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悪役令嬢はお願いをする

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 なんだか唐突に、この女の子が羨ましいと思ってしまったのだった。

「いいな」

 だから、そう言って笑った。

 砂浜は、思った以上に歩きにくい。
 砂がミュールと足の裏の間に張り付く感覚が嫌で、ちょっと立ち止まってしまう。

「華」

 一歩先で、振り向いたアキラくんが笑った。
 不思議に思って首をかしげると、距離を詰めたアキラくんにふわっと持ち上げられてしまう。

「え!?」
「どや、華! 健クンに負けてへんやろ」
「あはは! 力持ちじゃん」

 子供の成長ってめまぐるしい!

(きっとすぐ、アキラくんも大人になっちゃう)

 その時まだ私と遊んでくれるかな?
 "ゲームのシナリオ"が始まって以降も、友達にしててくれるかな?

(嫌われたくないなぁ)

 攻略対象で"ゲーム通り"なら、私を嫌うはずの、アキラくんにも、樹くんにも。ゲーム通りなら、友達になれてなかったはずのひよりちゃん、黒田くん、秋月くん、それに千晶ちゃん。破滅エンドで、私を勘当するはずの敦子さんにだって、私は嫌われたくないと願ってしまう。

(みんな大事な人たちなの)

 奪わないでほしいな、と思う。
 転生して、ひとりぼっちで穴だらけだった心を埋めて、いっぱいに満たしてくれた、大事な大事な人たち。

「華?」

 はっと目線をあげると、アキラくんが笑っていた。

「また別のこと考えとる」
「あ、ごめ」
「ええんや。華の頭ん中いっぱいにできひん俺の力不足やで」
「そんなこと」
「あんねん」

 アキラくんは、波打ち際で私をゆっくりと降ろした。
 イルカプールと少し離れている。

「? あれ、イルカは?」

 返事はなくて、アキラくんは笑って私とこつん、とおでこを重ねてきた。

「?」
「俺は俺で華いっぱいにしたいねん」
「なんで?」
「……大事やから?」
「あは」

 私は笑う。
 考えてたこと、当てられたような気持ち。

「私の中、みんなでいっぱい」
「みんな」
「大事な人たち、みんな」
「そん中に俺入っとる?」
「もちろん」

 一番最初に、穴を埋めてくれたのはキミなんだよ。アキラくん。

「ほな、……今はそれでええわ」

 アキラくんは一歩引いて、おでこを離した。

「まだ押し足らんとはアレやなぁ、ほんま難しいわ、大人やったらもっとスマートにやるんやろか」
「? 大人って案外不器用だよ」

 中身アラサーからの貴重なアドバイス。

「ほなええわ、大人なんかならんで!」
「ちゃんと大人になってよ」

 アキラくんはどんな大人になるのかな。
 高校生のアキラくんは"ゲーム知識"で知ってるけど、すごくカッコよかったよ、なんてことは言えないけど。

「きっとカッコいいよ」

 そう言って私が笑うと「せやろな」とアキラくんは笑った。

「華がそう言うなら、大人になったろ。しゃーなしで」
「あはは! あ、あといっこ。ついでにお願いしてもいい?」
「ん? ええでええで何でも、華のお願いなら何でも聞くで」
「次、多分冬くらいかな、来るの」
「うん」
「アキラくんおやすみじゃない時でもいい?」
「練習?」
「そう」
「ほとんど1日潰れるで」
「いいの」

 私は笑った。

「バスケしてるとこ見てる」
「……ほんまにさぁ」

 アキラくんはしゃがみこんだ。

「かっこいいで華、俺がバスケしてるとこ。惚れてまうで」
「あは、楽しみ」
「言うたな、絶対やな」
「ちなみにバスケって何人だっけ」
「……そこからかい」

 突っ込んだ後、アキラくんは立ち上がって「イルカ見よか」と笑った。

 まだ日が高いうちに電車に乗る。こうしておけば日が沈んでも電車内か駅構内なので安心。新幹線乗っちゃえば、新横浜までは島津さんが迎えに来てくれるし。

「あー寂し」

 アキラくんは新神戸まで送ってくれるらしく、その途中、地下鉄で手をぎゅうっと繋いで言った。

「また手紙書くね」
「俺も」
「電話もするね」
「俺も」
「あ」
「ん?」

 すっかり忘れてた。

「危ない危ない」

 私はバッグからお菓子の缶を取り出す。水族園で買ったやつ。

「これ、ご家族みんなで食べてね」
「おわ、すまん、気ぃ遣わせて」
「いいの、あと、これ」

 小さいビニールの包み。
 スポーツショップで買ったもの。
 バスケットは、人数もよく分からないけど、これつけてるはず(イメージ)!

「リストバンド?」
「うん……、ごめん、もしかして、使わない? 私よく分からなくて」
「や、使う。今この瞬間から使う」
「わ、よかった」

 私が笑うと、アキラくんも笑った。

「めっちゃ嬉しいわ!」
「バスケのルール勉強しとくね」
「そうしてや」
「私、サッカーの人数も分かってなかったんだよね」
「ほんまに!?」
「うん、9人? ってきいちゃって、友達に」
「……ん?」
「そしたら11人だって、こないだ試合観に行ったんだけど」
「ちょい待ち華、ちょい。誰の試合?」
「ん? あ、友達。さっき言ってた、イツキく、」
「あーそっちか、イツキちゃんなイツキちゃん。ビビった~」
「? ちゃんではな、」
「あ新神戸」
「わ、降りなきゃ」

 私たちは慌てて地下鉄を降りた。
 改札を出て、長い長いエスカレーターを登っていく。

「あーほんま嫌や。手ぇ離したくない」
「あは、アキラくんって結構甘えんぼさんだよね」
「せやで華、俺甘えたさんなんや。ずっとこっちおって、手ぇつないどって」
「ふふふ」

(いつもこんな風にお姉さんに甘えてるのかな?)

 想像して、ちょっと微笑ましく思った。
 新幹線の改札をくぐり、ホームへ向かう。アキラくんも入場券を買って付いてきてくれた。
 結構ギリギリに着いてしまった。すぐにアナウンスが入る。

「乗せたくない」
「乗らなきゃだもん」

 私は眉を下げた。

「次、バスケ観に来るね」
「すっげえ練習しとく」
「うん」

 私は微笑む。背後のホームドアが軽快な音楽とともに開く。

「雰囲気ぶち壊しやで」

 アキラくんは笑いながら、私のおでこに唇を押し当てた。

「新幹線でよお眠れるようにおまじない。こんくらいならセーフやろ?」

 そう言って笑った。
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