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分岐・相良仁
向日葵(side相良)
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「美術の課題ですか?」
公園でスケッチブックに一生懸命に(正直あまり上手じゃない。昔からそうだ)向日葵をスケッチする彼女に、そう話しかけると驚いたように振り向いた。
彼女の家の近所の公園。花壇に植えられている向日葵を美術の課題の題材に選んだらしい彼女は、日陰のベンチで、麦茶を時折口に運びつつ鉛筆で向日葵を描く。
「あれ、相良先生。家このへん?」
「いえ、ちょっと仕事で」
にこりと微笑む。
嘘じゃないもーん、お前に変なやつ寄ってこないようにすんのが仕事なんだもん。
(さて)
俺は空を見上げる。千載一遇のチャンスだ。小西は学校の方の仕事だし、他の同僚もいない。
(どうしたもんか)
不思議そうに見上げる彼女は、やっぱりかつての"彼女"と同じ表情。顔立ちは全然違うのに、どうしてこうも同じなのか。
「向日葵にしたんですか」
「え? あ、はい。好きな花なんで」
彼女は微笑む。
(俺と観に行ったから、とかだったらいいのに)
少しそう思う。ないだろうけど。
向日葵。
向日葵みたいだった、彼女。向日葵みたいな、この子。
あの日を思い出して、つい口から出る。
「向日葵の迷路覚えてる?」
「は?」
ぽかん、とする彼女。そりゃそうだ。でもすらすらと言葉が出てきてしまう。暑いからだ。きっとそうだ。
「すっげー暑くて、あと意外に難しかった」
「?」
「俺、麦茶もらって」
「先生?」
「あ、そういや、そのあとお前既婚者と付き合って別れて」
「……え、」
「そうだその前はバイト先の先輩だった。二股されてた」
「は?」
「俺そいつと喧嘩して頬の骨にヒビが」
「ちょ」
「骨で思い出した」
俺は彼女の頭を軽く、はたく。
「ほんとに骨拾わせてんじゃねーぞ、バカ」
「えええ」
彼女は頭を抑えて俺を見上げて、それから何度か瞬きをして、……泣いた。
「え、あ、うそ、泣く?」
おろおろと彼女の正面に回って、座り込む。
「ごめん」
なんでか謝ってしまう。
「ち、ちがっ」
それだけ言って、また彼女はしゃくりあげる。涙が次々に溢れてくる。彼女は必死でそれを手で拭うけど、全然間に合わない。
(……事案になる?)
いちおう、周りを窺うが真夏の昼日中の公園にわざわざくる人間もいないのか、人気はない。
おそるおそる、彼女にふれて、腕の中に閉じ込める。彼女は一瞬びくりとして、その後俺の服をぎゅうっと握ってわんわん泣いた。
(ずっとこうしたかったのに)
そう思うと、俺も泣けてきて、ちょっと泣いた。
「……いつから?」
しばらくして、少し落ち着いてきた彼女はそう言う。
「いつからって何? 記憶?」
「それもあるけど、……てか、暑い、離れて。ロリコン」
「おまっ、てめー、変わんねーなムカつく」
俺は減らず口を叩きながら(こういうとこがダメなのに!)彼女から離れる。
泣き腫らした顔をして、彼女は笑った。
「久しぶり」
「……おう。お前の記念すべき7回目のセカンド扱い発覚記念飲み以来だな」
「は!? なにそれほんっとアンタ変わらない! むかつく!」
「はっはっは」
やっば。幸せ。
「てか、いつから記憶あったの? いつ私だって気づいたの」
「記憶戻ったのは3年ちょっと前くらい。お前だって気づいたのは修学旅行んとき」
「え、6年の?」
「おう」
「えー、そんな素振りなかった」
「気づけよ」
俺は笑ってしまう。
「えー、早く言ってよ」
「いやなかなかタイミングがだな」
「あったでしょ」
「ないんだよなぁそれが」
護衛のこと言うべきか?
