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分岐・鹿王院樹
なにやら強い許婚ちゃん(side樹父)
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自慢の許婚だとは聞いていた。
まだ樹が小学生のころ、一人息子にほとんど勝手に許婚が決められて(俺の母の独断)俺は流石に無い、と思った。
「どういうことですか母さん」
「いいじゃないのよ、樹も気に入ってるわよ」
「まだ小学生ですよ?」
「分かってるわよ」
妻も流石に怒っていて、なんやかんやと連絡を取っていたが、ある日すとんと「華さんはきっと樹の宝物なのね」と言い出した。
「は?」
「だってあの樹が毎日連絡よこしてくるのよ」
微笑んで続ける。
「きっと素敵なお嬢さんに違いないわ」
その言葉通り、設楽華さんは素敵な人なんだろうと思う。多少エキセントリックではあるような気がするが。何せコップの水を初対面の他人に、頭からかけちゃうような人だ。まぁ俺自身、理由には納得したとはいえ。
しかし妻はそういうところも気に入ったようで「樹にはあれくらい強い子がいいわよ」と笑っていた。
やがて母と合流し敦子さんも見えて、ラウンジからレストランへ移動する。ホテルの中華レストラン。
先ほどの話題になると敦子さんは肩をすくめた。
「まぁそれくらいやっちゃっていいわよね、ほんとあなたらしいわ、華」
「ちょ、敦子さん、あなたらしいってなに!? 私普段そんなに暴力的では」
「この子ねちょっと怒ると何するか分かんないんです、小学生の頃なんかウチの兄にサムズダウンして」
「敦子さんっ」
慌てる華さん。
「こないだなんかハナ、おーおじさんの」
「圭くんまでっ、あれは秘密! ほんとに!」
話があのカップルから離れて、少しくだけた雰囲気になってきた。
「あら聞きたい聞きたい」
妻が興味をしめす。
「俺も聞かされてないんだ」
樹は興味ありげに華さんを見る。すこしいたずらっぽい顔。樹のこんな顔、久しぶりかもな。
「いえいえ何もっ、何もありませんっ」
ぶんぶんと頭を振る華さんは、なるほど確かに可愛らしい。見た目と裏腹になかなか愉快な性格をしていそうだ。
そして綺麗な箸づかいでもりもりと食事をすすめる。気がついたら華さんのお皿だけ綺麗になっている。
(……いつのまに?)
興味津々で見ていると、目があった。
えへへ、みたいな顔で笑われて、多分こんなところが樹は好きなんじゃないかなぁと思う。どんなとこって、うまく説明はできないけど。
母と目が合う。にやりとされた。「ね?」みたいな顔。うーん腹立つなぁ、でも一番樹のことを見てくれてるのはこの人だ。
4歳くらいまで、樹は俺たちと一緒に世界中を飛び回って生活していた。一応日本に生活の基盤はあって、樹も幼稚舎に通ったりはしていた。でも大抵は外国。幼稚舎で友達と馴染んでは、また引き離され、数ヶ月後戻ってきたらまた最初からやり直し。
海外での数ヶ月もひとところに止まる訳ではない。
そのせいだと思う、樹の精神状態はその当時あまり良いものではなかった。
「あたし、仕事辞めるべき?」
妻はぽつりと言った。
「せめて、日本で暮らすべきだわ」
「君だけに樹を押し付ける気はないよ。樹は俺の子でもあるんだ」
なにより、俺もこんな生活は辞めるべきだと思った。
俺自身、母親が不在がち、と言うよりもほとんど不在で育った。樹のその寂しさは、分かる気がして。
けれど、辞めようと決めてすっぱり辞められる訳ではない。そうするには、俺たちが背負っている人たちの生活というものが、多すぎて、重すぎた。
かつて母がそうであったように。
妻は優秀で、仕事が生きがいで(もちろんそれ以上に樹のことは大事にしていたと思うが)キャリアを順調に積み上げていた。
頼れる上司、というものがいればまた違ったと思う。しかし、彼女は鹿王院のいくつかの会社を幹部として、あるいは代表として、任されていた。
