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分岐・黒田健
救出(大部分共通)(side健)
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「どういうこと?」
質問する設楽と俺たちに、鍋島は簡単に昨日起きたことを説明した。
縛られていた手が気になるのか、その間も何度も手を動かして、感覚を確かめている。
「その、わたし、気づいたことがあって」
「なに?」
「……最初はね、行方不明になってる子たちが出てる府県が、江戸期以前のキリシタンと関連がある府県だって気づいたの」
「え」
俺は片眉を上げる。そういや、鍋島は社会の成績が抜群にいい。
「全部ではないんだけど、なんとなく近いものを感じて。もちろん偶然だと思ったよ。でもそのうちに、ここがマスコミで騒がれ始めたでしょ? で、その支部があるところと、さっきの府県が一致して」
鍋島は目を伏せた。
「偶然だ、とは思ったんたけど。確証はないから、ひとりでここを見に来たの。そしたら石宮さんがいて」
ふう、と鍋島は一息ついて続けた。
「華ちゃんから存在は聞いてたけど、いざ目にすると冷静では、いられなくて。つい声をかけて。そしたら、かえって逆上しちゃって。瑠璃だけのはずなのに、選ばれたのは瑠璃だけのはずなのに、って」
「瑠璃だけの、はず……?」
俺たちは顔を見合わせる。何の話だ?
「で、この施設の中に走り込んで行ったから、わたし追いかけたの。危ないところだと思っていたし、っていうか、実際危ないところなんだけど」
「うん」
設楽が心配そうに話を促す。
「で、捕まって、ここに連れてこられて……石宮さんと色々話した。なにも通じなかったけど」
「あいつ、なんかズレてるからな」
俺は普段の石宮の言動を思い返しながら言った。
「日本語のハズなんだけどな。マジで通じねー。自分の答えありきだからじゃねぇかなとは思うけど」
「あー、うん、それは思った。同じ言葉を使っているのに、通じない。まるで外国語みたい」
鍋島がため息をつくと、鹿王院がスマホから耳を離しながら言う。
「東署の署長に連絡を取った。すぐ向かうとのことだ」
さっきの"署長さん"に連絡を取っていたらしい。これだけ証拠があれば、さすがに動くか。
(じきに、警察が来る)
「とりあえず、ここで待とう」
さがらんが言った。
「下手にここを出て見つかるより、安全だ」
「そ、ですね」
設楽は鍋島を抱きしめたまま返事をする。
「あ、それでね、さっきまた石宮さん、ここに来て。また話してたんだけど、急に"教祖様"が来て、連れていかれたの」
「教祖様?」
設楽が訝しげな声で返す。
「ニセモノとはいえ、仮にもキリスト教、それもカトリックを標榜している団体だろう。まさか、そんな名称の人物がいるとは考えにくいが」
鹿王院が言う。詳しいな。カトリックだの、プロテスタントだの、俺は区別がつかない。
「……いるの。信じられないことに。それで、ここは地下にも礼拝堂があるの。そこで、今日、石宮さんは"羊"にされるって」
「ひつじ?」
「生け贄」
俺は息を飲んだ。生け贄だ!?
