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分岐・黒田健

保健室

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「何やってんだ、お前ら!」

 ばん、と音楽室に飛び込んできた相良先生が叫ぶ。

「な、なにも」
「あたしたち、ふざけてただけでっ」

 東城さんたちは言い訳をするけど、真実味は全くなかった。私の服は乱れていて、ひよりちゃんは号泣していたからだ。

「うおっ、何やってんだ!」
「ひよりちゃん、華ちゃんっ!」

 他の先生や千晶ちゃんもすぐにやってきて、ひよりちゃんを千晶ちゃんが保健室へ連れて行くことになった。

「来るのが早ぇ、まだオトシマエつけてねーのに」

 黒田くんは男子たちと東城さんを睨みつけながら舌打ちをした。

「……殴ったりしなくて、よかった」

 私は黒田くんの制服の裾を握って、ほう、と息をつく。
 殴ったりなんかしたら、それこそ廊下で正座じゃ済まないだろう。たとえ、理由が理由でも。

「……お前に手ぇ出されて、何もすんなって?」

 黒田くんは厳しい目つきのまま、つぶやく。

「……ごめん。でも、時間がなかったから」
「それはわかってる。設楽を責めてるんじゃねーんだ。悪い」

 そう言って、黒田くんは片腕でわたしを抱きしめてくれた。頭をぽんぽん、と優しく叩かれる。そのあったかさに安心して、私はほんのすこしだけ、泣いてしまう。

(緊張、してたのかな)

 タイを結び直しているうちに、東城さんたちは連れていかれた。

「ごめん、遅くなって」

 相良先生はものすごく申し訳なさそうに言った。

「もっと東城さん、マークしておくべきだったのに」

 眉を強く寄せる。

「い、いえ」
 ぶんぶんと、首を振る。私のスタンドプレイも良くなかった。でも、私が遅くなってたら、と思うとゾッとする。

(ひよりちゃんの心にもっと大きな傷ができてたかもしれない)

 ……きっとできていただろう。そう思えば、自分の行動に後悔はなかった。

「明日話を聞かせてね、無理しないで」

 先生がそう言ってくれて、私はこくりと頷く。

「ええと、家の人、迎えに来てくれるのかな」
「送ります」

 心配そうな先生に、黒田くんは淡々と言った。
 黒田くんはそう言ってくれたけど、外はすっかり、暗くなっていた。歩けそうにない。
 2人並んで、廊下を歩きながら話す。

「……うちから自転車取ってくるから待ってろ」
「え、いいよ、車来てもらう」
「送りたい。送らせろ。俺のワガママだってのは自覚してる」

 黒田くんは私を見ずに言う。
 辛そうな顔をしていて、私は思わず頷いた。
 がらり、と保健室の扉を開けると、ひよりちゃんは千晶ちゃんに抱きついて、背中をぽんぽん、と叩かれていた。

「は、華ちゃあん」

 ぼろぼろと涙をこぼしながら、ひよりちゃんは私を呼ぶ。

「ひよりちゃん、大丈夫?」

 駆け寄りながらそう言う。大丈夫じゃないよね、と思いながらもそんな言葉しか、出てこない。

「う、う、ありがと、ごめん、ね」
「謝らないで」

 私はそう言って、ひよりちゃんの髪を撫でる。

「もう大丈夫だから」
「……、うんっ」

 千晶ちゃんと目が合う。

「おつかれさま」
「うん」

 少し微笑まれてそう言われて、やっと私は心から安心できた。
 まだまだ問題は山積みだけど、とにかく"いじめ"の一番酷いところは回避できた、のではないかなと思う。

「じゃあすぐ戻る」

 黒田くんはひよりちゃんに怪我とかがないのを確認すると、そう言って保健室を出て行った。
 私たちは3人、ソファの上でくっついて過ごす。ひよりちゃんを真ん中。
 そんな風にしていたけど、暫くしてひよりちゃんのお母さんがやってくる。

「ひより」

 既に泣き腫らしてるお母さんに、ひよりちゃんは少し気まずそうにしながら、立ち上がってドアの方へ行く。

「校長室ですって、行ける? 大友さん」

 小西先生がそう言って、ひよりちゃんの頭を撫でた。
 ひよりちゃんはちょっとお母さんから目線をそらしつつ、頷く。

(あー、わかる)

 こういうの、親に知られたくなかったりするから。プライド、とも、心配かけたくない、とも何か違う。

「ひよりちゃん」

 真っ赤な目でひよりちゃんは振り向く。

「みんな、ひよりちゃんの味方だから。なんか色々思うこと、あるかもだけど。あの子達がもうあんなこと、他の人にもしないように、ひよりちゃん思いっきり証言してきて」
「……うん」

 ひよりちゃんは強く頷く。
 そして、小西先生に付き添われて、お母さんと一緒に出て行った。

「あー」

 千晶ちゃんは背伸びをする。

「ギリギリだった! ほんとありがと、華ちゃん」
「ううん、千晶ちゃんこそ呼んでくれてありがと」
「わたし、なんの役にも……って、華ちゃんは大丈夫?」
「私?」
「制服半分、脱ぎかかって、っていうか、脱がされかかってなかった?」
「あーうん、でもナカミ、オトナだし。思春期女子ほどのショックはないよ」