そしてその頃は、俺と彼女が最も力を入れていた、ODAの絡んだ中東での水道事業が佳境を迎えていてーー樹と天秤にかけたわけではない。ではないが、結果的にそうなってしまったことは、否定できない。
「じゃあ、しばらくあたし見てようか?」
一線を退いて余裕のあった母の言葉に、追い詰められていた俺たちは素直に甘えた。ほんのしばらく、のつもりで。
(それが、10年)
悩まなかったわけではない。何度も話し合いもして、しかし答えが出ないまま、10年だ。その間に樹は成長し、その成長とともに俺たちとの溝のようなものも深くなっていった。
(それが、……この子に出会ってから)
華ちゃんと、出会ってから。
樹なりに何かを考えたのだろう、溝を埋めようとしてくれた。そして実際に、溝は埋まっていったのだと思う。本来ならば親である自分たちがすべきことを、樹はその優しさから自ら行ってくれた。何でもないような顔をして。
(その樹を支えてくれたのは、この子なんだろうな)
またもや気がつくとお皿がキレイになっている、可愛らしい女の子。
容姿が整っている以外(あと、エキセントリックなところ以外)極めて普通の中学生に見えるこの子が。
「樹」
俺は息子に声をかける。目線が合った息子に、「華さん、大事にするんだぞ」と伝えると眉を思い切りしかめられた。
「当たり前です」
「当たり前なのか」
「当然です」
当然のことをわざわざ言われたので、ちょっとムッとしたらしい。
(反抗的な顔なんか初めてだ)
そして気づく。反抗的でいいんだ。樹は思春期で、反抗期なんだって。
そんなことにも気づいてなかった。こんな顔も、知らなかった。
申し訳なさが積み重なる。だから、せめて、樹と華さんが幸せになれるよう俺は全力を尽くそうと思う。
親らしいことは何もしてやれなかった。だから、せめてそれくらいはやらせて欲しいと、心からそう思う。
まだ樹が小学生のころ、一人息子にほとんど勝手に許婚が決められて(俺の母の独断)俺は流石に無い、と思った。
「どういうことですか母さん」
「いいじゃないのよ、樹も気に入ってるわよ」
「まだ小学生ですよ?」
「分かってるわよ」
妻も流石に怒っていて、なんやかんやと連絡を取っていたが、ある日すとんと「華さんはきっと樹の宝物なのね」と言い出した。
「は?」
「だってあの樹が毎日連絡よこしてくるのよ」
微笑んで続ける。
「きっと素敵なお嬢さんに違いないわ」
その言葉通り、設楽華さんは素敵な人なんだろうと思う。多少エキセントリックではあるような気がするが。何せコップの水を初対面の他人に、頭からかけちゃうような人だ。まぁ俺自身、理由には納得したとはいえ。
しかし妻はそういうところも気に入ったようで「樹にはあれくらい強い子がいいわよ」と笑っていた。
やがて母と合流し敦子さんも見えて、ラウンジからレストランへ移動する。ホテルの中華レストラン。
先ほどの話題になると敦子さんは肩をすくめた。
「まぁそれくらいやっちゃっていいわよね、ほんとあなたらしいわ、華」
「ちょ、敦子さん、あなたらしいってなに!? 私普段そんなに暴力的では」
「この子ねちょっと怒ると何するか分かんないんです、小学生の頃なんかウチの兄にサムズダウンして」
「敦子さんっ」
慌てる華さん。
「こないだなんかハナ、おーおじさんの」
「圭くんまでっ、あれは秘密! ほんとに!」
話があのカップルから離れて、少しくだけた雰囲気になってきた。
「あら聞きたい聞きたい」
妻が興味をしめす。
「俺も聞かされてないんだ」
樹は興味ありげに華さんを見る。すこしいたずらっぽい顔。樹のこんな顔、久しぶりかもな。
「いえいえ何もっ、何もありませんっ」
ぶんぶんと頭を振る華さんは、なるほど確かに可愛らしい。見た目と裏腹になかなか愉快な性格をしていそうだ。
そして綺麗な箸づかいでもりもりと食事をすすめる。気がついたら華さんのお皿だけ綺麗になっている。
(……いつのまに?)
