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8(中学編)

護衛は考える(side相良)

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 華と、その祖母である俺の雇い主が鍋島邸に入るのを見届けて、それから俺はやしき周りの警備に切り替えた。各出入り口、塀周辺、不審者の出入りはどうか。
 もちろん鍋島邸にも警備の人間がたくさんいて(政財界のVIPが集まるのだ、当然だ)俺みたいな個人的に雇われたヤツも含めて民間だけじゃなく、明らかに警察官だと思しきスーツの人間だって複数人確認できた。
 だから、まさか邸の中で華がピンチになっているだなんて、思わなかったのだ。

「なんですかそりゃ」
「うーん、真さんってよく分からないのよね」

 雇い主は眉間を抑えた。
 鍋島邸からの帰り道、鹿王院樹の家にウーパールーパーを見に行くという華は、彼の車に同乗して帰った。念のため同僚が別の車で護衛している。
 俺は雇い主が運転する真っ赤なスポーツカーの助手席に座って(運転しましょうかと言ったら断られた。運転が好きらしい)今日あったトラブルについて話を聞いていた。

「華の話だと、ものすごく唐突に求婚されたようなのよね」
「ものすごく唐突に?」
「らしいのよ。樹くん曰く、もう押し倒されそうな勢いだったらしいけど、華の話だと指一本触れられてないらしいから、樹くん、あれ相当トサカに来てるわね」
「あー、まー、お坊ちゃん、相当入れ込んでますからねぇ、お嬢さんに」

 俺は肩をすくめる。
 華を手に入れるのに、一番近い男。あえて少年とはもう呼ぶまい。

「今日もお会いしたけど、人当たりも柔らかいし、頭も良いと思うし、唐突に中学生にプロポーズするような方だと思えないのよね」
「……へぇ」

 随分と、俺の知っている鍋島真と違うぞ。あいつは歩く女たらし……いや何か違うな、メチャクチャに女性が好きというわけでは無さそうだ。出て行った母親との関係が何かあるのかもしれない。

「華に許婚がいることも知っていたでしょうし、第一、どうやら華に恋愛感情があるようにも思えないのよね」
「分からないですよ、お嬢さんは相当……綺麗だと思いますから」
「そうだけど、お子様よ、ほんとあの子。恋愛なんか早いんじゃないかしらと思うくらい」

 くすくす、と雇い主は少し楽しげに笑う。

「ほんと、樹くんは苦労するわ」
「はぁ」

 俺は生返事になった。
 ああいう、恋愛に関して鈍感なのは、本当に前世から何も変わっていない。その上単純だ。

(ある程度好感ある人間に、面と向かって好きと言われたら、その場で恋に落ちるようなヤツだからな)

 少しぼんやりと前世を思い出す。

(ストレートな告白だけはアイツらにさせないようにしなくては……!)

 その場で「え、私も好き」ってなる可能性高いぞ! 「精神的にはかなり年下だけどまぁいっか!」ってなるぞ! あいつ、アホだから!
 しかし、そんなチョロいアホに何年も告白できなかったどころか、死んだ後も忘れられずにジイサンになるまで独身だった俺も俺だ。

(傍にいられれば、それで良かったのに)

 指一本、触れることを許されなくたって、ただ傍にいられれば。

「……お笑いになりますけどね、やっぱり俺が専任で傍で護衛につくってのは検討されませんかね」
「本人が嫌がりそうだから……でも、どうなのかしら、そろそろ大人の都合や考えも分かってくれる年頃かしらね?」
「ご検討を」
「そうねぇ」

 いい流れになってきたぞ、と思う。

(もし、そうなったら)

 しかるべきタイミングで前世の話をして、……気持ちも伝えよう。さすがに何十年も片思いしていたんだ、ほだされてくれ。マジで。

(でもさすがに中学生に手は出せないぞ)

 中身は大人でも、身体は子供だからな。うん。またお預けだけど仕方ない。何十年も待ったんだ、数年くらいなんだ。

(それに、俺は)

 あいつの側にいられれば、それで十分、なんだから。
 そんなことをツラツラ考えていると、雇い主が「そうねえ」と口を開いた。

「だったら貴方より、おなじ女性の小西さんに付いてもらおうかしら」
「そうきたか」
「? どうしたの?」
「いえいえ……しかしですね、やはりアレですね、お嬢さんはまだまだお子さんですからね、自由にやれないと分かるとお嫌がりになるんじゃないでしょうかねぇ」
「さっきと言ってることが違うじゃないの」
「いや僕もこの数秒シミュレーションしてみたんですよ、はい、やっぱり嫌がりそうだなぁという結論にですね」
「そうかしら」
「そうですよ」

 力強く断言する。

「……まぁもう少し、様子を見ようかしらねぇ」

 雇い主は少し首を傾げてそう言ったので、俺はほう、と胸をなでおろす。

(前途多難だ……)

 もう中学生、まだ中学生。

(早く大人になってくれ、法的にセーフな年齢に)

 そうしたら、お前を連れてイギリスでもアフガンでもどこへだって逃げてやる。今度こそ守り切って死んでやる。

 今世の最期は、君に看取られたい。
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