「時代錯誤すぎやしねぇか!?」
「そうなんだけど……ほんとにそう言ってたの」
不安そうにいう鍋島。鍋島兄はほんの少し目を眇めて、鹿王院に目をやった。
「樹クンさぁ、それも警察に連絡して」
「はい」
鹿王院は厳しい顔で教会の出入り口を見ながら返事をした。物音がしたから。
俺は扉を見ながら、設楽と鍋島の前に立つ。
ぎいいい、と音がして、冷たい石の教会内に、女のクスクスという笑い声が反響して響いた。
「あらあら、どうやら火元はここだったようね」
透明感さえ感じる、綺麗な、それでいて作り物めいた女の声。そこにはシスター(ものを知らねぇからそうとしか形容できない)のような服装をした女が、数人の男の人を従えて立っていた。
「……あの女が、教祖よ」
鍋島は、きっ、とその女性を睨みつけながら言う。
「諦めなさい! じきに警察が来ます!」
「そうね」
教祖様、とやらは薄く笑う。
「では早く生贄を」
「はい」
数人の男性が地下室への階段と思われるところを下っていく。
「むだよ!」
「ムダではないわ」
女は笑った。
「警察が来る前に、羊を神に捧げなくては。どうせ捕まるのなら、せめて生贄を」
「……は!?」
「あの子の血さえ飲めればいい!」
あはははは、と女は笑った。その声は、またも教会内で反響して、耳朶に不快に響く。
「そうすれば、たとえ監獄の中にいようと、わたしは、わたしは」
ゾクリと肌が粟立つ。
(目、が)
こちらを見ているようで、見ていない目。
「……千晶たちは地下室へ行けるかな? 個人的には別にあの子、殺されようとどーうでもいいんだけど、それで千晶の心がこれ以上傷ついても困るからね」
「……お兄様?」
「大丈夫だよ千晶、お兄ちゃんはこの人とほんの少し、お話するだけだし」
鍋島兄はゆったりと笑う。
「君たち、ちゃんと千晶も守ってね」
俺と鍋島兄の目が合う。俺は頷いた。
「……行こう、華ちゃん! 石宮さん、助けよう」
鍋島が設楽の手を引いて走り出す。すぐに俺たちも続いて、さがらんが追い抜く。階段を先に降りるためだ。
「ハルマゲドン、ねぇ」
背後から、"教祖様"と対峙する鍋島兄の声が聞こえてきた。
「そんなものより怖いもの、見せてあげられるのに」
楽しそうな声だった。
(世界の破滅より怖いもの、か)
「……あの人、本気で見せそうだからな」
横を走る鹿王院がぽつりと言った。
「マジかよ」
そんなにヤバイ人なのか、と聞くと鹿王院は難しい顔をして頷いた。
「人畜無害なのは外面だけだ」
「まー、なんかヤバそうな雰囲気はしてるけど」
地下礼拝堂では、石宮がキャアキャアと逃げ回っていた。
「ううっ、うそ、うそですっ、る、瑠璃がここでっ、こんなところでっ、死ぬわけがありませんっ」
「死ではありませんよマードレ・ラピズラッズリ、あなたの聖母としての器を我らが教祖様へ移すだけ」
「乱暴してはいけませんよ、首を切る以外の傷はつけてはならぬのだそうです」
「く、く、首っ!? 切らせませんっ、やだっ……あ!」
石宮さんは階段を駆け下りてきた俺たちに気づいて、というよりは鹿王院に気がついて「ろ、鹿王院くんっ」と叫んだ。
「た、助けにきてくれたのですねっ」
「いや、まぁ、……仕方ないか」
渋面を作って鹿王院は石宮に手を伸ばした。そして自分の後ろに隠す。
「じきに警察が来る。諦めろ」
さがらんが、じりじりと距離を詰めながら言った。
「そんなわけにはいかない、教祖様が蒙昧な異教徒どもに連れていかれる前に、この乙女の血を捧げなくては」
「……、ちょっと僕不勉強なんですかね、なんのお話だかサッパリ」
鹿王院の背中にすっぽり隠れた石宮は、ちらりと設楽たちを見上げた。
そして勝ち誇ったように鼻の穴を広げる。なんだそりゃ。鹿王院の頭の周りには「?」が大量に飛んでいた。
釈然としないけれど、とりあえずは目的を達成した。あとは警察が来るまで耐えればそれで……、と思った時、鍋島が一歩踏み出す。
「他の子たちはどこ!? 手を出してはいないでしょうね!?」
「手を出す、など。聖母が見つかった今、あの子たちはただの子羊。親元に返すとしましょう」
(嘘つけ)
明らかに嘘をついている顔だが、鍋島は必死で気がつかない。
「本当に!? 無事なのよね!?」
「そう、無事です……だから、その方を離してはもらえませんか? マードレ・ラピズラッズリを」
「なぜこの子にこだわるの!?」
「なぜなら、教祖様はイエス様をお産みになられるからですよ」
「……は?」
「そのために、聖女であるその乙女の血がいるのです」
「だめよ、この子は渡さないっ、きゃっ」
鍋島の腕を、信者の男が強く引く。
「ならばあなたでも、構うまい」
「だろう、この子も要件を満たしていれば」
「ひとつ聞かせてほしい、君はもう女かね?」
「……は?」
「月のものは来ているのか、と聞いているんだ」
