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分岐・山ノ内瑛

サプライズ(side山ノ内皐)

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 華ちゃんが光希に連れられて、車でお買い物に出かけて割とすぐに瑛が帰ってきた。Tシャツにスウェット、スポーツメーカーのごついバックパック。

「めっちゃ疲れた~、なんや光希まだ帰っとらんの? お土産楽しみにしてんのに」
「せやな、ういろう楽しみやな」
「……なにニヤニヤしてんの皐」
「ええやん」
「なんや腹立つなぁ。まぁええわ、おかーん飯はー!?」
「すき焼きー! けど全員揃ってからやで」

 瑛の大声に、母さんがキッチンから叫び返す。伊希はその横でサラダかなんか作っている。そろそろ手伝わなあかんな。

「嫌や腹減った」
「あかん。父さんももう帰るで」
「まぁた休日出勤しとるんかー。えー、なんか食うもんないーん」

 ブツブツ言いながら戸棚を漁る瑛。こんなん見たら華ちゃんどう思うんやろ、とかちょっとニヤニヤしてしまう。
 ふと優希に目をやると、ニヤニヤしながら相変わらずソファでゲームしている。が、目線がちょいちょい瑛に向かって、また画面に戻される。あかんあかん、なんか隠してるんバレバレやんか。

「なんもないやん」

 またもやブツクサ言いながら冷蔵庫をあけ「お、ケーキあるやん!」とハイテンションで瑛は言った。

「あかんあかん、デザートやそれ」
「えー」
「瑛、あんた先シャワー浴びといで」

 母さんがそう言って、それから「皐は鍋のお野菜、優希は御膳ならべて」と指示を出す。
 あたしと優希が動き出したので、瑛も「しゃーないなー」と文句を垂れつつ、風呂場へ向かった。

「ね、どんな顔するんかな」
「ウケるよな」
「ウケる」

 あたしたち姉弟がクスクス笑うと、母さんが「笑ったりぃな」と笑うので、母さんも笑っとるやんかって優希が突っ込む。ふふふ、ほんまにどんな反応するんやろ。
 烏の行水って感じで風呂から上がってきた瑛は、ジャージこそなんとか穿いていたけど上半身裸だし、髪の毛べっしょべしょだしで、あたしはさすがに口を出す。

「Tシャツくらい着なぁ。あと髪乾かして」
「暑いねーん」
「着といたほうがええで」
「んー、もうちょいしたらな」

 だらだらとリビングの横の和室に寝転がる瑛。この和室に大きい座卓があって、家族全員の食事はこちらで食べるのだ。

「手伝えや」
「試合あってんぞ、疲れとるんや俺は」
「イチネンボーズやろ、でとんの」
「ベンチ入ったゆーたやん」
「せやっけ」
「あーあー、ほんまに冷たい姉やわ」

 ほんまに疲れてるっぽくて、天井をぼーっと見つめ出したので、あたしはしばらくほっておくことにした。服は着るように忠告したからな、あたしは。
 がちゃり、とリビングのドアが開く。

「瑛帰ってんの」
「あ、光希、お土産……は……」

 和室で転がっていた瑛は起き上がり、リビングまで出て来て固まった。ウケる。
 華ちゃんも固まっている。なんなら赤い。目線が泳いでいる。ほら、Tシャツも着んとウロウロしとるから。

「……俺、幻覚見とる? 会いたすぎて」
「あの。お邪魔してます……」

 ぺこりと頭を下げる華ちゃん。
 瑛は「言えやぁぁぁ」と叫んでどたどたと走ってリビング出て、階段を上がっていった。階段を慌ただしく降りる音がして、すぐにTシャツを着てリビングに飛び込んできた。

「つか何で!? なんでウチにおんの!? 幻覚!?」

 まだ幻覚説を推すらしい。アホやな。

「幻覚じゃないよ」

 ちゃんと瑛がTシャツを着たからか、少し落ち着いた華ちゃんが事情を説明する。

「光希、ぐっじょぶ!」

 瑛は満面の笑みでサムズアップ。

「せやろ!」
「でもほんと申し訳ない、こんなことになるなんて」
「なんでや俺めっちゃ嬉しいんやで?」

 瑛は華ちゃんの顔を、頭を傾げて覗き込む。

(え、嘘、こいつこんなカオすんの)

