141 / 702
分岐・山ノ内瑛
雨の日
しおりを挟む
部室は体育館の横の棟にあって、別の運動部の部室なんかも並んでいた。雨で薄暗い上にカーテンも閉まっていたので、蛍光灯をつけてくれる。ひどく眩しく感じた。
アキラくんは自分のロッカーからジャージを取り出して言う。
「着とき、華。予備のやつやで最近使ってへんやつやから」
「ありがとう」
お礼を言って受け取り、羽織る。
(大きいなぁ)
あったかいなぁ、そう思うと、ぽろぽろ涙が出てくる。
(……きっと、次会うときは、"ゲーム"で知ってるアキラくん)
もっと背も伸びてるはずだ。
声も低くなってる。肩とかもがっちりしてるし、手も大きかった気がするし、なんて、そんなことを考えてると余計に涙が止まらない。
しゃがみこんで、膝に顔を埋める。
「華、華、どないしたん?」
アキラくんは座り込んで泣く私の背中を優しく撫でた。
「家出でもしたんか」
「……むしろ、家出、したい」
「ん?」
だけど、そんなことをしたところで、簡単に連れ帰られるんだろう。私は護衛……、というより、もはや私の感覚で言うならば、見張られているのだ。今だって、敦子さんのお目こぼしがあるから、動けているだけで。
「あのね、私、アキラくんに会っちゃダメって言われたの」
「は? 誰に」
「敦子さん」
「おばーさんに?」
「うん」
「ほんまか」
「……ん」
アキラくんはぎゅうっと私を抱きしめた。
「……華、冷えてんな」
「今日、寒いよね」
「せやな」
それから私の頬に手をやって「しんどい想いさせてごめん」と言う。
「華がそうしたいなら、今すぐにでも逃げるけど、つか、そうしたいねんけど」
優しい口調なのに、厳しい目をしていた。
「せっかく両思いなれた思うたのに、ハードルありすぎひん?」
「そ、だね」
私は少し笑ってしまう。
「めんどくさい?」
「そんなことあらへん」
アキラくんが笑ってくれるから、私はアキラくんにしがみつくように抱きついた。
「ヤダヤダヤダ、会えなくなるなんてヤダ、死んじゃう、むり」
こんなこと言いに来たんじゃないのだ。そんなつもりじゃなかったのに、もっと落ち着いて話せると思ったのに、私は大人なはずだったのに。
アキラくんもぎゅうっと私を抱きしめて、何か考えるように少し黙る。
「華、それ伝えに来てくれたん?」
「うん」
「そーか」
アキラくんはふと、何か思いついたように笑う。
「大丈夫や華、任せとき」
「え?」
「寂しい思いなんかさせへん」
「……もしかして、あっちに転校しようとか思ってないよね!?」
私はガバリと身体を離す。
「そんなのだめ、私のせいで進路とか変えちゃ、そんなの」
「華」
アキラくんは笑った。
「ちゃうねん、華のためだけやないねん、おとんのな、転勤先、東京やってん」
「東京?」
「せやねん、それでおかんがエライ心配しよってな、付いていきたいけど俺らおるしみたいになっててな」
ねーちゃんら3人はもういい大人やねんけどな、とアキラくんは笑う。
アキラくんと、弟くんのことだろう。
「でも」
せっかく入ったバスケの強豪校なのに。ベンチ入りできたのに。
「今日チラッと監督ともその話しててん。鎌倉に強いとこある言うてたやん。青百合言うねんけど」
「え」
「そこに転校な、多分すんねん」
「……あ」
(そっか)
てっきり、私は"高校から"青百合だと思ってたけど、付属中学校からの持ち上がりな可能性だってあったのだ。
ぼけっとした私に、アキラくんはニヤリと笑って「こっそり会いに行くわ、週7で」と耳元で囁いた。
「……毎日じゃん」
「ほんで、予定通り駆け落ちやで華」
「あは」
「ふっふ、これは運命的やで華、これは神さんも味方しとるわ」
笑いながらアキラくんは私の唇に自分のを重ねた。
「え」
「油断してたやろ」
「う、ん」
触れるだけのキス。
(あったかい)
離れて行ってしまったのが寂しくて。
「好き」
ぽつりと口から出た。
その言葉を反芻する。
(きっとあの日から、私、好きだったのに)
初めて会ったあの日から。あの病院での日々から。
「やっば」
アキラくんは私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「あんな、言うとくわ。すっごい好き、多分華が俺のこと好きって思ってる100万倍くらい好き」
「あは、じゃあ私、その100万倍好き」
「あほやん」
アキラくんはもう一度、私の唇に熱を落とす。離れて行くのがやっぱり寂しくて、アキラくんを見上げる。
「……華は甘えたさんやな?」
「甘えんぼだよ、私」
「ほな俺も甘えたさんやから、アレやな、丁度いいな?」
「あは、うん」
そうだね、と続けようとしたけど、それは3回目のキスで言えなくて、私は色んな問題のことを忘れてしまう。
きっと大丈夫だって思えてしまう。
それがアキラくんの凄いところなんだ。
アキラくんは自分のロッカーからジャージを取り出して言う。
「着とき、華。予備のやつやで最近使ってへんやつやから」
「ありがとう」
お礼を言って受け取り、羽織る。
(大きいなぁ)
あったかいなぁ、そう思うと、ぽろぽろ涙が出てくる。
(……きっと、次会うときは、"ゲーム"で知ってるアキラくん)
もっと背も伸びてるはずだ。
声も低くなってる。肩とかもがっちりしてるし、手も大きかった気がするし、なんて、そんなことを考えてると余計に涙が止まらない。
しゃがみこんで、膝に顔を埋める。
「華、華、どないしたん?」
アキラくんは座り込んで泣く私の背中を優しく撫でた。
「家出でもしたんか」
「……むしろ、家出、したい」
「ん?」
だけど、そんなことをしたところで、簡単に連れ帰られるんだろう。私は護衛……、というより、もはや私の感覚で言うならば、見張られているのだ。今だって、敦子さんのお目こぼしがあるから、動けているだけで。
「あのね、私、アキラくんに会っちゃダメって言われたの」