俺はちょっと迷って、まだやめておこうと決める。
(例の事件もあるしなー……)
西日本から始まった、連続女子中学生失踪事件。こんな時に「護衛ヤダ!」だなんだと駄々をこねられるのは得策ではない。
「ま、確信? そーいうの持てたのが最近だから。違ったらただの痛いやつじゃん」
ちょっと適当に答える。
「……、先輩にはただのヤバいやつだって言われてたね」
「え、あ? いたのお前?」
多分、ケンカした後の病院での会話だろう。聞かれてのか。アイツマジ関係ねートーク聞かれてたのか。や、関係ないんだけど俺の勝手だから。でもなんか、誤解? されてそうでヤだな、いや誤解でもないんだけど。すれ違ってそう。
「ま、いいや。会えて嬉しい」
「……、珍しく素直だなお前?」
「失礼な!」
口をぷう、ととんがらせて彼女は笑う。
「……あのさ、前世の名前で呼んでもいいか? 2人だけの時にするから」
俺の提案に、彼女は首を傾げて少し考えた。それから、首を振る。
「んーん、私、いま、華だから」
「そっかー」
俺は少しだけ惜しいような気持ちで、彼女の、華の髪に触れた。
「華」
「なに?」
「呼んだだけ」
「あ、そ」
華は笑う。かつてと同じ笑い方で、でも今は新しい人生を歩んでる女の子の笑顔で。
「……2人だけのときでいいからさー」
「ん?」
「俺のことジンって呼んでよ」
「……え、下の名前ジンだっけ?」
「ひど、担任の名前くらい覚えとけよ! ニンベンに漢字の2!」
「だって使わないじゃん!」
「だけどさ!」
俺は結構ショックでちょっと拗ねる。アホみたいだけど。
「ねーほら、拗ねないでよ、仁」
「……ん」
たったそれだけで、俺の機嫌は急回復する。ほんと俺って単純。ついでに撫でてくれたりしたら最高なんだけど、……事案? 事案になる?
「……お前さ、さっさと大人になれよ」
「なんで?」
「……飲みたいじゃん、また」
俺は相変わらず素直になれないのでそんな風に言ってしまうけど、彼女は笑ってくれる。
「だね! あと6年待って」
「6年か~」
俺は空を見上げる。湿度アリアリの空。入道雲が幅をきかせてる。少しだけ、なぁんにもない砂漠の空が懐かしくなる。
「なぁ、砂漠の空みたことある?」
「なに唐突に。ないけど」
「あっちって乾燥してんじゃん、だから空気中に水分がないわけ。地上から宇宙までヨケーなものが無い。だからすげー濃い青してる」
「え、見てみたい」
「……連れてってやろうか」
「うん」
素直に、嬉しそうに、華は言う。
「なんでも見せてやるよ、見たいものも、それから、やりたいことも」
全部全部全部、俺は君のお願い全てを叶えたい。
「ほんと? なんで?」
「生まれ変わり記念。特別出血大サービス」
「ふーん? あ。そだ、じゃ、一個お願い」
「ん?」
「私の20歳の誕生日、飲みに連れてって」
「……、そんなんでいーの」
「うん」
不思議そうに華は笑う。
「いま一番したいのって、それかな。あ、あと」
華は「良ければだけど」と言って続ける。
「その時さ、向日葵みにいこー。迷路になってるやつ。あれ楽しかった」
「……おう」
俺はそう答えるので精一杯。
(華の、前の誕生日は冬だった)
でも今度の誕生日は夏だ。
(毎年祝えたらいいな)
今年はもう過ぎてしまったけれど、でも来年はこっそり盛大に祝ってやろう、なんて思う。
公園でスケッチブックに一生懸命に(正直あまり上手じゃない。昔からそうだ)向日葵をスケッチする彼女に、そう話しかけると驚いたように振り向いた。
彼女の家の近所の公園。花壇に植えられている向日葵を美術の課題の題材に選んだらしい彼女は、日陰のベンチで、麦茶を時折口に運びつつ鉛筆で向日葵を描く。
「あれ、相良先生。家このへん?」
「いえ、ちょっと仕事で」
にこりと微笑む。
嘘じゃないもーん、お前に変なやつ寄ってこないようにすんのが仕事なんだもん。
(さて)
俺は空を見上げる。千載一遇のチャンスだ。小西は学校の方の仕事だし、他の同僚もいない。
(どうしたもんか)
不思議そうに見上げる彼女は、やっぱりかつての"彼女"と同じ表情。顔立ちは全然違うのに、どうしてこうも同じなのか。
「向日葵にしたんですか」
「え? あ、はい。好きな花なんで」
彼女は微笑む。
(俺と観に行ったから、とかだったらいいのに)
少しそう思う。ないだろうけど。
向日葵。
向日葵みたいだった、彼女。向日葵みたいな、この子。
あの日を思い出して、つい口から出る。
「向日葵の迷路覚えてる?」
「は?」
ぽかん、とする彼女。そりゃそうだ。でもすらすらと言葉が出てきてしまう。暑いからだ。きっとそうだ。
「すっげー暑くて、あと意外に難しかった」
「?」
「俺、麦茶もらって」
「先生?」
「あ、そういや、そのあとお前既婚者と付き合って別れて」
「……え、」
「そうだその前はバイト先の先輩だった。二股されてた」
「は?」
「俺そいつと喧嘩して頬の骨にヒビが」
「ちょ」
「骨で思い出した」
俺は彼女の頭を軽く、はたく。
「ほんとに骨拾わせてんじゃねーぞ、バカ」
「えええ」
彼女は頭を抑えて俺を見上げて、それから何度か瞬きをして、……泣いた。
「え、あ、うそ、泣く?」
おろおろと彼女の正面に回って、座り込む。
「ごめん」
なんでか謝ってしまう。
「ち、ちがっ」
それだけ言って、また彼女はしゃくりあげる。涙が次々に溢れてくる。彼女は必死でそれを手で拭うけど、全然間に合わない。
(……事案になる?)