 大事な人を見る顔。愛しいって思ってる顔。笑ってほしいって顔。

(はー、あの瑛が)

 大きくなったものだ。びっくり。べそべそ泣いてたあの瑛くんがねぇ。

「めちゃくちゃ嬉しい。今日点決めた時より嬉しい」
「あは、それは言い過ぎじゃない?」

 華ちゃんはようやく、くすくすと普通に笑った。
 それを機に、皆で和室へ移動する。じいちゃんばあちゃんも来て、華ちゃんに挨拶していた。

「せやけどほんまにべっぴんさんやねえ」

 感心したように、じいちゃん。

「ほんまやねぇ」

 にこにことばあちゃんが相槌を打って、続けた。

「いつこっち来るん?」
「いやほんま、じいちゃんばあちゃん掻き回さんといて、俺今押してんねん」

 華ちゃんは不思議そうに首をかしげた。さらり、とショートボブが揺れて、あたしは「せや、後で編み込みして遊んだろ」なんて思っちゃう。何しても可愛いねんもんなぁ。

(妹になってくれたらええんやけどな)

 心の中でほくそ笑む。瑛には頑張ってもらわなあかんわ。
 お箸やお皿は優希がならべてくれていたので、あとはガスコンロに火をつけるだけ。ちなみに鍋は2つ用意されていて、肉は各自の分が取り分けられ目の前に置かれていた。普段は早い者勝ちのサバイバルなんやけど、今日は華ちゃんおるからな。

「おとん遅っ」
「始めちゃおうやぁー」

 瑛と優希はもう不満タラタラだ。
 華ちゃんも瑛の横で(というより、瑛が華ちゃんの横に陣取ったというか)ぐうとお腹を鳴らしてしまって赤面している。可愛い子はお腹鳴っても可愛い。

「ただいま」

 ようやく大黒柱のご帰還である。
 和室にぴょこっと顔を出し「ああ、こんばんは、瑛の父です」と優しく笑う。でもなんか表情に含みがある。

(なんやろ)

 華ちゃんは慌てたように立ち上がり「お邪魔してます」と頭を下げた。

「あ、いいよいいよごめんね座って。じゃあすぐ着替えてくるから」
「ほな火つけよか」

 母さんの一言に、瑛と優希がハイタッチする。ガスコンロが点火され、グツグツ煮立ち始めた頃に、父さんはビール瓶片手に席についた。華ちゃんの正面。

「あ、注ぎましょうか」

 華ちゃんは気を使って言ってくれた。中二なのに。横で肉しか食べてない中一とほんとに1歳違いなんやろか。

「おや、いいのに」

 そう言いつつ、父さんは少し嬉しそう。ウチの誰も注いだらんからな。手酌万歳。
 華ちゃんはきっちりラベルを上に、上手にビールをそそぐ。

「ありがとう」
「いえいえ」
「でもこれ以降は手酌でいいからね、気を使わないで」
「はい」

 にこりと微笑み、そして肉に真剣な目を向ける華ちゃん。

「けど、手慣れてんなあ」

 光希が言う。

「上司の世話に慣れたアラサーのOLみたい」
「げほげほげほ」
「大丈夫か華!?」

 瑛が華ちゃんの背中をなでる。

「ちょお、光希、変なこと言わんといてや」
「ごめんごめん、大丈夫?」
「す、すみません、おネギが喉に」

 なんだか焦ったように手を振る華ちゃん……実はアラサーで年齢詐称してるとか?

(んな訳ないっての)

 あたしはひとりで脳内でツッコミをいれ、そして肉に真剣な目を向けた。
 ヒトは美味しいお肉を目の前にすると、自ずと真剣な目をするものなのである。
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