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分岐・相良仁

"私なんか"(side仁)

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「かっこいいなぁ」

 華が黒田の背中に向けてそう言ってたことを唐突に思い出して、俺はやっぱり切なくなる。そういう意味じゃないんだろうけどさ……、そろそろ絆されてもおかしくない。……ほんと、なんの因果でこんなの見守んなきゃいけないんだっての。

「最初、警察行くか」
「え、なんで」
「や、そりゃお前、拉致られかけてたんだから行かなきゃだろ」
「え、あ、そっか」

 車の中で、俺は華を軽く撫でる。さすがに少し混乱しているらしい。当たり前だ。

「仁」
「ん?」
「ごめん、毎回、なんか、助けてもらって」
「……俺的にはありがとうとかのが嬉しいんだけど」
「……あは」

 笑う華から、ぽろりと涙が溢れる。ふるふる、と体が震えていて、華は小さく体を抱きしめるように丸まった。

(怖かったよな)

 俺は車を路肩に止めた。

「華」

 シートベルトを外して、体を乗り出す。ぎゅうっと抱きしめて、後頭部をポンポンと撫でる。

「怖い思いさせてごめん」
「……なんで仁が謝るの」
「……色々あんだよ」

 俺は色んな言えないことがコイツに伝わってくれたら良いのにって思うけど、そうはいかない。俺はエスパーじゃないし。だから言わなきゃいけないけど……少なくとも今は違う。
 しばらくそうしていると、華が落ち着いてきたので身体を離す。

「ごめん、……じゃないや、ありがと」

 華が笑って見上げる。

「なんでそんなに優しいの?」
「は? なんだ唐突に」
「なんでいっつも助けてくれるの」

 華の顔立ちは14歳のあどけないものだ。でもその目は、中身と同じ大人の女と同じ目をしているようで俺はドギマギする。

(え? え? え? なに? チャンス到来?)

 到来なの? 春きちゃうの?
 慌てているうちに、ふ、とその目が元のように戻っちゃう感じがした。

「ま、あんたお人好しだもんね」
「え」
「さっさといこ、警察。私、その宗教? それのこの辺にあるっていう教会、行ってみたいんだよね」

 うまいこと忍び込めないかな、なんて言うので俺は浮かれた気分を取りあえず閉まって、華の頭をはたく。

「っいったっ」
「危険なコトすんなっつってんだろ」
「でもー」
「でももクソない」

 ちぇ、と口を尖らせる華を警察署に連れて行く。何はともあれ、元気が出て良かった。

 華が応接室に案内されてるあいだに(コイツがとんでもなくお嬢様だと分かった瞬間に相手をする警官の階級がはね上がった、ほんとゲンキンだよな)俺は警察署で合流した華のばーさんに、ザッと状況を説明する。

「と、いうわけでして」

 はぁ、とばーさんは息をつく。

「家に閉じ込めでもしておかないと、あの子勝手に家を飛び出すかもしれないわ」
「あー」

 ありえるな。行くなって言っても聞かなさそう。

(ま、心配なのは分かるけど)

「あたしが説得しても余計に反発くらいそう」
「ですかねぇ……」
「圭に連絡して泣き落としでもさせようかしら」
「ああ、それ効きそうですね」
「とにかく……あら、ごめんなさい」

 敦子サンのスマホが震えて、彼女は電話に出た。

「はぁ!?」

 その声にちょっと驚く。

「どういうこと、それは?」

 仕事のトラブルだろう、と察し、俺は肩をすくめた。

「ここは任せてもらって大丈夫ですよ、お嬢さんは家まできちんと送って閉じ込めておきます」
「……お任せしていいかしら」
「はい」
「華にケガひとつでもさせたらクビですからね」
「はいはい」
「よろしくね、護衛さん」

 敦子サンは心配そうな目のまま、歩き出す。

「すぐにもどります」
「わっかりましたー」

 早足で歩いて行くその後ろ姿に、敬礼なんかしてみせちゃう。
 くるりと振り向くと、華と目が合った。

「え、嘘」

 いたの。
 え、聞かれたの?

「仁」
「はい」
「いまの、どういう意味? 護衛?」
「……あのな」

 俺は色々考える。ごまかす? できるだろう。でも、もう話してしまった方が楽かもしれない。こいつを側で守るために。

「車戻るか」
「……うん」

 車に乗り込んで、少しだけ移動して、車を停めた。しばし無言。それから俺はぽつぽつと説明した。何人かでチーム組んで、華を護衛してること。俺が教師なんかしてるのは、学校内でのトラブルに備えてってこと。

「そー……だったんだ」
「おう。だからな、俺は」

 言葉を続けようとした俺に、華は言う。硬い声だった。

「……違ったんだ」
「は?」
「私、仁がなんやかんや側にいてくれたり、優しくしてくれたりするのって、友達でも、特別な友達だからだと思ってた」

 ぎゅう、と膝の上で握りしめられた両手。

「華」
「仕事だったからなんだ」

 その声は震えていて、俺は焦る。違う、そうじゃなくて。

「華、」

 名前を呼ぶけど届いていない。

「だよね、そうじゃなきゃ私なんかと」

 俺はほんの少しフリーズする。"私なんか?"
 私なんか、ってなんだそれ。俺は俺自身を否定されたような気分になる。

「……ふざけんな」

 思わず低い声が漏れた。

「え?」

 少し怯えたように俺を見上げる華に、俺は感情を爆発させてしまう。
 なんだよ、"私なんか"って。そんな"私なんか"をずっと好きな俺はなんなんだよ。

(お前だけは)

 お前だけは、俺を否定しないでくれ。

「アホか! バカか! 気づけよ!」
「え? な、なによ」

 身体を引く華に、俺は宣言する。

「俺はな! お前のこと友達だと思ったこと一度もねーよ!」
「え、」

 華の顔が悲しみに染まるけど、違う、そうじゃない。
 俺は縋り付くみたいにその両手を握りしめる。

「……お前を傷つける男は全員殺してやりたいと思ってた」
「……は?」
「俺だったら、セカンド扱いなんかしないのにっていっつも思ってた」
「え」
「今だって黒田に嫉妬してるよ! お前の許婚にも! なんで俺じゃないんだよなんでこんなに年齢差あるんだよ」
「仁」
「頼むよ」

 俺は握りしめたその手の甲に唇を落とした。

「え、えっと、仁!?」
「今度は守らせてくれ」
「でも、その」

 真っ赤になって目線がウロウロしてる。あーあ、俺はもっと早くこういうべきだった。

「そうしたら、お前を死なせることもなかったのに」
「あ、の」
「今度は絶対守る」

 目が合った。半分睨むみたいに華を見つめる。

(あーあ)

 こんなつもりじゃなかったのに。
 華はほんの少し目を伏せて「ごめん」と呟いた。

「……ありがとうの方が嬉しい」
「そか」

 そうだった、そう言って華は笑った。

「ありがと、仁」
「……うん」

 俺はなんかもう、色々我慢する。その代わりに、またその手の甲にキスを落とした。お姫様にするみたいに。

「返事は高校の卒業式で聞く」
「え」
「側にいられなくなったら、元も子もないから」
「あ……えっと」
「その代わり」

 俺はじっと華を見つめた。

「お前の18歳以降の人生、その横にいる権利、俺に予約させといて」
「え」
「だめ?」
「だ、だめっていうか、その」

 戸惑うように華は口ごもる。

「その?」
「か」
「か?」
「考えとく……」

 華が真っ赤になって俯くから、俺はそれで満足しちゃう。
 考えてくれるだけで十分だよ、今は。
 今は、な。
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