 そりゃ腹立つし嫌だし気持ち悪かったけど、でもショックの度合いはぜんぜん違うと思う。大人と子供では。

「まー、そうかもだけど」

 千晶ちゃんは心配げに眉を寄せた。

「何かあったら言って」
「うん」

 私が返事をしたその時、またもや例の宗教の街宣車が学校の横を通る。

「あ、これ騒がしいやつ。やだね、夜まで」

 千晶ちゃんは立って窓の外を見る。相変わらずな街宣車、今日は看板にライトまでつけていた。暗闇に浮かび上がる、「世界は終わる」の文字。

「ねー……あ。ねぇ、千晶ちゃん、ノストラダムス覚えてる?」
「ノストラダムス!」

 千晶ちゃんは笑った。

「懐かしっ!」
「だよねー、や、世界が終わるとか言うとさ、思い出さない? 小学校低学年かな、そんくらい」
「そーそーそー、うーわ、懐かしい。本当に地球終わると思ってた」
「わかる、8月になったら安心したよね」
「そうそう! ほんとノストラダムス怖かった」
「ノストラダムス、イコール、恐怖の大魔王みたいになってなかった? 違うんだけど」
「分かる、あの絵ね。あの絵」
「虚ろな目よ」
「……すげえ盛り上がってんな、なんか見えんのか」

 私は突然斜め後ろからした声に、びくりと肩を震わせた。

「くくくく黒田くん、もう戻ったの?」
「? まぁ、こっち戻るのはチャリだし」
「そっか」
「ああ、またか」

 黒田くんは眉をしかめた。

「クソくだんねぇヤツらだよな」
「知ってるの?」

 千晶ちゃんは黒田くんを見上げる。

「あー、あんま知らねーけど。信じなきゃ死ぬとか言ってんだろ」

 神様なら全員救えよ、チュートハンパしやがって、と黒田くんは言う。

「あは」

 その感想が黒田くんらしくて、ちょっと笑ってしまう。

「鍋島はどうやって帰んだ?」
「あ、もーすぐ迎えくる」

 千晶ちゃんはチラリと時計を見た。

「そうか、気をつけてな」
「うん、黒田くん」

 千晶ちゃんはふと、真面目な表情になる。

「華ちゃんとひよりちゃん、守ってくれてありがとう」
「……何もしてねーけど」
「そう? あの場に行ってくれたこと自体が、2人にとって大きなことだったと思うよ」

 千晶ちゃんは私にむかって「ね」と笑いかける。私も頷く。
 黒田くんは少し渋い顔をして、でも少し切り替えたように口元をゆるめた。

「……じゃ、また明日な」
「うん。華ちゃんもばいばい」
「ばいばい」

 並んで保健室を出て、昇降口まで向かう。扉の外に自転車が置いてあるのが見えて、でも私はそっちではなく、その横をすり抜けて歩いてくる人影に目を奪われた。

「あ、真、さん」
「あ? 鍋島兄か、迎えって」

 私は苦笑いした。多分これ、千晶ちゃん知らないんだろーなー……。

「や」

 真さんは片手を上げて綺麗に笑う。さらり、と髪が揺れた。

「保健室はどっち?」
「あ、えと、まっすぐ行ってもらって」

 簡単に説明をすると、「ありがと」と真さんは笑って、それから私のそばでじっと真さんを見つめる黒田くんに目をやる。

「君たち、お付き合いしてるんだよね?」
「はい」

 私が返事をする前に、黒田くんはハッキリ頷いた。

「付き合ってます」
「ふーん、あ、そー」

 真さんは少し嬉しそうに笑う。

「ね、知ってる? 中学から付き合って結婚する確率って、0.1パーセントくらいらしいよ?」
「じゃあ俺らその0.1パーセントっすね」

 黒田くんは即答して、私は黒田くんを見上げる。まっすぐに真さんを見ている。私は少し赤くなりながら、首を傾げた。

「あ、そー。ふーん。まぁ、いいか」

 真さんは目を細めた。

「ま、そのうちね」

 何がそのうちなんだろ、と思いながら廊下をさっさと歩いていく真さんを目で追っていると、黒田くんに名前を呼ばれた。

「ん?」

 見上げたその瞬間に、唇が重なる。

「ん、」
「……悪い」
「悪くは、ない、けど」

 私は照れながら目線をうろうろさせる。こんな風な唐突なキスは初めてで、ちょっとドギマギしてしまう。

「や、なんか、ほんと」

 黒田くんはしゃがみこむ。

「俺、ガキだわ」
「? どしたの?」
「独占欲とかヤバイし」
「?」
「ヨユーもねぇし」

 私は黒田くんの前にしゃがみこむ。同じように。

「私も、余裕ないよ」

 一緒だね、と笑いかけると黒田くんはやっと笑ってくれた。
 それからそっと私を抱きしめる。

「二度と、あんなカッコ他のやつに見せたりさせねー」

 あ、それずっと気にしてくれてたんだ、と私は目をぱちりとさせた。別に何が見えたって訳でもなかったのに。
 でもその気持ちが嬉しくて、私は小さく頷いた。
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