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分岐・鹿王院樹

中学編エピローグ(side真)

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 聖母マリアがイエスを産んだのは、一説によると12、3歳。もしくは15歳で、とにかく現代日本なら、中学生が出産したようなもんだ。
 しかし、現代人的には「処女懐胎」なんて言われてもピンとは来ない。大天使ガブリエルによる受胎告知。

おめでとうアヴェマリア、あなたのお腹には救世主が宿っています」
「……あの、わたし、婚約したばかりで、まだそーいうことしてないんですけど」
「精霊があなたに降ったのです。その子は神の子と呼ばれるでしょう」

 そこで「わたしは神のはしためです」とさっさとそれを了承するマリアは強い。とにかくその9ヶ月後(日本では10月10日なんていうけどね、妊娠週数の数え方は少し特殊)馬小屋で男の子を出産した。
 それが明日。世間ではクリスマスなんて呼んでどんちゃん騒ぎだ。

(いやむしろ、今日イヴのが大事なのかな? 日本では)

 まぁそんなことはどうでもいい。
 さて、話は変わって、東洋医学的な考え方に、同物同治って考え方があるらしい。
 何かを治すには、同じ部分を食べる。目なら目、内臓なら内臓……血が出てるなら血ってこと?

「つまり"生理が来ちゃってる自分が聖母になる"には、"まだ生理が来てないイエスを産んだのと同じ年頃の女の子"の血が必要だったわけだね」
「……ちょっと理解が追いついてないです」
「心配しないで僕も全く理解できてないから」

 華チャンいきつけのカフェ、買い物帰りみたいで荷物を抱えた華チャン(多分カフェで休憩中だったんじゃないかな)の目の前に座ってそんな話をすると、華チャンは眉を盛大にしかめながらも、きちんと話を聴いてくれた。
 僕の前にはブラックコーヒー(ホット)、華チャンの前にはほうじ茶ラテ、らしい飲み物。

「なぜ……その、生理が来てたらダメなんです?」
「だって"精霊が降りてきた"んだもん、あの教祖さん的に? なのかな、生物学的に妊娠できる状況が整ってるのはダメなんだよ」
「あー……」
「とにかくそういうの一切NGなの、イエスさんの生誕は。奇跡じゃなきゃいけないんだから」
「はぁ……」
「女の子大量にさらってたのはね、来年から治療を始めるつもりだったからみたいだよ」
「治療?」
「そそ。ガブリエルによるマリアへの告知は3月25日。その日までに女の子たちの血で自分を"治療"する気だったみたいだね」

 ひえー、って声を出さずに華チャンは言う。

「エリザベート・バートリを彷彿とさせるよね」
「?」
「ほら知らない? 自分の若返りのために処女おとめの血を風呂にしたっていう。本当かどうか知らないけど」
「あ、聞いたことあります」
「まぁ似たような感じだよね」
「実行しちゃダメですよー……」

 華チャンは元も子もないこと言う。そりゃそうだ。

「ある意味、……狂信者だったんです、かね。自分の独自の考え方、の?」
「あれが狂ってないとしたら恐ろしいけど……軽く教育してあげたから、まぁ今のところは取り調べ、素直みたいだよ」
「き、教育……?」
「おイタをしたらお尻ぺんぺんじゃない?」
「いや、その……え?」
「彼女は信仰を捨てたみたいだよ」
「え」
「新しい神様を見つけたみたい?」
「……え?」

 僕をすごい目で見る華チャンに、僕は肩をすくめてみせて、それから窓の外を見た。鈍色の空から、ちらりちらりと白い雪が落ちてくる。

「冷えると思ったんだ」
「あー、雪」

 華チャンはほんの少し、嬉しそうにした。

「ホワイトクリスマスですね」
「? ホワイトクリスマスがいいなら北欧にでも行けば良かったのに」
「……これだからおセレブは」

 呆れたように言う華チャンは可愛い。

(好きだなぁ)

 この僕が、ふつうに恋をするなんて思わなかった。しかも、4つも年下の女の子に。

「ねぇ」
「はい?」
「30歳と34歳だったらすごくふつうのカップルなのに、18歳と14歳だとちょっとアレなのなんで」
「え……知らないですけど」

 華チャンは半眼だ。すごく警戒してる。僕は笑う。オモシロイなぁ!

「大丈夫、まだなにもしないから」
「まだってなんですか、まだって!」

 華チャンは完全に怯えてて僕はクスクスと笑いが漏れてしまう。

「……からかいました?」

 華チャンは力を抜いて僕をにらんだ。あ、なんか冗談だと思われてる。それは心外だなぁ。

(君以外の女の子が見えなくなっちゃった)

 そう言っても、信用はしてくれないんだろうなぁ。

(まぁ、これからこれから)

 少しずつ、僕に依存していくように。
 僕がにこりと笑うと、華チャンは嫌そうな顔をした。最高だね。

(僕の言葉には、嘘と毒がある)

 でもこの子は真っ直ぐだから、きっとそれに気がつかない。割と依存性は高いはずなんだけど。

「ねぇクリスマスだね」
「……そうですね」
「樹クンとはどう過ごすの」
「別に、……ふつうです」
「一緒に?」
「まぁ」

 話の出方を窺うような華チャンに僕は聞く。

「樹クン、デートの予定とかはなかったのかな? ほんとは一緒に過ごしたい子とか」

 華チャンはほんの少し、寂しそうに眉を下げて「今のところは大丈夫だと思います」と小さく笑った。

「そんな素振りはないですから」
「……そう?」
「はい」

 僕なら不安になんかさせないのになぁ、と思う。まぁ今華チャンが不安になってるの、僕のせいなんだけどねあはは、なんて思ってるとばん、と静かにテーブルを叩いて僕を見る無粋な男の子、というか樹クン。ジャージ着てるから練習帰り? 少し息が上がってるから、外から僕たちを見かけて走ってきたのかな? なんて思うと少し愉快になる。

「なぁにー。せっかく華チャンとイヴデートしてるのに」
「デートじゃありません! 急に真さんが来たんじゃないですか」

 慌てて言う華チャンは可愛らしい。樹クンに誤解されたくないんだろうなぁ。まったく一途な子。

「はいはい、お邪魔はしませんよ」

 僕は立ち上がる。

「あ」
「……なんですか」

 低い声で返事をする樹くんに、僕は笑って言う。

「そのコーヒー、口つけてないから飲んでいいよ」
「……遠慮します」
「いいのに」

 僕は笑った。樹クンは笑わない。
 華チャンの分とブラックコーヒー代は払って帰る。
 カフェを出ると、相変わらず雪がチラチラと舞っていた。

(ホワイトクリスマス、ねぇ)

 本番は明日だけれど、でも、イヴを好きな人と過ごすということ。

(バカにしてたけど、どうでも良かったはずだけど)

 僕は、今日という日をちょっとだけでも華チャンと過ごせたことが、ほんの少し嬉しかったりする。
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