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分岐・鹿王院樹

ワガママな悪役令嬢

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 なんだか最近の私はワガママだ。すごくワガママだ。自覚がある。悪役令嬢ここにありって感じ。

「どっか行きたい」
「どっかってどこだ」
「どこでも」

 この数日、いや、もう1週間になる。毎日樹くんの家に来ている。魚を観るって名目で。

(もーすぐ夏休みも終わっちゃう)

 夏休み明けたら、こう頻繁には来られないだろうなぁと思う。
 そんなわけで、今日は午前練だけだった樹くんの家に、お昼すぐに来てお昼ご飯までいただいた。お素麺に穴子飯。美味しかった……! 八重子さんもお料理上手だけど、吉田さんもほんとにお上手。
 と、いうか。さすがに連日だし。

(バレバレだよね)

 私が樹くんのこと、気になってることなんか。

(どう思ってるんだろ、こういうの。毎日来てるの。樹くんは)

 そう思うと、ぽおっと頰が熱くなるのでさりげなく(さりげなく無いかも)水槽を覗き込むフリをして顔を隠す。

「そうだな」

 樹くんはふむ、と腕を組んだ。

「パスポートはあるか?」
「? ないよ」
「明日と明後日、塾は?」
「あるけど、休めるよ」

 てか、遊んでくれるならおやすみする。ダメかなぁ。この夏休み、休まず通ったしそれくらいは許してほしいなぁ。

「ふむ」

 樹くんは首をかしげる。

「俺は、明日は休みで、明後日は午後練なんだ」
「うん」
「というわけでだ」

 樹くんは立ち上がる。

「行くぞ」
「どこに?」
「どこでもいいのだろう?」

 樹くんは少しいたずらっぽく笑った。
 そして私は、気がつけばめんそーれ、否、おーりとーりだった。
 どこいくんだろ、なんて思っている間にホイホイと車で空港まで連れていかれて、ですね。
 樹くんが車内で敦子さんに許可を取っていたけど、……そういえばあの会話なんだったんだろ?

「例の件は心配ないので、明後日まで解除するようにお願いできますか?」

 例の件、が気になったけど樹くんは何でもないような顔をしていたから、大したことではないのかもしれないなあ、と思う。教えてくれなかったし。
 そのあと飛行機に乗せられて、飛行機が降り立ったのは、めんそーれもめんそーれ、じゃない、おーりとーり。
 ハイビスカス咲き乱れる、ここは。

「おーりとーり石垣島」

 看板には「ようこそ」の意味だと書いてある。めんそーれは沖縄本島らしい。

「へぇ~」
「急ぐぞ華、船に乗る」
「え、さらに!?」
「さらに、だ」

 樹くんは面白そうに言うけど、私、手ぶらだし。樹くんはバックパック背負ってるけど。

(大丈夫なのかなぁ)

 ぼけーっと手ぶらでのんびり樹くんの後をついて歩く。
 タクシーに乗せられて、港へ。そこで高速船に乗せられて数十分。着いたのはもはや台湾の方が沖縄本島より近い、マングローブ生い茂る南の島、西表島。

「うわぁ」

 船が港に着き、デッキから空を見上げる。もう夕方が近いので、空は紺と朱色が入り混じった不思議な紫で、透明な海はそれを映して深い色をしている。昼と夜のあわい。

「きれー……」

 本州では、少なくとも私の行動範囲では見られない色。

(すごい)

 思わずじっと見つめてしまう。こんな色、初めてだ。

「日が落ちるが大丈夫か?」
「んー……」

 私は首を傾げて、手を差し出した。

「繋いでくれてたら」
「お安い御用だ」

 樹くんはふっと笑って私の手を握り、2人で船を降りる。

(ズルじゃないもん)

 私は頭の中で、誰かに言い訳する。

(誰かに手を繋いでてもらわなきゃダメなんだもんね)

 とはいえ、降りてすぐに車が待機してくれていたので、繋がなくても大丈夫だったかもなんだけど。
 なんだかこの南の島にあんまり似つかわしくない、黒塗りの高級国産車はのんびりと島を走り、その間にもゆっくりと陽が落ちて行く。
 私は窓越しに、なんだか黙ってそれを見つめていて、樹くんも何も言わなかった。時折、視線を感じたような気がするけど、……気のせいかもしれない。
 やがて車はリゾートホテルらしい建物のエントランス前に停車する。