興味津々で見ていると、目があった。
えへへ、みたいな顔で笑われて、多分こんなところが樹は好きなんじゃないかなぁと思う。どんなとこって、うまく説明はできないけど。
母と目が合う。にやりとされた。「ね?」みたいな顔。うーん腹立つなぁ、でも一番樹のことを見てくれてるのはこの人だ。
4歳くらいまで、樹は俺たちと一緒に世界中を飛び回って生活していた。一応日本に生活の基盤はあって、樹も幼稚舎に通ったりはしていた。でも大抵は外国。幼稚舎で友達と馴染んでは、また引き離され、数ヶ月後戻ってきたらまた最初からやり直し。
海外での数ヶ月もひとところに止まる訳ではない。
そのせいだと思う、樹の精神状態はその当時あまり良いものではなかった。
「あたし、仕事辞めるべき?」
妻はぽつりと言った。
「せめて、日本で暮らすべきだわ」
「君だけに樹を押し付ける気はないよ。樹は俺の子でもあるんだ」
なにより、俺もこんな生活は辞めるべきだと思った。
俺自身、母親が不在がち、と言うよりもほとんど不在で育った。樹のその寂しさは、分かる気がして。
けれど、辞めようと決めてすっぱり辞められる訳ではない。そうするには、俺たちが背負っている人たちの生活というものが、多すぎて、重すぎた。
かつて母がそうであったように。
妻は優秀で、仕事が生きがいで(もちろんそれ以上に樹のことは大事にしていたと思うが)キャリアを順調に積み上げていた。
頼れる上司、というものがいればまた違ったと思う。しかし、彼女は鹿王院のいくつかの会社を幹部として、あるいは代表として、任されていた。
そしてその頃は、俺と彼女が最も力を入れていた、ODAの絡んだ中東での水道事業が佳境を迎えていてーー樹と天秤にかけたわけではない。ではないが、結果的にそうなってしまったことは、否定できない。
「じゃあ、しばらくあたし見てようか?」
一線を退いて余裕のあった母の言葉に、追い詰められていた俺たちは素直に甘えた。ほんのしばらく、のつもりで。
(それが、10年)
悩まなかったわけではない。何度も話し合いもして、しかし答えが出ないまま、10年だ。その間に樹は成長し、その成長とともに俺たちとの溝のようなものも深くなっていった。
(それが、……この子に出会ってから)
華ちゃんと、出会ってから。
樹なりに何かを考えたのだろう、溝を埋めようとしてくれた。そして実際に、溝は埋まっていったのだと思う。本来ならば親である自分たちがすべきことを、樹はその優しさから自ら行ってくれた。何でもないような顔をして。
(その樹を支えてくれたのは、この子なんだろうな)
またもや気がつくとお皿がキレイになっている、可愛らしい女の子。
容姿が整っている以外(あと、エキセントリックなところ以外)極めて普通の中学生に見えるこの子が。
「樹」
俺は息子に声をかける。目線が合った息子に、「華さん、大事にするんだぞ」と伝えると眉を思い切りしかめられた。
「当たり前です」
「当たり前なのか」
「当然です」
当然のことをわざわざ言われたので、ちょっとムッとしたらしい。
(反抗的な顔なんか初めてだ)
そして気づく。反抗的でいいんだ。樹は思春期で、反抗期なんだって。
そんなことにも気づいてなかった。こんな顔も、知らなかった。
申し訳なさが積み重なる。だから、せめて、樹と華さんが幸せになれるよう俺は全力を尽くそうと思う。
親らしいことは何もしてやれなかった。だから、せめてそれくらいはやらせて欲しいと、心からそう思う。
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