「なんでそんなこと答えなきゃ、きゃっ」
「時間がない、とにかく飲ませよう」
「そうだ」
「千晶ちゃん!」
設楽が鍋島を連れて行こうとしている男にしがみつく。
「離しなさいよっ」
「邪魔だ、時間がないのだっ」
大きく振り払われて、床に叩きつけられそうになったところを、ギリギリ受け止めた。
「設楽!」
支えたそこに、鹿王院も駆け寄る。
「華、」
「わ、私は大丈夫っ」
設楽はすぐに立ち上がった。
「なんで……? なんで瑠璃より、悪役令嬢なの……?」
呆然とした表情でぶつぶつ言っている石宮。
「大丈夫、それより千晶ちゃんを」
「わかってる」
そう答えたのはさがらんで、言うが早いかその男を羽交い締めにしてーーそれからぼきり、と嫌な音がした。
「うわぁあっ」
「肩外しただけだよ、大げさだな、って、おいっ」
もう一人の男が鍋島の腕を引いた。だけど、すぐにその男もお腹を抱えてうずくまる。
「なにがなんだかわかんないっすけど、多分これ瑠璃のせいっすよね!?」
「橋崎!? なんでここに」
なぜだか橋崎が信者の男を殴りつけていた。
「またメーワクかけたみたいだな黒田。ほんとにすまん」
本気で申し訳なさそうな顔して、それから石宮をにらんだ。
「瑠璃。てめー、また人様にメーワクかけてんな? お前がなんかしでかすと、なんでか母ちゃんに俺が叱られるんだよっ」
「て、てっと、違うの」
「違わねーだろうがっ! ……怪我はないっすか」
尋ねる橋崎に、鍋島は呆然と頷いた。
「あ、うん」
「良かったっス……巻き込んでしまって、すみません」
「ううん、……君のせいじゃないでしょ」
鍋島がふ、と笑う。橋崎は目をなんとか瞬いて、それから少し頬を赤らめて笑った。相変わらずの、裏表のない笑顔。
「な、んで、てっと、そんな子、助けるの、その、その子、悪役令嬢なんだよっ」
「またその話かよ、……って、瑠璃っ」
「きゃ!?」
突然背後から現れた男が、石宮の腕を掴み上げる。その反対の手には、大きなナタが握られていた。
「もう警察が門のところまできている! ここで首を落として、教祖様に!」
「や、いやぁっ、なんで、なんで瑠璃なのっ、選ばれたのに! 瑠璃は、神様に!」
イヤイヤ、と首を振る石宮の身体に、設楽が縋るように、庇うようにしがみつく。
「この子を離して!」
「設楽っ!」
「華っ」
俺と鹿王院が走り出していた。鹿王院が設楽を石宮ごとそいつから引き剥がし、石宮はその反動でコロコロと転がった。設楽は鹿王院の腕の中ーー。
俺は男の腕を蹴り上げる。その勢いで、そいつは手を開いて持っていたナタがくるくると宙を舞った。
(しまった)
ヒヤリとして、その行方を目で追う。
「ふええええええ!?」
ナタはだん! と木製の床に突き刺さった。転がった石宮のすぐ横ーー。俺はホッとする。当たんなくて良かった、さすがに。
「石宮さん」
鹿王院の腕の中から、華がぱっとかけて、石宮を抱きしめた。俺はほんの少し目を瞠ってーーそれから設楽らしいな、とそう思った。
「よ、良かった」
設楽はぽろぽろと泣く。綺麗な涙だと、そう思う。
「良かった、助かって、良かった」
それだけを繰り返す設楽に、石宮は不思議そうに首を傾げた。
「悪役令嬢のあなたが、なんで瑠璃が助かったことを喜んでるの?」
「バカねぇ」
設楽は石宮の頬をつねって、ほんの少しだけ笑った。
「嫌いになれないからよ、あなたのことが」
「……あなた達って、お人好しなのねぇ」
石宮は何度か瞬きをしながらぽつりと言って、それから笑った。
俺はほんの少しだけ驚いてその顔を見つめた。
(ちゃんと笑えんじゃねーか)
初めて見る、石宮の素の笑顔って感じだった。
質問する設楽と俺たちに、鍋島は簡単に昨日起きたことを説明した。
縛られていた手が気になるのか、その間も何度も手を動かして、感覚を確かめている。
「その、わたし、気づいたことがあって」
「なに?」
「……最初はね、行方不明になってる子たちが出てる府県が、江戸期以前のキリシタンと関連がある府県だって気づいたの」
「え」
俺は片眉を上げる。そういや、鍋島は社会の成績が抜群にいい。
「全部ではないんだけど、なんとなく近いものを感じて。もちろん偶然だと思ったよ。でもそのうちに、ここがマスコミで騒がれ始めたでしょ? で、その支部があるところと、さっきの府県が一致して」
鍋島は目を伏せた。
「偶然だ、とは思ったんたけど。確証はないから、ひとりでここを見に来たの。そしたら石宮さんがいて」
ふう、と鍋島は一息ついて続けた。
「華ちゃんから存在は聞いてたけど、いざ目にすると冷静では、いられなくて。つい声をかけて。そしたら、かえって逆上しちゃって。瑠璃だけのはずなのに、選ばれたのは瑠璃だけのはずなのに、って」
「瑠璃だけの、はず……?」
俺たちは顔を見合わせる。何の話だ?