「あ、ここ、知ってる」

 私はぱちくりとホテルの名前を見つめた。有名高級リゾートチェーンのひとつ。アクティビティとかが充実してて、雑誌とかの旅行特集で載ってる。敦子さんの雑誌で見かけたことがある。

「樹様、ようこそおいでくださいました」
「突然すみません、お世話になります」
「とんでもないことでございます、あ、お荷物お預かりいたしましょうか」

 そう微笑む四十代くらいの、姿勢が良い気持ちいい笑顔の男性の胸には「支配人」の文字が。

(わ、わざわざ支配人さんがお出迎え)

 てか、樹くん、どうやってここ抑えたんだろ……?
 シーズン中なのに。

(セレブにはセレブなルートがあるのかも)

 私は首をひねりつつ、支配人さんと談笑しながら歩く樹くんに着いて行く。

「華様」

 突然、支配人さんに話しかけられて、「ひゃい」と返事をする。ちょっと、噛んだ。

「お着替え等はお部屋に準備してございますので」
「え、あ、ありがとうございます」

 てか、名前知ってるんだ。いつのまに。
 部屋はワンフロアまるまる、とは行かないけど、結構高級な部屋でどきまぎする。年末年始に泊まる箱根の高級旅館と同じか、もっと豪華かも。
 支配人さんは特に説明することもなく「何かあればお申し付けください」と笑って去っていった。
 メインルームの大きな窓からは、ほとんど濃い紫になった空と、深い紺の海が見える。白い月と、きらきらとした星。

「う、わあ」
「綺麗だな」
「ねー」
「6月くらいまでなら、南十字星も見えるらしいが……夏は厳しいようだな」
「え、ほんと」

 南半球でしか見られないと思ってた。

「いつかまた来よう」
「うん」

 私はにこりと樹くんを見上げる。
 樹くんは嬉しそうに笑う。胸があったかくなる。幸せだなって思う。そう思ったぶん、ぎゅうっとした切なさみたいなのが胸を締め付ける。

「そういえば、夕食はビュッフェだぞ」
「うっわーい」
「部屋でも食べられるが、ビュッフェのほうがいいかと思って」
「うん、その方が楽しい」

 私はついニコニコしてしまう。

「ああ、あと、華の寝室は海側だ。着替えもそちらにあると思う」
「樹くんは?」
「あっちだ」

 メインルームを挟んで反対側。

(別々に寝るんだ)

 当たり前だけど。許婚とはいえ、中学生で、……「お付き合い」さえしてない。たんなる許婚ってだけ。

(寂しい)

 そう思ってしまった。離れたくないなぁって、そう思ってしまったから、つい変な言葉が口から出る。

「一緒に寝よ?」

 言った瞬間、私は赤面する。

(何言ってるの私!!!)

 いや、バカだ。ほんとに。中学生相手に何を口走ってるんだほんと! や、そんな変なつもりはないけど、ほんとにただ、一緒にいたかっただけなんど。
 私、ほんとに中身オトナ? なんか最近、自信というか、余裕みたいなのが無くなってきた気がする。
 樹くんの顔が見られない。顔を伏せて、足元を見つめる。樹くんは無言。怖い。
 樹くんは近づいてきて、ぽん、と私の頭を撫でた、というか少し叩いた、のかもしれない。

「自分を大事にしろ、華。そんなつもりで連れてきたんじゃない」

 胸がぎゅっとする。痛い。
 "そんなつもり"はないんだ。そりゃそうだけど。家族みたいなもの、なんだもんね。
 と、いうか、まだ子供だし。うん、ごもっともなんだけど。

「あは」

 私は笑う。
 せっかく連れてきてもらったのに(あんな「どっか連れてけ」っていうワガママで!)変な空気になっちゃうのはヤダ。

「ビュッフェ何時から?」

 樹くんは明らかにホッとした顔をして「もう行けるはずだ」と笑う。

「じゃあ行こ」

 手を取って言うと、樹くんは少し驚いた顔をして、それから笑った。
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