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8(中学編)

黒猫はつらつらとカタる

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「どういうことですか?」

 私はなんとかこのスペース(本棚と真さんの身体の間)から抜け出そうとするが、にやにや笑う真さんの足に阻まれてうまく動けない。直接触れられてるわけじゃないけど、着物だし。

(身体の線が出るのが嫌でも、ドレスにするべきだったっ!)

 そしたらまだもう少し、動きやすかっただろうと思う。

「ん? プロポーズ」

 しれっ、と言い放つ真さん。そんなめちゃくちゃな。

「訳がわかりません、私はまだ中学生ですし、それに許婚だっています」

 一応ね。形だけ、といえばそうなんだけど、まだ披露も済んでないとはいえ、私、婚約者がいる身なんだなぁ……。改めて考えると、なかなか重い事実なんだけども。

「解消しちゃえば?」

 にこっ、と笑ってものすごく軽く提案してくる。

「だから、そういう問題では」

 私は眉を寄せて、真さんを見上げた。

「許婚、イイナズケねぇ」

 真さんは何か含んだ口調で、そう言う。

「それってさ、キミの意思はどうなってるの? もう誓っちゃってるわけ? 病める時も健やかなる時もって?」
「私の意思がどうだろうと、真さんと婚約なんかしません」
「ん? あれ、お断りされちゃってる? 僕」

 首をかしげる。綺麗な短い黒髪が、さらりと流れた。本当に綺麗な黒猫みたい、とこんな時なのに思ってしまう。それだけ綺麗な人なのだ、この人は。

「はい、お断りしてます」
「父親の方がいい?」
「は?」

 何を言い出すんだ。さっきから唐突すぎる。

「僕の。僕と千晶の」
「何を言ってるんですか、さっきから」

 私は眉をひそめ、真さんを睨む。そんなことを言うなんて、2人のお父様にも失礼だ。

「ふふふ、どうなの? 答えて」

 真さんは優美に笑った。

「……お父様でも嫌です」
「じゃあやっぱり、僕にしない? だって僕は君がいいんだよ」
「私を好きなわけではないですよね?」
「うん。でも僕は千晶を手放す気がないからね?」

 真さんのくちびるが、優雅な月を描いた。

「でも僕は跡取りとして結婚して子供作らなきゃならない。家柄も重要。一緒に暮らすなら、千晶と仲が良い方がいいし、それにほら、君、顔も割と僕の好み。どうせ抱くなら美人な方がいいデショ?」

(なんて理由でプロポーズを……)

 めっちゃ腹立つ、この高校生。

「好きでもないのに、抱けるんですか?」

 あまりに腹が立ったので、あえて挑発的に言い返してみる。

「ヨユーヨユー!」

 真さんは楽しそうに笑った。いや、そこ楽しそうにしないで欲しいんですけど。

「男は下半身は別問題だから……や、男女共に根は同じかな」

 真さんは薄く笑った。

「僕はね」

 笑みを深くする。

「あらゆる恋愛の根っこにはリビドーが横たわってると思うね」
「リビドー?」
「性的衝動」
「……は?」

 突然何を言い出すんだ、この17歳は。

「どんだけ純愛を訴えようと、真摯に一途でいようと、その感情の大元はね、結局のところ性的な欲求だけさ」
「そんなこと、」

 ない、と言おうとして前世の色んな記憶がよみがえる。
 ないと断言できる?
 ソレ無しに、私を好きだといってくれたヒトなんて、いた?

「ない、かい?」

 私の気持ちを知ってか知らずか、真さんは続けた。

「あは、違うね。ヒトだって生物さ。子孫を残したいから恋愛するんだ」
「そうかもしれませんが」
「君に群がってる男共だって、結局はそうなんだ。自覚ある?」

 ……ちょっとさすがに、これは意味が分からない。

「群がるって、なんです」
「え、気づいてないのかい? それともフリ?」
「なんの話を」
「あーあーあー、ほんとに僕は君みたいなの嫌いだなぁ、本当にいらつく」

 真さんの笑みが更に深くなる。言葉とは裏腹にとても嬉しそうで、背中に嫌な汗が流れていくのを感じる。

「良かったです、嫌われて」

 私はせめてもの虚勢を張って言い返す。
 真さんは「ふふ」と笑ってから続けた。

「本当にキライ。でもね、僕は君と結婚したいなぁ、本気だよ。君は一番理想に近いんだよね」
「そんな理由で喜んで結婚する人、いると思います?」
「ダメかな? でも散々愛をカタった後でバレちゃうより良くない?」
「後でも先でも、そんな理由で結婚したくありません」
「そうかなぁ」

 不思議そうに首をかしげる真さん。本気なんだか、なんなんだか分からない。

「そもそも、年下には手を出さないんじゃなかったでしたっけ」

 嫌味っぽく言ってやる。

「今まではね、って言い添えたはずだけど?」

 にこり、と笑って答えられた。腹立つ。そんな仕草さえいちいち優美なのも、余計に腹が立つ。

「……帰ります、どいてください」

 腹立ちまぎれに、ダメ元でそう言ってみた。

「そう? 分かった」

 案外すんなりと、真さんは同意してくれた。しかし、まだ退く気配はない。ちらりと睨みあげると、真さんはくすぐるように、くすくすと笑った。

「もう少しだけこうしてていい? ちょっと面白くなりそうだから」

 そう言って、真さんはやっぱり優雅に笑うのだった。
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