りたし、靴箱も一応きれいだし、清掃の人が改めて掃除してくれて」
「……今日中に謝りに来させる」
「え、」

 樹くんは心当たりあるのかな。
 少し心がざわついた。
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