「は? 誰に」
「敦子さん」
「おばーさんに?」
「うん」
「ほんまか」
「……ん」
アキラくんはぎゅうっと私を抱きしめた。
「……華、冷えてんな」
「今日、寒いよね」
「せやな」
それから私の頬に手をやって「しんどい想いさせてごめん」と言う。
「華がそうしたいなら、今すぐにでも逃げるけど、つか、そうしたいねんけど」
優しい口調なのに、厳しい目をしていた。
「せっかく両思いなれた思うたのに、ハードルありすぎひん?」
「そ、だね」
私は少し笑ってしまう。
「めんどくさい?」
「そんなことあらへん」
アキラくんが笑ってくれるから、私はアキラくんにしがみつくように抱きついた。
「ヤダヤダヤダ、会えなくなるなんてヤダ、死んじゃう、むり」
こんなこと言いに来たんじゃないのだ。そんなつもりじゃなかったのに、もっと落ち着いて話せると思ったのに、私は大人なはずだったのに。
アキラくんもぎゅうっと私を抱きしめて、何か考えるように少し黙る。
「華、それ伝えに来てくれたん?」
「うん」
「そーか」
アキラくんはふと、何か思いついたように笑う。
「大丈夫や華、任せとき」
「え?」
「寂しい思いなんかさせへん」
「……もしかして、あっちに転校しようとか思ってないよね!?」
私はガバリと身体を離す。
「そんなのだめ、私のせいで進路とか変えちゃ、そんなの」
「華」
アキラくんは笑った。
「ちゃうねん、華のためだけやないねん、おとんのな、転勤先、東京やってん」
「東京?」
「せやねん、それでおかんがエライ心配しよってな、付いていきたいけど俺らおるしみたいになっててな」
ねーちゃんら3人はもういい大人やねんけどな、とアキラくんは笑う。
アキラくんと、弟くんのことだろう。
「でも」
せっかく入ったバスケの強豪校なのに。ベンチ入りできたのに。
「今日チラッと監督ともその話しててん。鎌倉に強いとこある言うてたやん。青百合言うねんけど」
「え」
「そこに転校な、多分すんねん」
「……あ」
(そっか)
てっきり、私は"高校から"青百合だと思ってたけど、付属中学校からの持ち上がりな可能性だってあったのだ。
ぼけっとした私に、アキラくんはニヤリと笑って「こっそり会いに行くわ、週7で」と耳元で囁いた。
「……毎日じゃん」
「ほんで、予定通り駆け落ちやで華」
「あは」
「ふっふ、これは運命的やで華、これは神さんも味方しとるわ」
笑いながらアキラくんは私の唇に自分のを重ねた。
「え」
「油断してたやろ」
「う、ん」
触れるだけのキス。
(あったかい)
離れて行ってしまったのが寂しくて。
「好き」
ぽつりと口から出た。
その言葉を反芻する。
(きっとあの日から、私、好きだったのに)
初めて会ったあの日から。あの病院での日々から。
「やっば」
アキラくんは私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「あんな、言うとくわ。すっごい好き、多分華が俺のこと好きって思ってる100万倍くらい好き」
「あは、じゃあ私、その100万倍好き」
「あほやん」
アキラくんはもう一度、私の唇に熱を落とす。離れて行くのがやっぱり寂しくて、アキラくんを見上げる。
「……華は甘えたさんやな?」
「甘えんぼだよ、私」
「ほな俺も甘えたさんやから、アレやな、丁度いいな?」
「あは、うん」
そうだね、と続けようとしたけど、それは3回目のキスで言えなくて、私は色んな問題のことを忘れてしまう。
きっと大丈夫だって思えてしまう。
それがアキラくんの凄いところなんだ。
0
お気に入りに追加
3,077
あなたにおすすめの小説
転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~
ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉
攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。
私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。
美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~!
【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避
【2章】王国発展・vs.ヒロイン
【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。
※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。
※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/
Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/
※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。
三木猫
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公の美鈴。どうせ転生するなら悪役令嬢とかライバルに転生したかったのにっ!!男性が怖い私に乙女ゲームの世界、しかもヒロインってどう言う事よっ!?
テンプレ設定から始まる美鈴のヒロイン人生。どうなることやら…?
※本編ストーリー、他キャラルート共に全て完結致しました。
本作を読むにあたり、まず本編をお読みの上で小話をお読み下さい。小話はあくまで日常話なので読まずとも支障はありません。お暇な時にどうぞ。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる