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分岐・相良仁

カフェテリアにて(会話文一部共通)

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 夏休み始まってしばらくした、土曜日の午後。
 私のいきつけのカフェで、千晶ちゃんとコイバナになった。
 コイバナといっても、前世のコイバナ。

「え、なにそれ不憫」
「でしょ」

 私のセカンド彼女扱い遍歴についてツラツラと語ると、千晶ちゃんは「うわぁ」って顔をしてそう言った。

「えー、なんでそんなに?」
「多分ちょろかったんだと思う……」
「……今世は気をつけようね」
「もちろんっ」

 ぐっ、と手を握りしめる。

「でも、聞いてたらアレだね、好きって言われて好きになる感じの恋愛ばっかだね? 前世の華ちゃんの方から好きになったこと、なかったの?」
「んー、気になるひと、は、いたけど」

 私は首を傾げた。

「え、聞きたい、どんな人?」
「えっと、普通に大学の友達だったんだけど」

 私はひとくち、アイスカフェオレを飲んでから続けた。

「なんとなく、いいなー、って思ってて。でもなんか男女関係なく垣根のない感じの人でね、好きになりかけたのは、あ、そうだ、元カレ殴ってくれたんだ」
「え、二股してた元カレ?」
「そうそう」

 ちょっと懐かしく思い出す。

「元カレバイト先の人でね、その、気になってた人もバイト先に入ってきて」
「え、元カレのこと知ってて?」
「うん、えーっとなんでだっけ? まぁとにかく何か知ってて」
「その人も華ちゃんのこと好きだったんじゃない?」
「え、ないない。だって、えーっと、そうだ、その何日か前かなぁ。すっごい雨降ってて、下宿してたアパートの近くのコンビニでその人みかけて。雨でべしょべしょになっててさ、風邪引いてたの知ってたから、家に誘ったの」
「え、積極的」
「や、その時はなんとも思ってなかったの。だから、下心あったわけじゃなくて、気になった後に、その時のことなんとなく思い返したのね。もし私に好意あったら、何かしら動きあるよなぁって。なぁんにも無かったよ」
「なぁんにも?」
「なーんにも……あ、そだ、元カレグッズ捨ててくれたんだ」
「元カレグッズ?」
「そう、私引きずるからさぁ、靴下とか歯ブラシとか。1ヶ月くらい」
「引きずりすぎ。2週間で捨てて」
「千晶ちゃんも2週間は引きずるんだ」

 私はちょっと笑う。

「それで話戻るんだけど、その後すぐその人バイト先入ってきて、元カレと殴りあいの喧嘩になっちゃったの」
「えー、それ絶対気があったと思うんだけどな?」
「ないない」

 私は笑う。

「だって、その時その人"てめーには関係ない、引っ込んでろブス!"って言ったんだよ、未だに覚えてるもん」
「ぶ、ブス……それはヒドイ」
「ひどいでしょー、少なくとも好きな子には言わなくない?」
「んー、かもねぇ」

 千晶ちゃんは残念そうに眉をひそめた。

「だからね、一瞬、ほんと一瞬だけ好きになりかけたんだけど、あーブスって言われちゃったな~、絶対好きになってくれないよなぁ、って諦めたんだよね」
「なるほどねぇ」

 千晶ちゃんはアイスミルクティーをちょっと飲んで、「今度こそ、ステキな恋しようね?」と笑ってくれた。
 その時、カフェの入り口から元気な声がする。

「ごめーん!」

 テニスですっかり日焼けした、スポーティ美少女、ひよりちゃんだ。
 今日はひよりちゃんは部活がお休みで(合宿明けだかららしい)、でもピアノのレッスンがあったらしい。

(忙しいよね~)

 私なんか塾と夏休みの宿題だけで精一杯、って感じなんだけど、ひよりちゃんはフルスロットルで動きまくっている。部活にピアノに塾に遊びに。

(精神的アラサーはできるだけゆっくりしたいのです)

 のんびりカフェとかが最高。

「先生がなんかうるさくってさー」

 ひよりちゃんは、私の横にストンと座る。

「お疲れさま」

 そう言いって笑うと、ひよりちゃんも笑う。終業式以来だ。

「あっアイスレモンティお願いします!」

 ひよりちゃんは近づいてきた店員さんにそう伝えると「聞いてよ!」と少し大きめの声で言った。

「先生ったら、わたしが恋してないなんていうの!」
「……ん?」

 私と千晶ちゃんは、目を見合わせる。ピアノの話じゃなかったのかな。
 ひよりちゃんは持っていたカバンから楽譜をとりだした。

「あ、なるほど」
「なにがなるほど?」

 千晶ちゃんの言葉に、私は首を傾げる。

「この曲はね、叶わぬ恋をしたベートーヴェンが、その恋の相手に贈った曲なの。身分違いの恋。通称、月光ソナタ」
「へえ」

 私は千晶ちゃんの言葉に頷いた後、楽譜を覗き込む。

「わ、すごっ、ひよりちゃんこんなの弾けるの!?」

 両手で足りるの……? って、ピアノどころか楽器をしたことがないから、何も分からないんだけど。

「これね、上手く弾けたら青百合の音楽科の推薦もらえるかもなの」
「え、そうなの?」

 私は驚いてひよりちゃんを見た。

(え、青百合行きたいの?)

