上 下
595 / 702
【高校編】分岐・鹿王院樹

牽制(side樹)

しおりを挟む
 なぜだか無人の保健室で、華はぷんすかと怒っている。

「もう! なんか変な誤解とかされてたらどうするの!」
「誤解?」

 わざとそう言ってやると、華はすこし頬を赤くして黙った。俺はちょっと笑って頬を撫でる。可愛いな。

(わざとだ、と白状したらまた怒るだろうな)

 その綺麗な眉を少しひそめて、大きな瞳をぱちりとさせて、陶磁器のような頬をほんの少し赤くしてーー信じられないことに、大人に近づくにつれ華は美しさを増していた。
 俺はため息を我慢する。これで大人になったらどうなるんだ?
 恐ろしいのは、華はそんな自分の見た目に無頓着なこと。その上に魅力的すぎるナカミ、だ。……いや、これは俺が華を好きだからそう思ってしまうのか?

(けれど、まぁ牽制ぐらいさせてくれ)

 少し苦笑して華の目を覗き込む。
 華は不思議そうに俺を見上げた。

「少し寝ておくか?」

 頬を撫でる。華はくすぐったそうに目を細めた。猫みたいだ。華は撫でられるのが好きだから。

「そう、しようかな」

 ほんの少しうっとりした瞳で、華は素直に頷いた。寝不足なのは本当のようだったからな。
 ベッドに横になった華は目を見開いた。

「な、なにこれ保健室だと思えない……!」
「?」
「30時間くらい寝れる……」

 俺が頭を撫でてやると、華は緩んだ笑顔で笑ってすぐに寝息を立て始めた。しかし30時間は寝すぎだと思う。

 講堂に戻るとチラチラと視線を感じた。ほとんどが恐らくは高校入学組、だと思う。エスカレーター組は俺が華のこととなると(友人曰く)"少しやりすぎる"ことを知っているから。
 オリエンテーションが終わり、各教室に移動するよう指示が出て、講堂を出かけた時に俺は臀部を軽く蹴られる。

「む」
「鹿王院、てめーやりすぎだボケ」
「そうか?」

 俺は黒田を見た。

「虫除けしておくべきだろう」
「やり方考えろっつのボケ」
「ふむ、そうしよう」
「……お前と話してるとなぁんか気が抜けんだよな」

 黒田は呆れたように言った。

「しかし」
「? なんだよ」
「意外に似合うな、ブレザー」
「着慣れねぇけどなまだ」

 ありがとな、と黒田は素直に笑った。

「俺的には違和感はんぱねーわ」

 黒田たちの母校の中学は、真っ黒の詰襟学生服。青百合は白いブレザーに薄いチャコールグレーのスラックスだから色味が全然違う。

「俺も詰襟着てみたかった」

 ふと漏らすと、黒田は意外そうな顔をした。

「お前の詰襟、なんか想像できねぇな」
「幼稚園からコレだからなぁ」

 幼稚園は半ズボンだったが。

「着る機会ねぇの、体育祭で応援団とか」
「あまり興味ないな」
「俺のセーフク、お下がりで親戚にやっちゃったからなぁ」

 申し訳なさそうに言う黒田に、俺は苦笑した。

「いや、いいんだ」
「着る機会あれば着てみろよ、似合うと思うぜ。じゃぁな」

 黒田のクラスの前で別れて、俺は自分のクラス、12組を目指す。
 席に着くと、隣の席で同じサッカー部の友人が小さく「なぁ鹿王院」と言ってきたので「ゲームの話だ」と先手を打っておいた。

「お互い負けず嫌いだからな。勝負が長引いたんだ。ちなみに華の弟もいたぞ」
「あ、……そ。いやまぁ、そんなことだろうとは」

 友人は苦笑いをして、それから机の上のプリントに目をやる。年間行事。

「あ、やっぱ高等部でもやるんだな、復活祭」
「卵探しか」
「身もフタもないな」

 復活祭イースター。イエスキリストが蘇った日。
 春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日……、説明しようとすると「の」がやたらと多くなる復活祭だが、この学校では日曜ではなく翌月曜日に行われる。

「楽しみだな」

 そう言う友人に俺は「そうか?」と返した。卵探し、楽しいか?
 友人は半目で言う。

「そりゃー、お前みたいにラブラブな許婚ちゃんでもいたら話は別だよ! でもオレたちみたいなヒトリモンにはな、いろんなクラスの女子と知り合える貴重な機会なんだよ」

 この復活祭は、単なるイベントではない、らしい。要は新入学やクラス替えで緊張しがちな四月にイベントをやることで新しい友人達と親睦を深めよう、とかいうそんな趣旨があるとのことだ。

「別に女子に限らんだろう」
「ヤローと知り合ってどうすんだよ、可愛い子と知り合いたいよオレは」
「念のため言っておくが、華以外にしろよ」
「分かってるよ、んな命知らずなマネするかよ。つか講堂でのアレ、牽制かよ恐ろしい」
「害虫駆除は手間がかかる。そもそも虫は寄せないに限る」

 黒田にもした説明をすると、友人はやはり苦い顔をした。

「んなことしなくても、鹿王院樹の許婚に手を出すバカはいねぇって」
「気骨のあるやつからは宣戦布告受けてるぞ」

 黒田と山ノ内。

(それから、相良さんも怪しい)

 華との打ち解けた、あの独特の雰囲気はいつも俺を複雑な感情にさせる。
 華は華で、絶対的に相良さんを信頼しているのが伝わってくるし。
 圭は圭で油断ならないし。

「俺は俺で焦っているんだ」
「どーみても相思相愛、らぶらぶバカップルですけどね」
「ふ、早くそうなりたいものだ」

 友人は呆れたように笑う。それから少し声を小さくして言う。

「けど、我慢できるよな、よく。一つ屋根の下に好きな子が住んでて」
「我慢できなくなりそうたから、あまり2人きりで抱きしめたりはしないようにしてる」

 あまり、だけど。
 それからキスも。
 唇なんかにしてしまったら最後、歯止めが効かなくなりそうで俺は本当に自分が信頼できない。

「てか我慢しなきゃなの?」
「そんなことをしてバレてみろ、華はアメリカに連れて行かれる」
「アメリカぁ?」

 そうだ、と俺は頷いた。

「早く卒業したい」

 卒業式当日に籍を入れたい。なんなら式だって挙げたい。いや18歳の誕生日にはそうしてしまいたいが、さすがにダメだろうなぁ。

「今日入学式なんですけどー?」

 俺の心からのつぶやきに、友人はやっぱり呆れたように言うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。

三木猫
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公の美鈴。どうせ転生するなら悪役令嬢とかライバルに転生したかったのにっ!!男性が怖い私に乙女ゲームの世界、しかもヒロインってどう言う事よっ!? テンプレ設定から始まる美鈴のヒロイン人生。どうなることやら…? ※本編ストーリー、他キャラルート共に全て完結致しました。  本作を読むにあたり、まず本編をお読みの上で小話をお読み下さい。小話はあくまで日常話なので読まずとも支障はありません。お暇な時にどうぞ。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

処理中です...