「で、この施設の中に走り込んで行ったから、わたし追いかけたの。危ないところだと思っていたし、っていうか、実際危ないところなんだけど」
「うん」
設楽が心配そうに話を促す。
「で、捕まって、ここに連れてこられて……石宮さんと色々話した。なにも通じなかったけど」
「あいつ、なんかズレてるからな」
俺は普段の石宮の言動を思い返しながら言った。
「日本語のハズなんだけどな。マジで通じねー。自分の答えありきだからじゃねぇかなとは思うけど」
「あー、うん、それは思った。同じ言葉を使っているのに、通じない。まるで外国語みたい」
鍋島がため息をつくと、鹿王院がスマホから耳を離しながら言う。
「東署の署長に連絡を取った。すぐ向かうとのことだ」
さっきの"署長さん"に連絡を取っていたらしい。これだけ証拠があれば、さすがに動くか。
(じきに、警察が来る)
「とりあえず、ここで待とう」
さがらんが言った。
「下手にここを出て見つかるより、安全だ」
「そ、ですね」
設楽は鍋島を抱きしめたまま返事をする。
「あ、それでね、さっきまた石宮さん、ここに来て。また話してたんだけど、急に"教祖様"が来て、連れていかれたの」
「教祖様?」
設楽が訝しげな声で返す。
「ニセモノとはいえ、仮にもキリスト教、それもカトリックを標榜している団体だろう。まさか、そんな名称の人物がいるとは考えにくいが」
鹿王院が言う。詳しいな。カトリックだの、プロテスタントだの、俺は区別がつかない。
「……いるの。信じられないことに。それで、ここは地下にも礼拝堂があるの。そこで、今日、石宮さんは"羊"にされるって」
「ひつじ?」
「生け贄」
俺は息を飲んだ。生け贄だ!?