 しかも音楽科、とは。
 千晶ちゃんを見ると頷いていたので、きっとゲームでもそうだったのだろうと思う。

「わたしの先生、青百合で講師もしてるから、上手く弾けたら来年推薦してあげるって。なのに全然! 切ない恋が足りてないって! してるのに、わたし、切ない恋!」

 私と千晶ちゃんは、死んだ目になって顔を見合わせる。

「あ、あのね、ひよりちゃん」

 おそるおそる、話しかける。

「それって、やっぱり、その、真さん……?」
「他に誰が誰いるのっ!?」
「や、他の人に恋してくれてないかなー、っていう希望的観測?」
「なんで2人とも応援してくれないの!?」

 ぷうぷうと頬を膨らませるひよりちゃん。

「ひよりちゃん、前も言ったけど、あの人年下はキョーミないんだって」

 千晶ちゃんも援護射撃してくれた。

(説得は難しそうだけど……)

 ううん諦めたらダメ!

(あの真さん、あの真さんだよ!?)

 私は結構本気で冷や汗をかく。

(少しでもひよりちゃんに興味を示す前になんとかしなくちや)

 そうしなくては、いじめどころではないトラウマになるのではないでしょうか……!?

「そうはいうけどね?」

 可愛らしく首をかしげて、ひよりちゃんは続けた。レモンティーが置かれ、店員さんにひよりちゃんは会釈する。

「そりゃ、今はまだ中学生オコサマだけど、もう少し大きくなったらさ、振り向いてもらえるかもじゃない?」
「それに女癖悪いの」

 千晶ちゃんの言葉にもひよりちゃんは怯まない。

「その頃には治ってるかも」

 にっこり、と笑い、アイスレモンティーにストローをさした。

「おいし」

 喉が渇いていたらしく、半分くらい一気に飲む。

(しかし、ポジティブ……)

 半ば感心してしまう、が。

(こんなにポジティブな子が"悪役"にまでなっちゃうイジメって、どんなに酷いものなんだろう)

 千晶ちゃんと話して、おそらくそれが始まるのは二学期ではないか、という予測を立てていた。

(できれば予防したいけど、そうできなくても直ぐに対応できるようにしておかなきゃ)

 どんな風なイジメになるのか、今のところ見当もつかない。十分に気をつけておかなくては。
 そう思いひよりちゃんを見ると、「あ、そうそう」と思い出したようにひよりちゃんは言う。

「例の女子中学生失踪事件、ついに神奈川でも出たんだって」
「え、そうなの」

 千晶ちゃんが驚いて、私はきょとんとした。

「なに? それ」
「あ、そっか華ちゃんちテレビないんだ」

 ひよりちゃんが首をかしげる。

「6月くらいからかなー? 1件目は九州だっけ?」
「長崎じゃなかったかな」

 2人の話をまとめると、こういうことらしかった。
 6月、長崎県でとある14歳の女の子が行方不明になる。それ自体はありふれた出来事だった。夏が近づくと、これくらいの子供というものは非行に走りがちだし、その子も普段から決して品行方正とは言えない子だったようだ。
 どうせ、友達の家か、ネットで知り合った男のところにでも転がり込んでいるんだろう、と。警察の方も本腰を上げて捜査、という訳でもなかったらしい。
 ところが、似たような事件が県内で頻発した。その上、殆どの子はいわゆる「普通の子」で、家でも学校でも目立ったトラブルはない。さすがに変だ、と誰もが思った時、隣の佐賀県、次いで福岡県でも失踪が相次いだ。

「全部の県、ってわけじゃないんだよね?」

 と、ひよりちゃん。

「そうそう、ええと九州はほとんど」
「あと山口とー、大阪と京都と、三重と、岐阜。んで、ついに神奈川だって」
「ひよりちゃん詳しいね?」
「SNSですっごい話題だもん、外国人にさらわれてるとか、宇宙人にさらわれてるとか」
「宇宙人て」

 私は思わず呆れて言う。

「わたしが言ったんじゃないもーん、でも不思議だよね? みんなどこ行っちゃったんだろ?」

 ひよりちゃんが首を傾げて、やがて話は夏休みの宿題へ移っていったのだった。
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