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分岐・鹿王院樹

ヒロイン(謎)との会話(side樹)

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「石宮が、か」
「うん」

 華は「なぜ私はここに」という顔をしながらも(何せまだ俺は華を膝の上に乗せたままなのだ)東城から聞いた、という話を聞かせてくれた。

「……しかし、なぜ石宮が鍋島に手を出す?」
「んんっと」

 華は迷うように目をウロウロさせて「……多分、千晶ちゃんがその"教団"と女の子たちの失踪の関連性に気づいちゃったからだと思う」と呟いた。

「ああ、言っていたな」

 鍋島が気づいた、というリンク。

「千晶ちゃんは、"教団"まで行ってそれを確かめようとしたんじゃないかな。石宮さんが"教団"とどの程度関係あるか分からないけど……」

 言い淀む華に、相良さんは言う。

「確かめに行くか」
「え、でも」

 素直に言うか分からない、と迷う華に相良さんは笑う。

「大丈夫、嘘ついてるかどうかくらいは分かるから」
「そ?」

 華は信頼した目で彼を見る。

(さっきもだ)

 車にいる2人を見て、すぐに気づいてしまった。お互いの笑顔から分かる、気の置けない雰囲気。

(なぜ)

 華はこの男を信頼しているーーおそらく、とても深いところで。
 俺は華の手を強く握る。

(俺の知らない顔をしていた)

 それが、思っていたより、とても衝撃だった。

「樹くん?」

 不思議そうに見上げるその目。

(全身にキスマークをつけておきたい)

 俺のものだと、印をつけておきたい。
 もちろんそんなことは、許されないことなのだけれど。

 いい加減降りる! と華に軽く怒られて、しぶしぶ離してから、県警の方に話をした。二人組の男性。

「聖女?」
「はい、そう言ってました。聖女の啓示、だと」

 華が言うと、刑事たちは少し目配せをしあった。

(……何かあるのか?)

 警察は何か情報を掴んでいる、のかもしれない。捜査情報を漏らしてはもらえないだろうが……。
 青百合に、ウチの車で向かう。

「せんせー、ほんとにいいの? 学校戻らなくて」
「大丈夫大丈夫、これも仕事のうち」
「えー?」

 華は不思議そうだが、本来の彼の仕事はこちらだ。華のボディーガード。華自身は知らない、が。
 中等部の正面玄関には、真さんがいた。高等部の制服を着てはいるが、先程連絡した時は家にいた。寝ていないのだろう、目元が赤い。

(ふざけているわけではなかったんだな)

 妹が大事だ、というのは。

「やあ華チャン」
「真さん」

 華もさすがに心配そうだった。

「寝ていないんですか」

 真さんはそれには答えず、軽く肩をすくめた。

「新情報があるって?」
「目撃情報が出たんです」
「確かめなきゃねぇ」

 真さんは笑う。あまりにも作り物のように笑うので、俺たちは一瞬息をするのを忘れた。

(これは相当だな)

 怒りを通り越した何らかの感情。
 俺は石宮をほんの少し哀れに思った。この人とこれから対峙するのか、と。

「華たちは待っていてくれ」

 相良さんと2人にするのは……、正直嫌でしかないが、石宮に会わせるのも少し難がある、という結論になった。
 石宮が余計に興奮状態になっては、聞ける話も聞けないだろう。

「このまま進んだところに、カフェテリアがあるから。授業中だから、人はほとんどいないはずだ」

 華はうなずき、相良さんと歩いていく。俺はその後ろ姿に、確かな胸の痛みを感じた。

「君って独占欲強いよね」
「……ほっといてください」

 俺が言うと、真さんは口だけで笑った。

「さて、と。そうだな、その子、応接室あたりに呼び出そう」

 真さんは勝手知ったるかつての学び舎、スッと背筋を伸ばして歩き出しながら言う。俺は後に続いた。

「その、石宮さん?」
「はい」
「僕、知ってるんだよね」
「……もしかして、華のことを?」

 誰かれ構わず華を犯人扱いして言いふらして歩いているのか?
 そう思って眉をしかめたが、真さんは不思議そうに俺を見やった。

「違うよ。千晶。千晶がなんだっけ、悪役なんだって……ああ、もっと早く手を打っておけばよかった。あんな子、どうとでもできたのに」
「……はぁ」

 真さんの「どうとでもできた」内容はさておき、ーー俺は呆れた。石宮は、自分が気にくわない人間を「悪役」に仕立て上げようとしているだけではないか。

(しかも、疵だらけの論理で)

 華たちが「悪役」なら、自分は「正義」だとでも言いたいのだろうか?
 だとすれば、なんと独りよがりな「正義」なんだろうか。

「それと、なんだかねえ、僕は彼女に惚れているんだってさ」
「……は?」
「全く訳が分からないよ、なぜ僕があの子に惚れなきゃならないんだ、全くタイプじゃないのに」
「……はぁ」
「僕のタイプは、色白ポニテで怒るとぷんすか可愛らしい子だね」
「……」

