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分岐・相良仁

ブラックコーヒー

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 まぁ仁に好きな人がいたって、なんの関係も? 支障も? ないんですけどー?
 なんて、少し拗ねてしまうのは、きっとその「好きな人」が誰か教えてくれないから。
 捻挫もすっかり治った10月半ばのことだ。

「ま、いいんだけどさっ」
「その割に華ちゃん、気にしてるじゃない」
「む」

 昼休み、次の授業が体育だから早めに移動しよう、と千晶ちゃんとふたり、更衣室に向かいながら、そんな話をしている時だった。
 体育館へ向かう渡り廊下から、体育館裏方面に、人影が見えた気がして何気なく覗き込む。

「あれ、ひよりちゃん?」
「わ、華ちゃんストップっ」

 千晶ちゃんに腕を引かれる。そして耳元で囁かれた。

「告白じゃない?」
「え、あ、ほんとだ?」

 ひそひそ、と私たちはささやき合う。
 ひよりちゃんの前には、多分1組の男子。
 ひよりちゃんの「ごめんなさい、好きな人がいるの」がやたらと大きく聞こえて、男子は気まずそうに笑いながら去っていった。

「……好きな人」
「お兄様よね、やっぱ」
「秋月くんはなにをしてるの」
「彼はなんやかんやヘタレだからなぁっ」
「え、あれ、華ちゃんに千晶ちゃん!?」

 ひよりちゃんの声がして、びくびくと顔をだす。

「ご、ごめん立ち聞きするつもりはなかったんだけど」
「いーのいーの、良くあるから」
「良くあるの?」
「あるある」

 ひよりちゃんは苦笑いする。

「そんなさ、すぐ付き合えそうに見えるー?」
「そういうんじゃない、と思うけど」

 ひよりちゃんは可愛いし、明るいし、そりゃ好きになっちゃうよなぁと思う。

「そかなー。好きな人には振り向いてもらえないのにね? なんかフクザツだよ」

 渡り廊下へ上がってきつつ、ひよりちゃんは切なそうな顔をする。

「土足で出ちゃったや」
「まぁ人目を避けたらそうなるよね」
「そーゆーもんかな、あ、ごめん」

 体育館から出てきた女子と、ひよりちゃんがぶつかる。
 ぶつかった女の子は、無言でひよりちゃんを見ると、サッサと行ってしまった。

「え、感じ悪っ。誰? タイの色からしたら同じ学年だね」

 千晶ちゃんが眉をひそめて言う。
 この学校では、セーラー服のタイの色が学年ごとに違う。私たちは白、ひとつ上が赤、ひとつ下は緑。
 さっきの子は白いタイだったので、同じ学年のはずだ。

「あ、同じクラスの子。東城さん。キツイ子で有名だから、多分機嫌悪かったんじゃない? いつも、わたしにはあんなだし」

 ひよりちゃんが肩をすくめる。

「嫌われてるっぽいんだよねー」
「え、ほんとに」

 私もさすがに眉をひそめ、そして考えていた。
 もしかして、あの子が"いじめ"を起こすんじゃないかって。
 そんな話を、放課後、社会科準備室で仁に話す。

「あー、東城なぁ。友達も多くて割とリーダーシップ取れるヤツなんだけど、メンタルがなぁ」
「まぁ、もう少ししたら落ち着くと思うけどさ」

 そういう子もたいてい、高校、大学と経るにつれて、性格は落ち着いていく。中学は思春期真っ只中、というのもあって本人ですらコントロールできない部分もあるのだろう。

「まだ具体的なトラブルは起きてねーんだな?」
「うん、今のところ。でも一番アヤシイ」
「それだけで犯人扱いはできねーだろ」
「そーなんだよねー」

 私は机につっぷして仁を見上げる。

「先回りして"いじめ"どうにかできたら一番いいんだけど」
「難しいよなぁ」

 仁はうーん、と腕を組む。

「特に女子の世界はややこしい」
「オッサンには分かんないよねぇ?」
「オッサン言うな、お前も中身はBBAだろーが」
「女性にそんなこと言っちゃだめなんだー、セクハラ~、セクハラロリコン」
「めちゃくちゃ言うな、お前」