いちおう、周りを窺うが真夏の昼日中の公園にわざわざくる人間もいないのか、人気はない。
おそるおそる、彼女にふれて、腕の中に閉じ込める。彼女は一瞬びくりとして、その後俺の服をぎゅうっと握ってわんわん泣いた。
(ずっとこうしたかったのに)
そう思うと、俺も泣けてきて、ちょっと泣いた。
「……いつから?」
しばらくして、少し落ち着いてきた彼女はそう言う。
「いつからって何? 記憶?」
「それもあるけど、……てか、暑い、離れて。ロリコン」
「おまっ、てめー、変わんねーなムカつく」
俺は減らず口を叩きながら(こういうとこがダメなのに!)彼女から離れる。
泣き腫らした顔をして、彼女は笑った。
「久しぶり」
「……おう。お前の記念すべき7回目のセカンド扱い発覚記念飲み以来だな」
「は!? なにそれほんっとアンタ変わらない! むかつく!」
「はっはっは」
やっば。幸せ。
「てか、いつから記憶あったの? いつ私だって気づいたの」
「記憶戻ったのは3年ちょっと前くらい。お前だって気づいたのは修学旅行んとき」
「え、6年の?」
「おう」
「えー、そんな素振りなかった」
「気づけよ」
俺は笑ってしまう。
「えー、早く言ってよ」
「いやなかなかタイミングがだな」
「あったでしょ」
「ないんだよなぁそれが」
護衛のこと言うべきか?
俺はちょっと迷って、まだやめておこうと決める。
(例の事件もあるしなー……)
西日本から始まった、連続女子中学生失踪事件。こんな時に「護衛ヤダ!」だなんだと駄々をこねられるのは得策ではない。
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ちょっと適当に答える。
「……、先輩にはただのヤバいやつだって言われてたね」
「え、あ? いたのお前?」
多分、ケンカした後の病院での会話だろう。聞かれてのか。アイツマジ関係ねートーク聞かれてたのか。や、関係ないんだけど俺の勝手だから。でもなんか、誤解? されてそうでヤだな、いや誤解でもないんだけど。すれ違ってそう。
「ま、いいや。会えて嬉しい」
「……、珍しく素直だなお前?」
「失礼な!」
口をぷう、ととんがらせて彼女は笑う。
「……あのさ、前世の名前で呼んでもいいか? 2人だけの時にするから」
俺の提案に、彼女は首を傾げて少し考えた。それから、首を振る。
「んーん、私、いま、華だから」
「そっかー」
俺は少しだけ惜しいような気持ちで、彼女の、華の髪に触れた。
「華」
「なに?」
「呼んだだけ」
「あ、そ」
華は笑う。かつてと同じ笑い方で、でも今は新しい人生を歩んでる女の子の笑顔で。
「……2人だけのときでいいからさー」
「ん?」
「俺のことジンって呼んでよ」
「……え、下の名前ジンだっけ?」
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「だけどさ!」
俺は結構ショックでちょっと拗ねる。アホみたいだけど。
「ねーほら、拗ねないでよ、仁」
「……ん」
たったそれだけで、俺の機嫌は急回復する。ほんと俺って単純。ついでに撫でてくれたりしたら最高なんだけど、……事案? 事案になる?
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「なんで?」
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「ほんと? なんで?」
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「ん?」
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不思議そうに華は笑う。
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華は「良ければだけど」と言って続ける。
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「……おう」
俺はそう答えるので精一杯。
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