「時代錯誤すぎやしねぇか!?」
「そうなんだけど……ほんとにそう言ってたの」
不安そうにいう鍋島。鍋島兄はほんの少し目を眇めて、鹿王院に目をやった。
「樹クンさぁ、それも警察に連絡して」
「はい」
鹿王院は厳しい顔で教会の出入り口を見ながら返事をした。物音がしたから。
俺は扉を見ながら、設楽と鍋島の前に立つ。
ぎいいい、と音がして、冷たい石の教会内に、女のクスクスという笑い声が反響して響いた。
「あらあら、どうやら火元はここだったようね」
透明感さえ感じる、綺麗な、それでいて作り物めいた女の声。そこにはシスター(ものを知らねぇからそうとしか形容できない)のような服装をした女が、数人の男の人を従えて立っていた。
「……あの女が、教祖よ」
鍋島は、きっ、とその女性を睨みつけながら言う。
「諦めなさい! じきに警察が来ます!」
「そうね」
教祖様、とやらは薄く笑う。
「では早く生贄を」
「はい」
数人の男性が地下室への階段と思われるところを下っていく。
「むだよ!」
「ムダではないわ」
女は笑った。
「警察が来る前に、羊を神に捧げなくては。どうせ捕まるのなら、せめて生贄を」
「……は!?」
「あの子の血さえ飲めればいい!」
あはははは、と女は笑った。その声は、またも教会内で反響して、耳朶に不快に響く。
「そうすれば、たとえ監獄の中にいようと、わたしは、わたしは」
ゾクリと肌が粟立つ。
(目、が)
こちらを見ているようで、見ていない目。
「……千晶たちは地下室へ行けるかな? 個人的には別にあの子、殺されようとどーうでもいいんだけど、それで千晶の心がこれ以上傷ついても困るからね」
「……お兄様?」
「大丈夫だよ千晶、お兄ちゃんはこの人とほんの少し、お話するだけだし」
鍋島兄はゆったりと笑う。
「君たち、ちゃんと千晶も守ってね」
俺と鍋島兄の目が合う。俺は頷いた。
「……行こう、華ちゃん! 石宮さん、助けよう」
鍋島が設楽の手を引いて走り出す。すぐに俺たちも続いて、さがらんが追い抜く。階段を先に降りるためだ。
「ハルマゲドン、ねぇ」
背後から、"教祖様"と対峙する鍋島兄の声が聞こえてきた。
「そんなものより怖いもの、見せてあげられるのに」
楽しそうな声だった。
(世界の破滅より怖いもの、か)
「……あの人、本気で見せそうだからな」
横を走る鹿王院がぽつりと言った。
「マジかよ」
そんなにヤバイ人なのか、と聞くと鹿王院は難しい顔をして頷いた。
「人畜無害なのは外面だけだ」
「まー、なんかヤバそうな雰囲気はしてるけど」
地下礼拝堂では、石宮がキャアキャアと逃げ回っていた。
「ううっ、うそ、うそですっ、る、瑠璃がここでっ、こんなところでっ、死ぬわけがありませんっ」
「死ではありませんよマードレ・ラピズラッズリ、あなたの聖母としての器を我らが教祖様へ移すだけ」
「乱暴してはいけませんよ、首を切る以外の傷はつけてはならぬのだそうです」
「く、く、首っ!? 切らせませんっ、やだっ……あ!」
石宮さんは階段を駆け下りてきた俺たちに気づいて、というよりは鹿王院に気がついて「ろ、鹿王院くんっ」と叫んだ。
「た、助けにきてくれたのですねっ」
「いや、まぁ、……仕方ないか」
渋面を作って鹿王院は石宮に手を伸ばした。そして自分の後ろに隠す。
「じきに警察が来る。諦めろ」
さがらんが、じりじりと距離を詰めながら言った。
「そんなわけにはいかない、教祖様が蒙昧な異教徒どもに連れていかれる前に、この乙女の血を捧げなくては」
「……、ちょっと僕不勉強なんですかね、なんのお話だかサッパリ」
鹿王院の背中にすっぽり隠れた石宮は、ちらりと設楽たちを見上げた。
そして勝ち誇ったように鼻の穴を広げる。なんだそりゃ。鹿王院の頭の周りには「?」が大量に飛んでいた。
釈然としないけれど、とりあえずは目的を達成した。あとは警察が来るまで耐えればそれで……、と思った時、鍋島が一歩踏み出す。
「他の子たちはどこ!? 手を出してはいないでしょうね!?」
「手を出す、など。聖母が見つかった今、あの子たちはただの子羊。親元に返すとしましょう」
(嘘つけ)
明らかに嘘をついている顔だが、鍋島は必死で気がつかない。
「本当に!? 無事なのよね!?」
「そう、無事です……だから、その方を離してはもらえませんか? マードレ・ラピズラッズリを」
「なぜこの子にこだわるの!?」
「なぜなら、教祖様はイエス様をお産みになられるからですよ」
「……は?」
「そのために、聖女であるその乙女の血がいるのです」
「だめよ、この子は渡さないっ、きゃっ」
鍋島の腕を、信者の男が強く引く。
「ならばあなたでも、構うまい」
「だろう、この子も要件を満たしていれば」
「ひとつ聞かせてほしい、君はもう女かね?」
「……は?」