 仁は呆れたように言って、コーヒーを一口飲んだ。

「いいな、ちょうだい」
「おう」

 準備室の隅っこにあるコーヒーポットから、仁がコーヒーを注いでくれる。

「ホントは俺は紅茶派なんだ」
「え、そうなの」
「めんどくせーからコーヒーにしてるだけ」

 スイッチ入れたらできるもんな、とコーヒーメーカーを見遣る。

「そういや仁って、」

 その時だった。ガラリ、とドアが開く。

「あ、ひよりちゃん」

 噂をすれば、だ。

「あれ、いーなー華ちゃん、コーヒーもらってるの?」
「大友さんもいりますか?」

 相良先生モード、な仁は指を一本、口の前に立てる。

「秘密ですよ」
「わーい」

 ガラガラとドアをしめつつ、ひよりちゃんは笑う。

「忘れてた宿題、出しに来たんです」
「はい、ちょうだいしましょう」

 ひよりちゃんがノートを渡し、仁はそれをうやうやしく受け取った。代わりにコーヒーカップを渡す。

「お砂糖ないですか」
「ごめん、ブラック派で」
「えー。華ちゃんも大丈夫なの、ブラック」
「うん、わりと」
「うー。がんばる」

 私の横に座って、ひよりちゃんは渋々とブラックコーヒーを飲み始めた。飲む、というより舐める、というか。
 思わずクスクス、笑う。

「もう、なに」
「違うの、私の友達にも、ブラック飲めない人がいて。大人っぽいのに飲めないから、ギャップが面白くて、それ思い出して」

 樹くんのことだ。あの子、あんなにしっかりしてるのに、お子様舌なんだよなぁ。可愛らしいったら。
 ふと仁の視線を感じる。何か言いたげなような。首をかしげると、目をそらされた。なんだそりゃ。
 私がそう思ったとき、窓の外から大きな音楽と、拡声器で音割れした男の人の声が響き渡る。

「選挙?」
「や、これあれだね」

 仁が窓の外を見る。

「最近騒がしい新興宗教」
「あー、テレビでやってるやつだ、ワイドショーとかで。アヤシゲなシューキョーだって」

 ひよりちゃんも立ち上がって、窓の外を見ながら言う。

「え、なになに」

 私も窓際に近づく。
 窓の外で、街宣車がゆっくりとしたスピードで走っていく。西洋風なような、お経のような、ちょっと不思議な音楽。
 車に付けられた看板には「世界の終わりが近い」とおどろおどろしい赤文字で書かれていた。

「やだねー、ああいうの。不安煽って」

 信じちゃダメだよ、と仁は言う。

(世界が終わる、かぁ)

 なんだっけ、覚えがある。恐怖の大魔王が降りてくるってやつ。ええと、そうだ。

「あは、思い出した、ノストラダムスみたい」
「ノストラダムス?」

 ひよりちゃんが不思議そうにして、私は「えへへ」と曖昧に笑った。そうか、中学生、生まれてもないのか……!
 私、なんとなく覚えてるけど。幼稚園だったか、小学校だったか。お姉ちゃんに「もう世界が終わってみんな死ぬんだ」って随分と脅されたなぁ……。
 アラサー(中身)がひとりでショックを受けてると、仁がぷすぷすと笑って言う。腹立つなぁ、もう!

「ノストラダムスの大予言っていう、世界が終わるだの終わらないだの、そういう噂があったんだよ、20世紀末に。中学生は知らないだろうけど。中学生は、生まれてもないから知らないだろうけど」

 お、オカルト好きな子とかは知ってるかもじゃん! と睨みつける。仁は素知らぬ顔でコーヒーを飲んだ。ほんとにもう!

「へー」

 ひよりちゃんは首をかしげる。

「信じてどーするんだろ、そんなの」
「さぁ、……分からないけど、彼らは」

 仁はちらり、と窓の外を見遣る。少しずつ遠ざかる音楽。

「死にたくなければ、ウチの宗教に入りなさい、ってことみたい。自分たちではキリスト教……、カトリックを名乗ってはいるらしいけど、もちろんバチカンは認めてない」

 それから仁は皮肉っぽく、笑う。

「それに自称、隠れキリシタンの末裔とか言ってるけど、そもそも創設が最近っていう、ね。隠れるも何もないよね」
「えー。長崎とかの? ほんとかもよ?」
「ほんとの潜伏キリシタンの方のやり方とは全然違うから別物だよ。あそこは騙ってるだけ」
「えー、ダメじゃん」
「ダメなの、カルトだからね、興味持ったらダメ。気をつけて。設楽さんも」
「わ、私も? 大丈夫ですよ」
「どうかな、騙されやすそうだから」
「失礼な……あ、暗くなる前に帰ります。ひよりちゃん部活は?」
「今日ミーティングだけだったから。一緒に帰ろ!」
「うん! じゃ、相良先生また」
「はい、気をつけて」

 相良先生モードの仁がなんだかくすぐったくて、クスクス笑いながら準備室を出る。ひよりちゃんは不思議そうにしていたけど、特に何をいうこともなかった。
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