 あなたの妹じゃないか、それは。
 じとりと見つめると、俺を見て少し微笑む。

「もしくは、ショートボブで大きな猫目の、少し背の小さい女の子」

 俺は息を飲んで真さんを見つめる。

「ねえ僕本気だからね」
「……諦めてください」
「あっは、ほんと君って素直!」

 そして、笑いながら職員室のドアを開ける。

「ところで、どうやって呼び出すんです?」

 俺がそう言うと、真さんは不思議そうに頭を傾げた。

「呼び出してもらえばよくない?」
「誰に、」
「あ、いた。せーんせ」
「はうっ、な、鍋島くん!?」

 教頭だ。驚きすぎて、椅子から転がり落ちていた。

「な、なぜ中等部にっ」
「なぜもクソもありませんよ教頭先生。ちょおっとお願いがあるんです」
「な、なんだね」
「特進クラスの石宮さん? その子、ちょーっと呼んでもらえません? 変なことはしませんから。応接室お借りしますよ?」
「へ、へんな、変なことっ!?」
「だからしませんって。ほら、優等生でブッキッシュでイイコちゃんな鹿王院くんも一緒ですよう」

 俺が少しムッとした顔で真さんを見ると「いい意味でだよ、いい意味」と言って手をヒラヒラとさせる。

ブッキッシュ堅苦しい、か)

 華もそんな風に思っていたり、するのだろう、か……。

「ろ、鹿王院君。キミ、鍋島君と親しいのか、な?」
「いえ先生、たまたまです、今回だけ。例外的に」
「そーんなに言わなくたってさ」

 真さんは口を尖らせる。

「で、教頭先生?」
「わ、わかった、石宮さんだな」

 教頭は立ち上がり、渋い顔で内線を手に取った。

「じゃ、応接室で待とうか」

 にこり、と笑うけれど……あの反応、教頭、もしや真さんに何か弱みでも握られているのか……?
 無言で真さんについていく。
 応接室は職員室のはす向かいにある。一応は名門私立の応接室だ、それなりの設備なのだろう、と思うが詳しくは分からない。
 応接セットの、ガラステーブルを挟んで向かい合わせのソファ、その片側に真さんは座った。優雅に足を組む。

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「そうですか」
「女の子と」
「……」

 俺は座りかけたソファから立ち上がる。なんとなく座りたくない。

「ケッペキぃ」
「……どうとでも言ってください」

 真さんの後ろに立つ。

「やだなぁ圧迫感」
「……」
「ねぇぶっちゃけ、華チャンとどこまでいってるの?」
「……」
「無視だあ」

 ケタケタ、と笑う真さんに俺はため息をついた。あんなに会いたくない石宮が、早くこればいいのにと思う。
 果たして、ドアがコンコン、と叩かれた。

「はぁい」

 真さんが目を細めた。ぴり、と空気が冷える。

「な、鍋島先輩、呼んでくださった、って……ひゃあっ、ろ、鹿王院君もっ」

 入ってきた石宮は心底嬉しそうにする。

「わ、分かってくださったんですねっ、あの子達が"悪"だってこと」

 まだ言うか。
 俺は眉をひそめ、言い返そうとしたが真さんの手に遮られた。

「そう、やっとキミの言ってる意味がわかったよ」
「真さん!?」
「る、瑠璃、嬉しいですっ」

 石宮はその大きな瞳に涙を縷々と浮かべた。

「ぐすっ、瑠璃、な、なかなか分かってもらえなくってっ」
「そうだったんだ、大変だったね? ……ずっとひとりで、頑張ってきたのかな?」
「そ、そぉ、なんですっ、瑠璃っ、瑠璃っ」
「ふふ」

 真さんは立ち上がり、石宮に近づく。そしてその涙を右手の人差し指で拭った。

「可哀想な瑠璃。ねぇ、誰も助けてくれなかったの? ごめんね、遅くなって」
「い、いいえっ、いいえっ鍋島先輩! 分かってくださったなら、る、瑠璃はそれでっ。それに」
「それに?」

 真さんは口だけで笑う。目は変わらず冷え冷えとしていた。

「それに、る、瑠璃の味方になってくれた人、たちもっ」
「ふうん? そうなの? どんな人?」

 教えてくれる? と真さんは目を細めた。

「は、はいっ。教会の神父様でっ、あの、キリスト教のっ」
「そう。お礼を言いたいから、その教会の場所を教えてくれるかな」
「はいっ」

 にこにこ、と何ら疑念を持っていない、その笑顔。純真な子供の瞳。
 "教会の場所"を一生懸命に説明する石宮を、真さんは冷然たる瞳で見下ろしていた。
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