「月のものは来ているのか、と聞いているんだ」
「なんでそんなこと答えなきゃ、きゃっ」
「時間がない、とにかく飲ませよう」
「そうだ」
「千晶ちゃん!」
設楽が鍋島を連れて行こうとしている男にしがみつく。
「離しなさいよっ」
「邪魔だ、時間がないのだっ」
大きく振り払われて、床に叩きつけられそうになったところを、ギリギリ受け止めた。
「設楽!」
支えたそこに、鹿王院も駆け寄る。
「華、」
「わ、私は大丈夫っ」
設楽はすぐに立ち上がった。
「なんで……? なんで瑠璃より、悪役令嬢なの……?」
呆然とした表情でぶつぶつ言っている石宮。
「大丈夫、それより千晶ちゃんを」
「わかってる」
そう答えたのはさがらんで、言うが早いかその男を羽交い締めにしてーーそれからぼきり、と嫌な音がした。
「うわぁあっ」
「肩外しただけだよ、大げさだな、って、おいっ」
もう一人の男が鍋島の腕を引いた。だけど、すぐにその男もお腹を抱えてうずくまる。
「なにがなんだかわかんないっすけど、多分これ瑠璃のせいっすよね!?」
「橋崎!? なんでここに」
なぜだか橋崎が信者の男を殴りつけていた。
「またメーワクかけたみたいだな黒田。ほんとにすまん」
本気で申し訳なさそうな顔して、それから石宮をにらんだ。
「瑠璃。てめー、また人様にメーワクかけてんな? お前がなんかしでかすと、なんでか母ちゃんに俺が叱られるんだよっ」
「て、てっと、違うの」
「違わねーだろうがっ! ……怪我はないっすか」
尋ねる橋崎に、鍋島は呆然と頷いた。
「あ、うん」
「良かったっス……巻き込んでしまって、すみません」
「ううん、……君のせいじゃないでしょ」
鍋島がふ、と笑う。橋崎は目をなんとか瞬いて、それから少し頬を赤らめて笑った。相変わらずの、裏表のない笑顔。
「な、んで、てっと、そんな子、助けるの、その、その子、悪役令嬢なんだよっ」
「またその話かよ、……って、瑠璃っ」
「きゃ!?」
突然背後から現れた男が、石宮の腕を掴み上げる。その反対の手には、大きなナタが握られていた。
「もう警察が門のところまできている! ここで首を落として、教祖様に!」
「や、いやぁっ、なんで、なんで瑠璃なのっ、選ばれたのに! 瑠璃は、神様に!」
イヤイヤ、と首を振る石宮の身体に、設楽が縋るように、庇うようにしがみつく。
「この子を離して!」
「設楽っ!」
「華っ」
俺と鹿王院が走り出していた。鹿王院が設楽を石宮ごとそいつから引き剥がし、石宮はその反動でコロコロと転がった。設楽は鹿王院の腕の中ーー。
俺は男の腕を蹴り上げる。その勢いで、そいつは手を開いて持っていたナタがくるくると宙を舞った。
(しまった)
ヒヤリとして、その行方を目で追う。
「ふええええええ!?」
ナタはだん! と木製の床に突き刺さった。転がった石宮のすぐ横ーー。俺はホッとする。当たんなくて良かった、さすがに。
「石宮さん」
鹿王院の腕の中から、華がぱっとかけて、石宮を抱きしめた。俺はほんの少し目を瞠ってーーそれから設楽らしいな、とそう思った。
「よ、良かった」
設楽はぽろぽろと泣く。綺麗な涙だと、そう思う。
「良かった、助かって、良かった」
それだけを繰り返す設楽に、石宮は不思議そうに首を傾げた。
「悪役令嬢のあなたが、なんで瑠璃が助かったことを喜んでるの?」
「バカねぇ」
設楽は石宮の頬をつねって、ほんの少しだけ笑った。
「嫌いになれないからよ、あなたのことが」
「……あなた達って、お人好しなのねぇ」
石宮は何度か瞬きをしながらぽつりと言って、それから笑った。
俺はほんの少しだけ驚いてその顔を見つめた。
(ちゃんと笑えんじゃねーか)
初めて見る、石宮の素の笑顔って感じだった。
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それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。
───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの?
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できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。
また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。
☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。
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