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分岐・鹿王院樹

略取未遂

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 翌日学校へ行っても、千晶ちゃんは来ていなかった。
 まだ学校のみんなは千晶ちゃんが行方不明になっている、なんて知らない。体調不良かな? くらいの認識だろう。
 不安がじわじわと大きくなる。

(確か)

 女子中学生の集団失踪。九州と、山口から始まり、大阪、三重、岐阜。秋口には神奈川でも同じように忽然と消えた子がいる、らしい。
 ただ、警察では、千晶ちゃんを彼女たちと同じように扱っていいものか方針が決まっていないらしい。
 千晶ちゃんは大物政治家の孫娘。営利目的でも、政治目的でも、誘拐があり得る。

(……真さんは、あの教団を疑ってるみたいだった)

 でも、千晶ちゃんを誘拐してなんになるんだろう? それこそ政治的な何かが絡んでいる、とか……?
 私は朝のホームルーム中、それについて考えてーーよし、と決めた。

(学校にいても、なにも始まらない)

 私はホームルームが終わるや否や、職員室の相良先生のところへ行く。

「体調不良なので帰ります」
「……急だね?」
「持病の癪が」
「時代的だね」

 相良先生は「うーん」と首を傾げて、それから言った。

「鍋島さん?」
「……そ、です」
「君に何ができるの?」

 先生のまっすぐな目。

「警察も、ご家族の方も動いていて」
「でも」

 私は、プリーツスカートをぎゅうっと握りしめる。

「何もしないでただ待ってるっていうの、私、無理です」

 私はじっと先生の目を見つめた。

「友達が、ピンチかもなのに」
「……変わらないねぇ、そういうとこ」
「え?」
「ううん、ひとりごと……分かりました、ただし危険なことはしないと約束できますか?」
「は、はいっ」

 先生から許可をもらい、小走りで昇降口へ向かっていると、「ちょっと!」と声をかけられた。

「え、と……東城さん」

 難しい顔をした東城さんが、ツカツカと歩いてくる。

「何の用かな、私、急いでて」
「鍋島さんのことでしょ」

 東城さんはキョロキョロしながら言う。人目を気にしているようだった。

「あのね、あたし、昨日鍋島さん見たのよ」
「……え?」

 私は目を見開く。

「お、教えて、どこで!?」
「……交換条件があるわ」
「交換条件?」
「そう」

 東城さんは肩をすくめた。

「あたしの父親、商社で働いてるんだけどさ」
「うん」
「アンタの許婚のオヤかなんかがやってる系列の会社、なのよね」
「え」

 そうだったのか。ぱちくりと目を瞬かせた。

「で、ね……まぁハッキリ言うと、アンタの許婚とトラブルになったせいで、ウチの父親、転勤させられそうなの」
「……それって、その、樹くんが?」

 指示、したんだろうか?
 公私混同しない人だと思うんだけど。

「関係ないと思うわよ、パパはそう言ってた。でもおエライ人は気を使うんじゃない? で、その転勤、無くして欲しいの」
「え」
「できるでしょ? 頼んで」
「……確約はできないけど」
「それでいいわ」

 東城さんは肩をすくめた。

「元々、あたしが蒔いた種だし」
「……ねぇ、なんでひよりちゃんのこといじめてたの?」
「ん? ああ、あたしの好きな男子があの子のこと好きだったから」
「え、そんなんでいじめたの?」
「そんなんでいじめるのよ、あたしは」

 東城さんは笑う。

「性格悪いからね」
「はぁ……」

 そんな、堂々と。

「性格ブスだから」
「……」

 根に持ってるじゃん。

「なによその顔。やっぱブスね」

 む、と睨んでみる。東城さんは笑った。

「そんな顔してもブスさが増すだけよ」

 それから続けた。

「昨日、鍋島さん見たのはウチの近く。あの変な宗教の支部? なんかそんなんがあるとこ」
「えっ!?」

 変な宗教、って、例の、だろうか。

「ホラ街宣車で走り回ってるでしょ」
「うん」

 私は少し呆然と頷いた。

(本当に、あの宗教に?)

「千晶ちゃん、ひとりだった?」
「ううん」

 東城さんは思い出すそぶりをして、それから言った。

「女の子といたわね。割と綺麗目な子。髪の毛少し明るくて、フワフワしたかんじの」
「……!」

 私は息を飲んだ。

(それって)

 石宮瑠璃ーー!?
 私は学校を飛び出ながら、お子様スマホを取り出して樹くんに電話をかける。

(出る、かな?)

 授業中だろうし、無理かなと思ったが出てくれた。

『華? どうかしたか』
「樹くん! 真さんと話せる?」
『真さん? なぜだ』
「あのね、千晶ちゃんが……わぁっ!?」

 私は突然腕を掴まれて、ぐいっと引かれた。スマホを落として、それがアスファルトにぶつかる音。それから口を塞がれる。

「んー! んー! んー!?」
「静かにしなさい、これも聖女の啓示なのですよ」

 私を羽交い締めにしている男の人が、静かに言う。
 すーっと、黒いセダンが近づいてきてドアが開いた。

「さあ、乗って」

 私は涙目になりながら抵抗する。私の口を塞ぐその手を噛もう、とした瞬間、その男の人は「んぐっ」という低い声と共に倒れた。

「僕の生徒になんのご用事ですかねぇ?」
「さ、相良先生っ」

 私はさっ、と相良先生の後ろに隠される。男の人は立ち上がり、キョロキョロした後車に飛び乗った。すぐさま車は動き出す。
 へなへな、と座り込む。

「大丈夫だった?」

 相良先生に手伝われ、立ち上がる。先生は落ちているスマホを手に取り「はいはい、おたくの許婚さんはご無事ですよ」と少し眉を寄せて言った。それから私にスマホを渡す。スマホの向こうからは、樹くんの焦燥した声。

『華!』
「い、樹くん」

 樹くんは一瞬、息を飲む。それから長いため息の後、『無事で良かった』と弱々しく呟いた。

『華に、何かあったらどうしようかと』
「大丈夫、先生が助けてくれたから」

 そう言って先生を見上げると、先生は笑った。

『ああ、先生……か、なるほど』

 含みのある言い方に、私は首を傾げた。

「とりあえず、家まで送りますよ設楽さん」
「え、でも」

 先生、授業とか大丈夫なんだろうか。
 先生は笑う。

「こっちも重要な仕事なんで」
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