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【高校編】分岐・鹿王院樹

睨む許婚(side樹)

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「あいつらまた来てるぜ鹿王院」

 同じクラスの岡村が言った。高等部からの入学組、体操で日本どころか世界でもトップクラスの選手。最近話すが割と気があう。他校にいる彼女のノロケ話には辟易しているが……まぁそう言ったら「お前もな」と返された。俺は惚気ているつもりはないのだが。

「懲りねぇなあ」
「変わっているんだ、あいつらは」

 俺は教室のドアからチラチラとこちらを覗きこむその三人組の視線を無視しながら言った。

「なんだか知らんが、中等部の時からやたらと俺と華の関係に口を出したがる」
「……なんだか知らんって言われちゃってて、カワイソーっちゃカワイソーだけど、まぁなぁ」

 岡村はチラリとそいつらに目をやりつつ言った。

「ほら、華さんの噂」
「噂?」
「ワガママだの性格キツイだの」
「……そんな噂があるのか」
「まぁ、一部でな」

 岡村は口を濁した。

「その噂も、あいつらが流したらしい、って女子たちが」
「それも噂だろう」

 華の噂に関しては業腹だが、何事も決めつけは良くない、と思う。

(華の耳に入ってないといいが)

 あまり気にするタイプではない、とは思うが。

「まぁな。でもまぁ、やりかねんと思うぞ」
「……む」

 それは確かに、だ。

「鹿王院くーん」

 三人組の、リーダー格の女子が俺を呼ぶ。中等部からの入学組で、高等部では「青百合組」と呼ばれる内部進学生が中心のクラスにいるはずだ。
 特に親しくしたつもりはないのだが、……本人たちは俺と「一番仲の良い女子」を自称しているらしいので困る。なんなんだそれは、なんの自慢になるんだ。本当にコイツらは良くわからない。

「呼ばれてるぞ」
「……」

 俺はひとつ、ため息をついて立ち上がった。しぶしぶ扉へ向かう。

「……なんだ」
「スポクラってね、授業の進度とか遅かったり問題も基礎しかしなかったりするでしょお?」

 その話題で、なぜ上目遣いをする。なぜ声がワントーン高い。

(分からん)

 あまり、なんというか、そういう態度は生理的に受け付けない。だからあまり俺に触れないで欲しい。

(普通にしてくれたらいいのに)

 リーダー格の女子はさりげなさを装いながら、俺のブレザーの裾を握っていた。握る必要性はどこに……?
 後ずさりしそうになりながら「まぁ」と答える。

「だからねぇ、ノートとか見るかなって。スポクラの授業だと、定期テストとか、不利でしょお?」
「ね」
「わたしたち、まとめたの」

(……勝手に?)

 と言いそうになって少し口をつぐむ。親切でしてくれたことに対して、それは失礼だと思ったからだ。

(けれど)

 俺は少し迷って、それから口を開いた。

「ノートに関しては、気持ちは有り難いが、家庭教師がいるから問題ない」

 家庭教師とは、まぁ、華なのだが。

(昔は俺が教えていたのに)

 いつの間にやら立場が逆転している。

「でもお」

 女子の1人がそう言った時、ふと視線に気づく。

(最悪だ)

 華がノートを持って立っていた。不思議そうに、俺と女子たちを眺める。リーダー格の女子は、俺のブレザーを握ったまま。

「華」

 少し焦って声をかけた。華はにこりと笑う。

「お話中にごめんね。これ、頼まれてたノート」

 はい、と華は俺にノートを渡す。

「次の授業で使うかなと思って」
「すまん、助かった」

 お礼を言いつつ、女子たちから距離を取る。さすがにブレザーを掴む手も離れた。

「じゃあね」

 華はいつも通りに手を振って踵を返す。しかし、さすがに気づく。

(…….完全に拗ねている目だったぞあれは)

 俺は女子たちを責めたい気持ちをなんとか抑える。

「……その」

 俺はなんとか平静を装って声を出した。

「あまり、服を持たれたり、腕に触られたりするのは苦手なんだ」

 控えてもらうと助かる、と言うと、女子たちは顔を見合わせて「設楽さんに遠慮してるから?」と言ってきた。

「遠慮?」
「あの子に怒られるから?」
「バカな」

 俺はふと笑った。

「俺が華に嫌な思いをさせたくないだけだ」

 女子たちは、一瞬押し黙った。
 ちょうどいいタイミングで、予鈴が鳴る。

「そろそろ教室に戻らないと間に合わないのではないか?」

 俺がそう声をかけると、女子たちはめいめいに頷いて、また三人揃って廊下を歩いて行った。青百合組は校舎が違うので、少し遠いのだ。
 ふう、と息を吐き出す。
 席に戻ると、岡村に「おつかれ」と労われた。

「修羅場るかと思ったわ~」
「どうしてそうなるんだ」

 答えつつ、俺は華に対してどうフォローすべきかを考えていた。

(フォローもなにも)

 後ろ暗いことは一切ないのだが、……しかしヤキモチをやかれるのは少し嬉しい。嬉しいが良くない。華は嫌な気持ちになったんだろうから。

(俺が逆の立場だったらその場で引き離す)

 引き離して、お前は華のなんだと突っかかるだろう。

「……」

 俺は立ち上がる。

「え、どこ行くの鹿王院、もう授業だぞ」
「すぐ戻る」

 廊下を走る。華のクラスにたどり着き、ガラリと扉を開いた。クラス中の視線が集まる。

「え、樹くん」

 驚く華の机まで、つかつかと歩く。

「華」
「な、なに?」

 俺を見上げる華に俺は淡々と告げる。

「さっきの女子は何でもない。勝手に服を掴んできただけだ」
「それは」

 華がきっ、と俺をにらんだ。華が俺を睨む? ほとんど初めてのことで戸惑う。

「あの子が樹くんを好きだからなんじゃないの」
「だとしたらもう近づけない」

 俺はきっぱり言う。

「好きでもない人間に好かれるのは、迷惑でしかない」

 華は少し呆然として、ぽつりと言った。

「……私も迷惑?」

 斜め方向な質問に、すぐさま言い返してしまう。

「お前が迷惑な訳があるか」

 華はぽかん、とした後、しばらくして「ふふふ」と笑った。

「お前、って言われたの初めて、かも」
「あ」

 つい、出てしまった。

「嫌ならすまなかった」
「いいよ、ふふ」

 華は少し楽しそうだ。

「お前、だってさ」

 楽しそうな華の柔らかな頬を、ほんの少しつねった。

「ふふ、やめてよ」
「……機嫌が直ってよかった」
「元から悪くなかったよ」
「嘘をつけ」
「ほんとだって」

 華がそう言った瞬間に、本鈴が鳴る。

「ろーくおーいんくーん、授業ですよ」

 相良さんだ。俺は返事をして教室を出た。会釈したがじとりと見られる。

「……背が伸びましたね」
「? そうですか」
「今何センチ?」
「184でした」

 先日の身体測定では、と言い添えると「うわ、抜かれた」と相良さんは笑った。
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