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分岐・黒田健

その目の男の子(side敦子)

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 いつか、こんな風になる気がしていた。

「あのね、敦子さん、私」

 好きな人ができたの、って。

「あの子でしょ、黒田くん」
「え、なんでわかるの?」

 華は首を傾げて不思議そう。

(父親に似た人を好きになる、って本当なのかしら)

 華に、父親の記憶はないけれど。
 あの少年の目。
 華の父親の目と、同じような、あの目。かたちも色も違うのに、同じ印象を抱いた。

「……、好きになさい」
「え」

 華は拍子抜けしたように目を丸くする。

「え、いいの?」
「いいわよ」

 あたしは微笑みながら思う。

(ねぇ、華、中学時代にお付き合いした男の子と、一体どれくらいの人が結婚まで至るでしょうね?)

 可能性は低い。無視してもいいほどに。

(最終的に、樹くんと添ってくれたら、それで)

 まぁ樹くんは複雑よね、とため息をつく。あんなに華を好きでいるのに。

「樹くんにはあなたから話なさい」
「う、ん、それは勿論」

 真剣に華はうなずく。

「でも、婚約の解消はさせません」
「え!?」

 華は驚いて顔を上げた。

「なんで!?」
「華、これはね、家と家のことでもあるの」

 諭すように言う。

「あなたたちには申し訳ないけれど、少なくとも高校を卒業するまで解消はないと思って」
「……、形だけ、でいいんだよね?」
「そうね」

 あたしは微笑んでみせる。

(あなたを守るためなの)

 そう言えば、この子はどう思うだろう?

(反発するかしら)

 するかもしれない。しないかも、しれない。
 どちらにしろ、成長して、もし樹くん以外の誰かと将来を望むならば……それが、その黒田くんであろうとそうでなかろうと、その近い将来に、華はあたしを恨むだろう。と心の中で自嘲する。あたし、というよりは常盤の家そのものを。
 結局は自家撞着だ。大事なものを守るためには力が必要で、でもそのために、華を傷つける。
 そしていつか、……出て行ってしまうかもしれない。エミのように。
 あの日を思い出す。冷たくなったエミ。目を開けない彼女を見下ろして、あたしは泣けさえしなかった。この子を勘当したあたしに、兄の権力に負けたあたしに、そんな権利はもうないと思ったから。

(この子まで)

 失うわけには、いかないのだ。

 電話の先で、静子さんは「あらあら」と笑った。

『樹ったら失恋ねー?』
「……とはいえ、中学生ですから」
『分かってるわよ』

 静子さんは笑う。

『変に縛り付けて反発されてもねぇ。樹もそんなことは望まないでしょうし……あたしとしても例の件、スムーズにいけばそれで』
「申し訳ありません」
『謝らないでよー、お互いにメリットがある話なんじゃない、そもそも』

 最近海外、特に発展途上国での開発に力を入れている鹿王院には、常盤の金融関係企業のバックアップが。

(あたしは、孫が鹿王院の許婚である、というバックが)

 元々、あたしは嫁に行った身だった。常盤の中枢にくいつけるはずもない。だけれど、実力で会社を興し、確実に力をつけてきた、と思う。
 華の婚約は、古くさいタヌキどもを黙らせるのに一役買ってくれた。常盤はあくまで商人の子孫だけれど、鹿王院は平安朝まで遡れる。アイツらはそういった権威にひどく弱いのだ。

(あのクソ兄貴の喉元まで、あと一息)

 もし、無事にあのクソ兄貴とその取り巻き連中を失脚にまで追い込めたら……その時やっと、華を自由にしてやれるかもしれない、とぼんやり思った。
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